新・台所太平記 ~桂木 嶺の すこやかな日々~

N響定期会員・桂木嶺の、家族の介護・闘病・就職・独立をめぐる奮戦記を描きます。パーヴォ・ヤルヴィさんへの愛も語ります。

高倉健さんの「冬の華」、「四十七人の刺客」などの忠臣蔵論について語った思い出♪

2018-12-06 20:49:52 | 高倉健さんの思い出♪

ただいま、千葉テレビで、高倉健さんの「冬の華」を見ていて、なつかしく健さんを思い出しています!

いやー、めちゃめちゃかっこよくて、ロマンあふれていてすばらしい映画ですね!初めて見ました!

改めてファンになりそうです。

先日、高倉健さんの思い出をちょっとお話しましたが、「四十七人の刺客」という映画の初日舞台あいさつの出来事について

お話を中断させたままでしたので、お話を続けたいと思います。

初日舞台あいさつは大盛況で、健さん人気のみならず、日本映画ここにあり!と思わせてくれるものでした。

本当にうれしかったです。

わたしは健さんのリクエストのおかげなのか?またまた控室係を仰せつかり、日劇東宝(いまはありませんが有楽町マリオンにありました)の控室で、またまた健さんやほかの並みいるスターさんにお茶くみをしていました。

健さんは「おっ、また会ったね(^_-)-☆」とご機嫌で、話しかけてくださいました。

初日舞台あいさつが終わって、健さんが、私に、「おい、チコちゃん、君のところの宣伝部長と営業部長を呼んでくれないか」といったので、私はビックリしながらふたりを呼びに行きました。(このふたりは、のちにT宝、いや正直にいいましょう、東宝の副社長、専務になりました。いまは、違う役職になりましたが・・・。)

宣伝部長と営業部長は、真っ青な顔で、健さんのところに飛んできました。

健さんは、それまで私にむけていたにこやかな態度とガラリと態度を改め、あのドスのきいた声でこうおっしゃったのでした。

「おいっ、〇〇(営業部長の名前、呼び捨てです)、△△(宣伝部長の名前、同じく呼び捨てです!)、きょうの10時の打ち込みの数字、ここで言え!」

すると、宣伝部長と営業部長は、まっさおになりな、直立不動で、数字のリストを読み上げました。

「はいっ、健さん!日劇東宝が〇〇、渋東シネタワーが△△、新宿が□□・・・・天神東宝(九州の東宝の映画館です)が××、・・・以上です!」

打ち込み、というのは、10時の段階での全国の劇場の入場人員と興行収入を言う、業界用語なのです。

健さんは、やはり古い映画スターさんなので、そのことをよくご存知なのでした。

健さんは、目をつむって黙って聴いていましたが、やがておもむろに、重々しく二人に言いました。

「すると、興行成績は(当時は配給収入といいました)〇〇億だね?宣伝費はいくらだった?」

ふたりは真っ青になりながら、「その通りです、健さん。宣伝費は、〇億です」

健さんはまたまたしばし考えて、「大体、とんとんだったな。ふたりとも、大変だったね。ご苦労さん」

宣伝部長と営業部長は、ほっとした顔をして、控室を出ていったのでした。

 

・・・ビックリしたのは入社3年目の私です。ただでさえ雲の上の宣伝部長と営業部長が、健さんの前で大緊張しながら数字を発表したら、

健さんが興行収入をピタリと言い当てたからです!私は健さんにきかずにはいられませんでした。

「健さん!どうして、興行収入がすぐにわかったんですか?10時の打ち込みをきいただけで・・・」

健さんはニコニコして、私にこう言いました。

「映画業界で生き残るすべがわかったかい?・・・数字をちゃんと把握しておくことなんだよ」

私が「ええ?!」とビックリしていたら、健さんがニコニコしながら続けました。

「チコちゃん、君はなかなか見どころのある子だから、僕が教えてあげるね!まずね、映画の初日になったら、かならず今みたいに、10時の打ち込みを調べるんだよ。それから、営業部に行って、全国の数字と、前売り券の売り上げを調べること。それをデータベース化させておいて、自分なりにメモを作っておくんだよ。そして、どの年代層の、どの性別のお客様がそのチケットを買っていったか、映画館にいらしたかを自分なりにデータをつくっておくんだ。そうすると、大体の興行収入の見込みを自分なりに立てられるようになるし、ターゲット層もわかるから、宣伝プランも立てやすくなる。そして、自分なりの映画の興行の仕事を把握するようになると、今みたいに、宣伝部長と営業部長と対等に話せるようになるんだよ(^_-)-☆」

