杜松の赤裸々白書

日々、考えてることなんかを文章にしていきます。コメント、TB大歓迎です。

当たり前

2005-12-21 16:12:30 | なんとなく思ったこと
リリーさんの書かれた「東京タワー」って本を読んだ。
この間、学校の図書館で「ブックイヤー」(だったかな?)って本で今年の小説部門かなんかで1位だったのとたまたま、妹が持っていたので。
タイトルだけ聞いてオレは映画の「東京タワー」の原作なんだと思ってた。。。
岡田准一と黒木瞳がでてるやつね。
まぁ違ったわけだが。

オカンとリリーさんの話なんですけどね。
「こんなオカンホントにいるのか」って思ってしまった。
自分のことよりヒトサマのことを大事にするようなオカンで。
ていうか、一言で言い表せないけどすごいオカン。
アメリカの上流社会のヤローどもしか泳げないようなプールでコンビニの袋を頭から被って競泳水着を着て泳いでいるようなオカン。

オレがリリーさんのオカンの話を聞いたらそう思うけど逆にオレのオカンの話を小説にしたら他の人は同じように「こんなオカンいるのか」って思うのかもしれない。
近くにいたらその温かみに慣れてしまって気づかないんだろうな。
その温かみはあって当たり前のものになってしまうんだろうな。
自分のオカンが今の自分にとってどれだけ大きい存在なのか。
そんなこと考えもしない。
それが普通。

昨日から大体、二日ぐらいで読めたんだけど、「東京タワー」には完全に感情移入してしまった。
学校の図書館の机の上に何枚ものティッシュを丸めて「ジュルジュル」言いながら鼻をかむ姿はさぞ気持ち悪かったことだろう(笑)

今まで当たり前にあったものが、無くならなければ大きい存在だったとわからなかったものが、今日、突然なくなったとしたらオレはそこに存在してるんだろうか。
存在してる意味はあるんだろうか。
温かいコートを無くしてしまったオレはそこから身も凍るような寒い町を一人で歩いていけるんだろうか。

想像はいくらでもできる。
そんなものは意味がない。

これを読み終わった時しんどくなった。
ものすごく不安になった。
最近、オカンの存在ってものを考えるきっかけが多くなった。
けれど、何かをしてやろうって気持ちはあっても何をしたらいいのかわからない。
いや、実際、そう思ってるのかも怪しい。

当たり前ってこわい。
こうやって小さなことをひとつ、ひとつ考えていったらオレらはいろんなものが「当たり前」になってしまっている。
けれど、それはその状況に慣れすぎてしまっていて麻痺してしまってるから。

色んな世の中の当たり前って感覚、全てを疑うべきだと思う。




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