豊橋⇔名古屋

豊橋と名古屋の「駅」や「百貨店」などの記録。

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旧ステーションビル店舗配置図 3F

2016年09月22日 | 豊橋ステーションビル


1970年(昭和45年)


1991年(平成3年)

※画像は共に、資料集「駅ビルの歩み」から


現在。「けいとだま」は、ほぼ同じ場所で営業中。
「エルコ」「プルミエール」は2階からの移転組。
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旧ステーションビル店舗配置図 2F

2016年09月21日 | 豊橋ステーションビル

1970年(昭和45年)


1991年(平成3年)

「ハカタ屋」「エルコ」「プルミエール」は、場所を3階に移して現在も営業中。
※画像は共に、資料集「駅ビルの歩み」から
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旧ステーションビル店舗配置図 1F

2016年07月31日 | 豊橋ステーションビル

1970年(昭和45年)の店舗配置図。※資料集「駅ビルの歩み」から


1991年(平成3年)の店舗配置図。※写真や映像、自分の記憶を元に加筆。

1973年(昭和48年)、地下道へ下る階段が完成。
1980年(昭和55年)、開業10周年に合わせて、コンコースに面したデパートのエントランスを拡張。
1985年(昭和60年)、開業15周年に合わせて待合室を店舗化。待合室は改札口横に移転。

自分の記憶(80年代後半~90年代)では、改札口の左側には窓口が2つ。
券売機は、改札口側から新幹線→在来線→名鉄の順。
売店前は、待ち合わせ場所としてよく使っていました。隣は壺屋の立ち食い店舗。


現在のカルミア店内に掲示されている避難経路図と。


さらに、現在の店舗配置図と。
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旧ステーションビル店舗配置図 B1F

2016年06月18日 | 豊橋ステーションビル

豊橋ステーションビル開業当時、1970年(昭和45年)の店舗配置図。
地下1階は、50を超える食料品店が軒を連ねる「デパ地下」でした。

1973年(昭和48年)には駅前中央地下道との連絡通路が開通。


1991年(平成3年)の店舗配置図。
店舗の数は30に減少。
エスカレーター南側あたりに2台のお菓子の回転台があったのは自分の記憶違いでしょうか…?

※図は共に、資料集「駅ビルの歩み」から。


現在。
マツモトキヨシ店内に通じる左の入口は、かつての東西地下道への入口。


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「花びし」閉店

2015年09月08日 | 豊橋ステーションビル

少し古い話題ですが、カルミヤ地下1階のお好み焼き屋「花びし」が、3月で閉店しました。

1970年(昭和45年)のステーションビルオープン時から入居する老舗でした。
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旧豊橋ステーションビル画像

2015年06月28日 | 豊橋ステーションビル

建設中のステーションビル。
駅前にはプレハブの仮駅舎が見えます。


オープン時


1970年頃


1970年代前半


1970年代


1976年


1977年


1986年


1989年


1990年


1990年


1990年

※豊橋駅「TOYOHASHI STATION」の文字は、
1987年のJR発足に伴い青→JR東海カラーのオレンジに変わった可能性あり。



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旧豊橋駅の映像

2015年01月04日 | 豊橋ステーションビル


YouTubeで見つけた旧豊橋駅の映像。
冒頭に少しだけ、旧コンコースの待ち合わせスポットだったキヨスクの姿を見る事ができます。

タイトルに「昭和50年前後」とありますが、すでに「JR豊橋駅」になっているので1987年(昭和62年)以降の映像だと分かります。
ネットで調べてみたところ、1994年(平成6年)の映像のようです。

ちなみに、改札口のシーンは豊橋駅ではありません。


同じくYouTubeから。1991年(平成3年)に撮影された新幹線からの車窓。
1分過ぎから、旧豊橋ステーションビルや旧跨線橋、豊橋西武を見る事ができます。

ちょうどこの頃、小学生だった自分もよくこのホームに来て、通過する新幹線を眺めたり、写真を撮ったりしていました。

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「カルミア」オープン

2013年06月29日 | 豊橋ステーションビル

1997年(平成9年)3月9日、豊橋ステーションビルが「カルミア」として増床リニューアルオープン。


入居店舗は120店で、その多くは旧ステーションビル時代からある店。


オープン初日の人出はなんと13万人。
1970年のステーションビルオープン初日(6万5千人)の倍。
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東西自由連絡通路開通

2013年06月22日 | 豊橋ステーションビル

1996年(平成8年)9月16日、東西自由連絡通路と橋上駅舎がオープン。

跨線橋は45年、ステーションビル1階のコンコースは25年の歴史に幕を閉じました。


完成記念のテープカット。


にぎわう東西自由連絡通路。

通路は延長190m、幅約10m。
それまで駅の東西を繋いでいた幅の狭い跨線橋とは一変。明るく広い通路に。
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増改築

2013年06月15日 | 豊橋ステーションビル

96年、長年親しまれてきたステーションビルの全面リニューアル工事開始。
東西自由通路・橋上駅舎は96年、カルミアは97年、ペデストリアンデッキは98年に完成。

カルミアは、ステーションビル内の店舗を営業させたまま、その上に増築部分の鉄骨を組むという大胆な工法が取られました。


こちらは工事中のペデストリアンデッキ。


縦だけでなく横にも増築。
中央縦に入る銀のラインは、旧ステーションビル(左)と増築部分(右)の接合ライン。


増築部分はホーム上に建てられました。


旧ステーションビルと増築部分の接続ラインは、カルミア店内にも至るところに見られます。


豊橋駅(東西自由通路)は東から西に向けて緩い上り勾配があるため、
カルミア2・3階の増築部分は旧ステーションビル部分に比べて若干高くなっています。
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東西地下道

