水にただよう浮草日記

自称文人、でもあっちへこっちへ行方定まらない。そんな浮草が芝居、映画、文学、美術、旅に関してのコメントを書き連ねます。

劇団チョコレートケーキ「帰還不能点」

2021-02-26 15:28:11 | 日記・エッセイ・コラム

劇団チョコレートケーキ 「帰還不能点」 

コロナ禍、ほぼ思考が停止しているような環境にあって、「我々は公演を準備し、劇場にお客様をお迎えし演劇をやります。それが劇団の存在理由だと思います」と言うこの劇団はりっぱだなあと思う。

芝居は、日米開戦に突入せざを得なかったきっかけは何だったのか、引き返せなかったのか、その帰還不能点(point of no return)はどこにあったのかをみんなで考えようというものだ。

日米開戦になったら勝てるわけがないと、時の政府、軍部も分かっていたのに、なぜ避けることができなかったのか。途中に引き換えることせず、ずるずると泥沼にはまって、何百万人もの犠牲をもたらしたあの戦争。それをちゃんと検証しなければいけないとこの劇団は、男たちの議論のバトルで展開していく。

どの時点で、どう転換していれば避けることができたのか。その議論を居酒屋というリラックスした雰囲気の中から始めながら、次第に緊迫した雰囲気に劇的に変わっていくところがすごい。

せめて近衛文麿内閣にもっと政治力があったら。

蒋介石と和平条約を結び、南京などにまで侵攻せず日中戦争を早期に終わらせていたら。

松岡洋右が日独伊三国同盟を推し進めず、米英やソ連と外交努力をしていれば。

ノモンハンでソ連の圧倒的戦力の前に打ちのめされ、ソ連と敵対することがよくないと分かっていたはずだ。

なぜヒットラーにあれほど傾倒しドイツと手を結ぼうとしたのか。

せめて仏印にまで侵攻していなかったら、アメリカから石油の禁輸もなかったはずだ。

アメリカの実力を読み誤り、短期決戦だったらなんとかなるなどと勘違いし、パールハーバーに及んだのは何故なのか。

東条英機は単なる好戦主義者だったのか。

資源もない、金もないこの島国の政府や国民が、神風が吹くに違いないとか、大和魂があるとか、神国だからなどという妄想に何故とらわれてしまったのか。

それらの問いを観客に投げかける。

舞台は戦後5年くらい経った頃、とある居酒屋。

その居酒屋に和気あいあいと集まってきた楽しそうな男たち、元役人や元軍人らの同窓会のような集まり。

当時総務省に総力戦研究所なる組織があり、模擬的に内閣を創り、日米戦争を想定した総力戦のシュミレーションをあらゆる角度から行ったという。

男たちは、酒を酌み交わしながら、当時を懐かしんで語り始める。酔うほど熱くなり、当時の首相や大臣などの人物などになりきって場面を演じ始める。近衛文麿が外交などに失敗し内閣総辞職だなどと政権を投げ出していく場面、元軍人が、軍隊というものは、勝てると思えない戦争でも命令であればそれを行い、その組織の存続にのみ動くようになるなどと言う場面など。

模擬内閣は、さまざまなデータから日米開戦で日本は必ず負けると結論付け、避けるよう上層部に進言したが、結局戦争は避けられなった、それは我々の力ではどうしようもないことだった、というようなことを論じて、自嘲的になる。

舞台上でリアルにビールを飲んだり、おつまみを食べたり、楽しく昔を懐かしんだりしているのだが、はじめは高校生のようにはしゃいで、当時の模擬内閣の役を入れ替わり立ち代わりして遊びのようにふざけていたのが、やがて開戦前夜のような緊迫した状況に、舞台の様子が変化していくところが背筋が寒くなるほど劇的であると思う。

事実を検証していると言うより、実は言い訳のように自己保身に走って行く男たちの姿はモノクロ映画のようでもあり、そこに戦争未亡人だった居酒屋の女将の存在が赤い花のようにリアルに浮き上がってくる。 市井の一人の女性、死を目の当たりにしてきた、その現場の生の声がモノクロからカラーに変わっていくように雰囲気がまた一変する、政治や外交の失策で、何百万もの人々が無残に死んでいったという事実、それをこの劇は言っているようだ

そして岡田と言う人物が、立ち上がり疑問を投げかける。我々はもっとできたはずだ、もっと情報を集め、もっと強く抗い続けて入れば、開戦は避けられ、何百万人の命がたすかったはずだったと涙ながらに訴える。 男たちは「そうだ、こうすればできたはずた」「こうすべきだった」などと再び一つ一つ検証を始めるところで幕は下りる。起きたことを、なかったことにすることはできない。このような戦争が二度と起きないために検証し続けることが、平和な時代の仕事だと観客は思う

今の官僚や公務員が見たらいいと思った。