たいへんな秘中の秘を教えてもらって、私は大感激しました!「健さん、ありがとうございます!でもどうしてそんなことがわかったんですか?

健さんは私に答えました。「チコちゃん、僕は今まで200本映画に出てるんだよ?200本映画に出ていて、そのくらいのこと気が付かなかったらダメでしょう。だって、ビジネスなんだもの」

私は、「健さんってめちゃくちゃ頭のいいかたですね!」

 

健さんはわっはっはと笑い、私に尋ねました。「キミはこの『四十七人の刺客』をみてどうおもった?正直にいってごらん」

私は大変緊張しながら答えました。「正直、傑作だと思います。すばらしい着眼点だと思いました」

健さんは困ったような顔をしました。「お世辞はいいよ」

私は「いえ、違います。忠臣蔵の本質はなんだったのか、ということにちゃんと正解を当てているからすばらしいんです!」と気が付けば健さん相手に力説していました。

健さんは目を丸くしました。「どういうことだい?詳しくきかせてよ」

私はいいました。「健さんみたいなカリスマ性のある人が大石内蔵助だったとしたら、それはみんな、忠義を立てて死に向かって突進するということを、この映画は描いているので素晴らしいんです。経済戦争というのをテーマに、原作はしていますが、それは忠臣蔵の本質ではないとわたしは考えますね」

健さんは「でも、経済戦争というくくりじゃないと、サラリーマンはついてこない、と宣伝部は説明してくれたよ、僕に?」

私は「それは宣伝部が間違っています。忠臣蔵の事件がおきた背景は、やはり『忠義』という日本人特性のある種の”宗教観”が起こした事件だと私は思うんです。緒形拳さんと昔NHK大河ドラマの『峠の群像』のときにお話したことがあるんです。緒形さんも経済戦争ではないのではと思っておられました。やはり、忠臣蔵は日本人の『宗教』なのではないかと」

健さんは「宗教ってどういうことだと思う?」とさらに突っ込んできいてくださったので、私は勢いよく話してしまいました。

「戦争がそもそも起きる理由は、経済戦争もあるかもしれませんが、本質は、やはり宗教的な、熱狂した人たちが、突進していくものだと私は思うのです。戦前の日本やナチスが起こしたこともそうだし、中東が起こしている現在の戦争もそうだと思うんです。古くは十字軍もそうですよね。で、忠臣蔵もある種の『戦争』です。でも、そこを支えているのは、狂熱的な、カリスマに対する『殉教』によるものだと私は思うわけです」

健さんは、「・・・・キミ、映画は年間何本見てる?僕の映画ってみたことある?」と感慨深く聴いてくださいました。

私は夢中になって答えました。「映画は年間50本くらいです。健さんの映画は・・・『新幹線大爆破』と『野性の証明』とこの『四十七人の刺客』しかみたことがありません」

健さんは「わーっはっはっは」と大爆笑されました。「きみ、スゴイな!映画会社に入る人間は、たいてい、体育会系か、映画研究会で年間300本以上映画を見てたり、作ってるような連中ばかりだぜ?君みたいな考えのひと、初めてみたよ」

私は、大変恐縮しながら答えました。「はい、映画はあまり見ているとはいえません・・・・でも、芝居も好きなんです。だからトータルで東宝という会社が好きなんです。歌舞伎もみますし」

