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コツコツと60代を突き進んでおります

フレディマーキュリー没後28年

2019-11-24 23:41:03 | QUEEN

11月24日。
今から28年前、1991年のこの日。
クイーンのフレディマーキュリーが亡くなりました。

今さらではありますが、
昨年からのボヘミアンラプソディ特需に刺激され、
当時の私自身の思い出や新聞のスクラップ、
そして今の時代でのネット調査も含めて
振り返ってみようと思います。

1991年11月24日、当時ワタシは、
神奈川県真鶴町に住み、静岡県沼津まで通勤しておりました。
9月まで沼津支店に所属のまま名古屋に転勤していたので、
10月からの新生活だったわけです。
クイーンは、
1月にシングル「INNUENDO(イニュエンドウ)」をリリース。
名古屋のタワーレコードで
シングルCDだかアナログ12inchだかを見つけて手に入れました。
2月のアルバムリリース以降、イギリスではシングルリリースも続き、
やはりシングルCDとレコードと両方買い揃えていたのです。

そして秋。
ワタシも転勤が終わり、沼津の支店に戻ることになりましたが、
もともと関東人でもあり、小田原周辺に友人も多かったことから、
どっちつかずの場所ではありましたが、
真鶴町での一人暮らしとなったのです。

クイーンは10月の終わりに
「GREATEST HITS Ⅱ」をリリース。
既にコンサートをやらなくなって5年でしたが、
さらなるステージに向けてのリリースとも思えました。

さて、以下は、若干日付の記憶違いがあるかもしれません。
実は24日夕刊だか25日朝夕刊だか記憶が曖昧な点があります。
間違っていたらゴメンナサイ。

そんなある日。
そう、11月25日月曜日の夕刊でした。
社会面のかたすみにこんな記事が。

「えーッ?」
というのが本音です。
もちろん、いろいろ噂は立っていましたが、
そもそも現代と異なり、
インターネットという存在などなかった時代。
(世界初のWEBサイトが誕生したのもこの年だったようです)
このニュースでさえ、
23日に発表された事実が
24日にイギリス国内で報道、世界向けの通信社にも発表され
それが日本国内に伝えられたのが24日夜中だとして
朝刊には間に合わなかった、というところでしょう。
このタイムラグ、現代では考えられない情報通信の流れです。

そして、翌朝の朝刊だったでしょうか。
エイズ公表の翌日に亡くなった、という衝撃的な記事。


25日の夕刊時点では既に亡くなっていたということですね。
イギリスとの時差などもあり、このタイムラグはどうしようもないですが…。

当日のものだったか、翌朝のものだったか、
スポーツ紙も買いあさりました。



夜には友達が、
「フレディ死んだと聞いてサ、大丈夫かなと思って」
と親が死んだかのように心配する電話までくれちゃいましたね(^^;)

自分は、というと
中学生時代から愛していたアーティストの死。
そうは言っても身近だったわけでもなく、
元々はるか遠くの国にいる人でしたから、
実感といえるほどの実感はありませんでした。

そう、心にポッカリ穴が、などというほど
生活に支障もありませんでした。

もちろん漠然と「クイーンはどうなるのかな」
とは考えたと思いますが、
情報を集める術もないし。

このあと、数週間、一ヶ月経ってから
再び月刊の音楽誌などでの記事を見たりしたのです。

もちろん“フレディが死んだ”という事実は衝撃だったのですけどね。

そんな晩秋の、
“ちょっとした”出来事だったのでした。


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