自動的に走る自転車に乗った蜥蜴と鴉が一匹一羽。
傷一つなく舗装された路面を伝い、果てない地平を走って目指す。
「遠いですね」、と鴉。
「果てがないからな」と蜥蜴。
その言葉に嘘はなく
この道に終わりの果てはないだろう。
「・・・何で走ってるんでしょうね。私たち」
「気にするな。霊長類が分からぬ事を爬虫類と鳥類が気にしても始まらない」
ガタガタと自転車が揺れている。
綻びのない平坦な道。揺れは変化のない道程を嫌がる無機物の抵抗か。
「・・・つまんないですね」
鴉が嘆く。今見ている風景は10分後も同じだろうし多分、今日も明日も明後日も同じだろう。
「気にするな。嘆いても悔やんでも喚いても叫んでもこの道は平坦なまま、果てなく続く道だろう」
蜥蜴は背中に背負ったラジオの電波を解析し、沈みたがり屋の相棒に助言する。
「空鴉よ。今受信した霊長の歌によると旅に終わりはないが、終わらせることは出来るらしい」
”旅人に尋ねてみた どこまで行くのかと いつになれば終えるのかと
旅人は答えた 終わりなどはないさ 終わらせることはできるけど
爬虫類は外見に似合わない高いトーンでその歌を口すざんだ。
「はぁ・・・なるほど。けど旅人さんは旅を終えた後、一体どうするんでしょうね?」
「さてね。きっと旅した記憶を思い出しながら南の島でバカンスでもして一生を終えたんだろう」
「もしそうなら私たちには全く参考になりませんね。ここにはパイナップルもココナッツもありませんから」
鴉はカァ、と嘆息し愛読書であるロミオとジュリエットを取り出した。
「なぁ空鴉よ余計なお世話だが今時シェイクスピアはどうかと思うぞ」
「いいじゃないですか砂蜥蜴。真実の恋って憧れません?」
「いーや全く」
”書を読んでも、話や歴史で聞いたところでも、真実の恋というものは
決して都合良くいったことはないらしい
シェイクスピアの言葉たぜ、と皮肉屋の相棒が笑う。
「恋物語ねぇ・・・。今日も一つ語ってみようか空鴉?」
鴉は頷き、愛する古典文学を水色のポーチへとしまう。
空には変わらぬ七つの月。二人は互いの呼吸を合わせ、誰にも届かぬ恋を語る。
゛『・・・・がいします』
わずかに灯る、しかし真実を確信させるには十分すぎる声
『・・・願いします』
涙は頬を伝うことなく蒸発する。既に肉体は溶解寸前まで熱を発生させていた
『・・・・殺して・・・・・下さい』
それは、本当に純粋な、恋心だったのかもしれない
息は乱れ、意思とは関係なく再生する手足の痛みに耐えて、彼女は自分の愛する人に生涯で唯一の願いを口にした
『・・・・あたしを・・・・殺して下さい・・・・・・・』
剣の先が僅かに上がる。
言葉はない。涙もない。
そんなのは、悲しすぎるから
幻想かもしれない。単なる勘違いなのかもしれない
それでも、確信し、理解していた
その身が堕ち、魔女の呪いに狂おうとも
この子が自分を好きでいてくれたことを
今さらに気づき、そして二度と忘れないようにと心の一番深い場所に刻んだ
彼女は俺を愛してくれた
こんなにも追い詰められて、苦しんで
それでも自分を愛してくれた
だから・・・
瞳は逸らさず、正眼で見据えよう
吐く吐息は謝罪でなく感謝を乗せて
踏み出す一歩はそれまで歩いた道のどれよりも重い
だが、最後まで走り抜いて見せよう。悲劇はここで終わりにしよう
舞うように天を駆ける
彼女が微笑む。その笑みはとても美しく
そして愛しいものだった
だから言おう。例えその幸せが一瞬だとしても
互いの心が繋がっていると、証明するために
この言葉を捧げよう
『ごめんな、気づくのに時間が掛かりすぎちまった』
そして
『本当にありがとう、俺なんかを好きでいてくれて』
振るわれる剣の軌跡はその英雄の生涯において最も鋭く
そして優しいものだった
歌が終わる。即興で言葉を交わし作られたのは悲しい恋の歌だった。
「・・・って。何で悲恋にするんですかあーたは!?」
「偉大な劇作家の教えに従ったまでだよ。『真実の恋というものは決して都合良くいったことはないらしい』、だ」
歌を終え、再びラジオの受信を始めながら蜥蜴は言う。
「それにさっきの霊長の歌でもこう歌っているぜ」
゛あなたに逢えた それだけでよかった
世界に光が満ちた
雲一つ流れる深い夜の空を見上げながら一匹はかく歌う。
鴉はカァと嘆息し、再び恋の古典の扉を開く。
自動で走る自転車を乗り従える一羽と一匹。
整えられたレールを進み、果てない道を果てなく走る。
ガタガタと自転車が揺れている
震えの意味は変わらぬ道への欲求不満か。それとも蜥蜴の下手くそな物語への批判だろうか。
空には変わらぬ七つの月。この夜は今日も明日も明後日もも同じ形で月を描くだろう。
それでも皮肉屋な爬虫類とマイナス思考の鳥類は、今日も明日も明後日も。
馬鹿話に華を咲かせ、誰にも届かぬ言葉を作るだろう。
退屈な毎日を埋めるため。変わらぬ今日を変えるため。
彼らは下手くそな物語を歌うだろう。
果てない道に笑いながら。