健さんは、目をきらりとさせました。「歌舞伎もみるの?・・・いちばんいい役者は誰だと思う?」

私は「健さんにはもうしわけないんですが、中村吉右衛門さんだと思います。彼は、天才だと思います」と答えました。

健さんは、にっこりと私に微笑みました。「・・・君、これからがんばれよ!僕、この映画に出てよかったよ!」と言ってくださりうれしくなりました。健さんはおっしゃいました。「この映画、最初内蔵助のオファーが来たの、誰だと思う?吉右衛門さんだよ」と健さんは茶目っ気たっぷりにいいました。

そしてごきげんになってこう続けました。「きみ、これからは、女の子だって、宣伝部長や営業部長になれる時代だよ?しっかり数字を把握して、映画をたくさん見て、いい芝居も見て勉強して、映画業界でがんばっていくんだよ!応援してるからね!」といって、私の肩をパンパンパン!とたたきました。「ほんと、こんな子が入ってくるのは、心強いなぁ!大卒かい?」

私は、真っ赤になり、大感激しながら「ハイっ、立教大学法学部卒です」

健さんは「すげぇな、立教も。僕は明治だけどね(^_-)-☆ でも、大学時代、そんなこと考えなかったな」

私達はすっかりなかよくなり、健さんは「また逢おうね、チコちゃん」といってくださいました。

健さんの明るい笑顔と励ましで、私がどれだけ救われたかわかりません!!!

 

・・・次の週から、私はひたすら数字の鬼になりました。全国の営業部で発表される数字をひたすら見に行きました。全国の劇場から発注されるポスター、ちらし、前売り券の数をひたすらデータ化しました。もちろん、大変なメモ魔になりました。

すると、2年後には、宣伝予算の、ポスター部門の宣伝費の管理を任されるようになり、宣伝部全体の予算会議にも出させてもらえるようになり、全国の営業会議の仕切りを任されるようになり、最後は宣伝のプランニングにもタッチできるようになり、コピーも書かせてもらえるようになったのでした。それが、見事に花開いたのが、「踊る大捜査線」であり「もののけ姫」であり、日本映画興行収入第一位を獲得し、オスカーもとった「千と千尋の神隠し」だったのでした!

健さんとの、あのすばらしい会話があったればこそです・・・本当に健さんの遺徳に感謝します!

東宝に19年間在籍し、大変なこともありましたが、やはり健さんの言葉に支えられて、頑張ってきたといえますし、そういうスタッフや俳優さんはたくさんおられると思います。

あらためて、健さんの偉大さに瞑目するのみです。

いつか、みなさんも「四十七人の刺客」の健さんを見てみてください!すばらしい演技を披露されています。

そして、彼は、ある意味、第一級の経営者でもあったと思います!

健さん、ありがとう!!!!


実は豪快でやさしかった「健さん」!~高倉健さんの思い出~

2018-12-03 01:49:55 | 高倉健さんの思い出♪

なんだか、やっぱり「思い出話、打ち明け話」的な展開になってしまったこのブログですが・・・(笑)

T宝時代のたのしい思い出の中に、高倉健さんの思い出があります。

なんどかこのエピソードはご紹介していますが、あらためて健さんの遺徳を偲びたいと思います。

 

結論から言うと、健さんははっきりいって、「神」でした。

(なので、絵文字封印して、まじめにかきますね^^)

 

初めてお会いしたのは、私が26歳のとき。

新婚ほやほやで、邦画の宣伝部に異動になった年の10月におめにかかりました。

 

※初めてお会いしたころの健さん。65歳でしたが、輝くばかりにかっこよくて渋かったです!

 

健さんはちょうど、市川崑監督の「四十七人の刺客」という映画に主演されていました。

私は、その完成披露試写会で、控室係、いわゆるお茶くみ係を仰せつかりました。

お茶くみ、というと、「ええっ、そんなアナログなこと、まだやってるんですか!?」と、

若い方はビックリされるかもしれませんが、

これがなかなか馬鹿にならない、というお話をしたいと思います。

 

健さんは、大変寡黙な印象の方ですが、それは実はまったく違いました。

実は、この写真のイメージがいちばん近いのですが、いつも笑顔でニコニコ明るく、豪快で、

現場のいちばんのムードメーカーでいらっしゃいました。

私は、健さんほどのスーパースターにどうやって接したらいいのだろう、と思いました。

が、健さんが、京都のイノダコーヒーがお好き、と人から聞いて、

イノダコーヒーを、印刷会社の営業さんにお願いして、取り寄せていただきました。(感謝です!)