2013年06月14日 | 豊橋ステーションビル

1971年(昭和46年)、駅の東口と西口を結ぶ、幅3メートル延長288メートルの「東西地下道」が完成。

しかし、完成した通路は暗くて狭く、さらには夜になると酔っぱらいが出没。
市民からは3K(暗い・怖い・汚い)と不評に。
その後、非常ベルが3ヶ所に設置されましたが、相変わらず器物破損やひったくり事件が発生。
そのため1980年には防犯カメラを設置。85年には雰囲気を明るくするため壁画が描かれました。


1996年(平成8年)



1996年(平成8年)、東西自由通路の開通により地下道は封鎖。

写真は西口側の出入口。
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駅前地下道

2013年06月04日 | 豊橋ステーションビル

1970年(昭和45年)の豊橋ステーションビル開業に合わせて行われた駅前の再開発。

歩行者と自動車の分離を目的に地下道を建設。
名古屋のように地下商店街を設ける計画や、地下道の代わりにペデストリアンデッキを建設する計画もありました。


地下道全体図。


街区前地下道にて行われた開通式典。1970年8月

東口と西口を結ぶ東西連絡地下道は、翌71年の開通。
中央地下道とステーションビルの直結は73年。


現在、同じ場所から。

ちなみにここから先、スロープ手前までの約45メートルは、地下道開業の約10年前(1960年頃)に完成。
しかしその後、地下道計画が宙に浮いたままになっていたため、出入口がないまま10年間未使用状態だったそうです。
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大混乱の現場

2013年04月29日 | 豊橋ステーションビル

1万人の客が殺到した正午の開店。


1階のエスカレーターと階段。(右に上り階段あり)
オープン時にはこの階段のシャッターが閉まっていたため大混雑に。 ※写真は1979年


現在、同じ位置から。
階段は「カルミア」へのリニューアル時(96年)に撤去されました。


反対側の下りエスカレーター。
オープン直後にはこの下りエスカレーターを止め、上り階段として使用。
しかし、この判断も大混乱の要因の一つに。


オープン3日間に限り先着1万人に配られた「記念品」の引換券を配っていた場所が、
この3階エスカレーター横。 ※写真は1979年

オープン直後は引換券を求めた客がここに殺到。
エスカレーター前には人だかりができ、さらにそこへ上がってきた人がぶつかり大混雑に。


現在、同じ位置から。


そして、大混乱を引き起こしたその「記念品」とは?…


なんとシャープペンシル。

たかがシャーペン1本のために人々が殺到し大混乱に。
もちろん、何かは知らずに並んだ人もいたはずですが…
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オープン時の大混乱 

2013年04月21日 | 豊橋ステーションビル

正午の開業直後、1万人の群衆が入り口に殺到。
われ先に入ろうとして、行列はたちまち乱れふくれ上がった。
2階へ上がる階段のシャッターが閉じていたのと、下り用のエスカレーターを止めて歩かせて2階へ上げたので、
入り口付近は大混乱。
警備の鉄道公安員が笛を吹き、声をからして制止しても群衆は後ろから押す力も加わってどうする事もできない。

厚いガラスがギシギシ鳴り、店内案内図を記念品の引き換え券と間違えて奪い合う。
突き飛ばされる幼児、片方の履き物がなくなった婦人、押し倒された主婦、その上にまた人が将棋倒しになる。
あわや大事故!という場面も。

ものすごいエネルギーでぶつかり合い、案内図に手を出す。
背中の乳児がガックリ頭をたれているのに「私にも下さい!」と金切り声をあげる主婦。
「どうして引き換え券がもらえないの!」お門違いにも他の客にからむ中年婦人のグループ。
一部の婦人は店に飾られた生け花まで裸にした。
「祝 ○○商店」という花飾りに殺到して菊やカーネーションを引き抜く。
あげくは台を引き倒した。
中の水があふれ、制止しようとした店員が悲鳴をあげる。

予想もしなかった混乱状態が続く。


客でごった返す2階の様子。

開業時間になっても、1階から2階へ上がる階段のシャッターが開かない。
店内警備の公安員が「階段のシャッターを開けろ!」と叫ぶ。
内部にいる警備員は反対側から扉を必死に押さえて外の群衆を入れまいとこらえる。
もみ合いへし合いの大群衆。

しばらくして守衛が鍵を持って走ってきた。
やっとシャッターが上がり、エスカレーターも動いた。
入店者や公安員からは、開業時間がきてもシャッター操作の判断を誤った守衛に非難の声が上がった。

3階のエスカレーター横に、3日間に限り先着1万人に配られる記念品の引き換え場面があった。
当然そこに人が集まり、押し合いへし合いが続く。
はみ出た人がエスカレーター前に固まる。
ここへ上がってきた人がぶつかるからもっと混雑した。

開業初日のため連絡不足で手違いが加わったのかもしれないが、それにしてもお粗末。
「こんな事でビルの保安はつとまるのか?火事だったらどうするのか?」という非難の声もあった。
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豊橋ステーションビルオープン

2013年04月20日 | 豊橋ステーションビル

開通式・完工式に続き、いよいよステーションビルのオープン。


正午、打ち上げ花火が上がると、正面入り口にて河合社長(市長)と女優の磯村みどりが紅白のテープをカット。


県警音楽隊のファンファーレを合図に屋上から吊るされた大くす玉が割られ、
地上からは色とりどりの風船と鳩が放たれ、ステーションビル内の107店舗が一斉オープン。


その直後、開店を待ちわびた1万人の客がステーションビル内へ殺到、店内はたちまち大混乱に。
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