吉元 大二

吉元 大二の心の庭

「天海大僧正」という人がいます。

2011-07-29 22:10:56 | 日記
今から、400年ほど前に
天海大僧正(てんかい だいそうじょう)と言う人が
いました。今なら、さしずめ“あまみ”さんと呼ぶ
人の方が多いと思いますが、、、。

因みに、
女優の天海祐希さんは上野生まれ、上野育ちの
“ちゃきちゃき”だって、何かで読んだか、聞いた
かしたんですが、もし万が一にでも天海さんとお話し
する機会が得られたのなら、一度聞いてみたかった
のですが、天海さんの芸名は、天海大僧正さんから
取られたのでしょうか?と、、、。

天海大僧正さんは江戸の町にとって、特に上野の
人達にとっては忘れてはならないほど重要な人なん
です。

それで、天海祐希さんが芸名に天海とお付けになっ
たのであれば、その心意気にさすがだなぁ、、。
立派だなぁ、、、。きちんとしてるなぁ、、。と
思わずには居られません。

天海 大僧正と言う人は、江戸時代の最初期に、徳川
政権の礎を築いた中の一人です。
一般的には、家康のブレーンとして仕え、その後
秀忠、家光と3代の将軍に仕え(仕え=つかえっていう
のは本当は正しくないと思うのだけれど、、。)

豊臣政権を倒すためにいろいろなアドバイスを家康に
したとか。権謀術数の権化みたいに、映画やドラマで
扱われる事が多いのですが、実態は正反対だったと思
います。

大体において、明治時代と言うのは良いも悪いもなく
徳川政権下にあったものは全て×で封印するきらいが
ありました。

従って、日本の伝統などと言っても、うっかり信ずる
わけにはいきません。
気を付けないと、伝統とか言っても明治以来のたかだか
100年位のものが、江戸時代より以前から続く、本来
の伝統というものを上書きしてまかり通っている事が、
以外にあるんです。

天海大僧正さんが、どういう人かというと
日本全国が血で血を洗う戦乱に明け暮れた何百年もの
おぞましく、悲しい日本を、平和で人間らしく暮らせる
国にしようと誠心誠意努力した人といえましょう。

400年前。親子兄弟で殺しあうのが常識であった
時代の話です。
徳川家康が、自分の軍団の旗印に用いた標語には
汚れた世界から離れて、平和な世界を求めて行く!と
書かれていました。

天海大僧正が目指したのも、まさにそれでした。
天海大僧正は、徳川幕府が江戸を本拠地として都市設計
をした際に、その一部をになう事になります。

上野一帯を、人々の精神的なよりどころ、そして
庶民の息抜き、不満を開放する場所として設計します。

幕府内の政治家たちが、武家、大名屋敷や旗本屋敷
町人の居住区域などを決めたのがハード面だとすると
天海さんのそれはソフト面での設計と言う事になるの
でしょうか?

江戸と言う見知らぬ土地に全国から人が集められて、
急激に大都市として成長するのに際し、人心が落ち着
いて生活ができるよう、人々が幸せに楽しく暮らせる
ように!と願って上野の山を開発、整備したのです。

つまり、全国から集まってきた人々のために
一大ワンダーランド、テーマパークなどなどを上野の
山に築いたのです。

西の「比叡山」は平安時代から朝廷とも深いつながりの
ある天台宗のおおもととなる中心地です。

それに対し、上野に東叡山 寛永寺を建立し、天台宗の
比叡山に見立て東の比叡山にします。そして、境内の中
に、琵琶湖に見立てた、忍ばずの池を造り、池の中には、
琵琶湖の竹生島に見立てた弁天堂をたて、上野の山にの
ぼる途中では、京都の清水寺に見立てた、千手観音堂を
造り、上野の山一帯を今で言う一大テーマパークにした
のです。

今と違って、人々に自由はなく、抑圧され、なんの楽し
みもない時代です。想像しろったって、想像しようが
ありませんが、今のディズニー・ランドなみに大変な
ワンダー・ランドになってたんでしょうねぇ、、。

その息吹は、明治になっても動物園、博物館、美術館、
として受け継がれ、戦後は上野文化会館に海外から
どれだけ多くのオーケストラ、オペラ、バレエ団が公演
して日本人を楽しませ、また文化的に目覚めさせてきた
か?と思うと、改めて天海大僧正の思想がいまだに受け
継がれているのだなぁ、、と思います。
そして、深い感謝の念を持たずにはいられません。

天海大僧正と言う人は、一説には108歳まで生きた
と言われています。確かに、記録上でも家康、秀忠
家光と3代の将軍を陰で支えてきたわけですから、
荒唐無稽な話と片づけることはできません。

1538年生まれというのが正しいとすれば、あの
信長と同世代になります。つまり、戦国時代の醜さ
理不尽さ、むごさを厭と言うほど見てきた訳です。

見ようによっては、自分の目の黒いうちは何としても
日本が一つになるための礎を造り上げ、それが完成
するのを見届けなければ死ぬ訳にはいかないぞ!
と言う意気込みが伝わってくるような感じがします。

徳川が天下を取り、幕府を開く事によって日本は
一つにまとまり、戦争もなくなる!そのためには
徳川政権の基礎を盤石にしなくては?と、朝廷との
関係を緊密にしたり、上野の山の整備などに精魂を
傾けたのだと思います。

もし、自分の栄誉、栄達を求めるのであれば、位人心
を極めたいと願ったのであれば天台座主(てんだい ざす)
になる事を目指したでしょう。

然し、天海大僧正にとってみれば、そんな事より
天下万民が安楽に暮らせるために働く事を望んだの
だと思います。

面白いのは、天台宗の最澄が平安時代に唱えた標語
の中に“一隅を照らす”というものがあります。

世の中の隅。日の光の当たらない所を照らすように
しなさい。つまり、自分は黒子になって、表舞台に
出ず、そのような貧しい人、困っている人、弱って
いる人たちに光を当てなさい。という意味ですね。

ところが、おんなじ事をキリスト教、
つまり聖書の中で、イエス・キリストが「あなた方は
地の塩、世の光となりなさい。」と言っているのです。

私は、天海大僧正の事績を思うと、もっと光があて
られていいと思いますし、今のような時代に一番
必要とされている人物だと思います。

NHKの大河ドラマではこれから大阪 夏の陣、
そして江戸時代へとなって行きますが、天海大僧正
がどのように描かれるのか?
また、どなたが演じられるのか?興味が湧くところ
ですね、、、。

一度、天海祐希さんがメインキャスターになって、
NHKスペシャルで特別番組を組まれたらいかが
でしょう?