こちらがイノダコーヒーのインスタントコーヒーです。健さんはこれが大好きと伺いました。

そこで、試写会当日、有楽町マリオンの控室で、このコーヒーをお出しして、もてなしました。

健さんはニコニコしながら、イノダコーヒーを召し上がっていました。

 

しかし、健さんは、悠長にお茶を飲む暇もありませんでした。なにしろ、1000人を超すお客様をお迎えして、

大試写会を行うので、健さんには、政・財・芸能界きっての大物のお客様たちが訪れるのです!

その秘書的に取次ぎをするのが、お茶くみ係の私の役目でもあったのでした。

 

入社3年目で宣伝部にきてまもない私、訳がわからないままに、ひたすら健さんに

「北大路欣也さんがお見えになりました」

「大原麗子さんがお見えになりました」

「尾上梅幸さんと富司純子さんがお見えになりました」といった具合に

伝令よろしく伝えていました。

 

とにかく100人を超す大スターが集結して、健さんにご挨拶されたのでした。

 

健さんはそのたびに「ああ、わかったよ。ありがとう!」といいながら、

よく通る野太い大きなあの声で、「おーい、〇〇!元気でやってるか!」と元気よく挨拶され、

「わっはっは!」と大きな声でよく笑い、楽しく談笑されていました。

北大路欣也さんなどは(すみません、ばらしてしまいますが)、なんと健さんに90度頭を下げて、

「健さん、ご無沙汰しております!」と挨拶されていました。

東映時代から、よく共演されているから、やっぱり体育会的に先輩・後輩ということなんでしょうね。

すぐに納得しました。

 

大原麗子さんは、「お兄ちゃん!」と甘えた声で、健さんにかわいらしくご挨拶。

やっぱり東映時代から共演もおおかったですものね。

健さんは、麗子さんのあだなを呼びました。「おお、ビッチか!(^_-)-☆」

ふたりはほんとの兄と妹のように、仲良くおしゃべりに興じていて、ほほえましかったですね。

 

テレビで見るよりすごい「ショー」に、私はもうビックリでしたが、

だんだん、「健さんってとてもいいひとなんだな~」と思えてきて、

どんどん並みいるスターさんをたのしくご案内できるようになりました。

 

・・・とにかく大変な試写会が終わって、T宝のスタッフたちも引き上げて、お客様も帰ったころ、

ひとり後片付けをしていた私に、健さんと私がふたりきりに一瞬なりました・・・。

すると、「おい、君さぁ、名前なんて言うんだい?」と聴いてきたので、私はビックリ!

「はい、・・・〇〇チコと申します」とようよう答えましたら、

健さんが「入社何年目なの?」というので、

「3年目です。宣伝部には、今年の4月に異動になりました」といいました。

 

すると、健さんが、破顔一笑して、

「〇〇さん、君すごいよな。控室係って結構大変なんだぜ。

よく僕のところに来たお客様の顔と名前、全員一致したね!」というのでした。

 

私は緊張のあまり、「わ、私、高校では校内きっての芸能オタクだったんです。だからです」と答えたので、

健さんが「わーはっはっは」と大爆笑しました。

「君、なかなか面白い子だな。じゃぁさ、来週の映画の初日も、控室係をたのめるかな?

僕が映画業界で生き残るすべをおしえてあげるよ」

とおっしゃったので、私は大感激!

 

そこで、私は、「はい!」と直立不動で、健さんにご挨拶し、お見送りしました。

健さんは笑顔で、スタッフに見送られ、帰っていきました。

で、初日舞台あいさつとなりました。

そこでなにがおきたかは、また明日以降のお楽しみに!!