コンコン、とノックをして遥が入ってきた。
誠一たちのほうを冷たく睨むように一瞥すると、澪の向かいの応接ソファにどっかりと腰を下ろし、ふぅと息をつく。その表情には隠しきれない疲れがにじんでいた。
「遥も飲むでしょ?」
澪は笑顔で尋ねると、用意しておいた新しいグラスにシャンパンを注いで差し出す。それを遥は無言でグイッと一口飲んでテーブルに戻し、再び大きく息をついた。
「あのさ」
じとりと正面の澪を見据え、低く切り出す。
「確かに通話を切るのを失敗したのは僕だし、怒る資格はないのかもしれないけど、普通はそっちが気を利かせて切るよね。ずっと盗み聞きしてるとか趣味悪すぎ」
「ごめーん、私も誠一もビックリして固まっちゃって」
澪が軽く肩をすくめて謝罪する。それを聞いて、遥はうっすらと眉をひそめた。
「まさか誠一も聞いてたの?」
「あ、うん……スピーカーにしてたから」
「最悪」
そう呻くようにつぶやいて深くうなだれる。顔は見えないが、ひどく落ち込んでいる様子は見てとれた。誠一はさすがに申し訳なく思ってしまったが、澪は悪びれもせず追い打ちをかける。
「電話なんか出なければよかったのに」
「時間的にじいさんだと思ったんだよ」
「あー……」
澪によると、剛三は夜など在宅しているはずの時間に内線電話に出ないと、使用人に様子を見に行かせることがあるらしい。それなら電話に出てやりすごそうと考えるのもわかる気がした。
「おじいさまにも秘密にしてるの?」
「いや、とっくに知られてるし報告もした」
「……もしかして相手は七海ちゃん?」
「ああ」
本当に坂崎七海だった。
遥は顔を上げ、心配そうにしている澪をまっすぐ見つめて言葉を継ぐ。
「澪にはあした報告するつもりだったけど、二週間ほどまえから七海とつきあってて、将来的には結婚するつもりでいる。じいさんの承諾も得た。七海本人にはまだそこまでの話はしてないけど」
「そっか」
澪は安堵したように息をついた。
確かに真剣交際であることは誠一もよかったと思う。中学生の少女に対して結婚まで考えているのはいささか重い気もするが、弄ぶよりはよほどいい。けれど問題はまだ残っているのだ。
「いや、交際するのはいいとしても手を出すのは早すぎなんじゃないか?」
「七海は十三歳だから真剣交際で合意があれば犯罪にならないよね」
「それ、は……だからって問題がないわけじゃないんだぞ」
「十六歳の女子高生に手を出したおまわりさんにだけは説教されたくない」
「ぐっ……」
そこを突かれると弱い。
警察官でありながら、十六歳の女子高生とつきあって手を出したのは事実である。しかも誠一はそのとき彼女の保護者に報告もしていなかったし、結婚など頭にもなかった。
「まあいいじゃない」
ギスギスした雰囲気を払拭するかのように、澪が元気な声を上げた。
「七海ちゃんもおじいさまもいいって言ってるみたいだし。それよりいろいろ詳しく聞かせてよ。ね、いつごろ好きになったの? どんなところが好きなの? どうやって告白したの?」
「……言わないよ」
「えー、すこしくらい教えてよ!」
澪が食い下がっても、遥は無視して素知らぬ顔でシャンパンを口に運ぶ。
恋愛事情を聞かれることに抵抗がある気持ちはわかる。身内相手ならなおさらだ。同情はするが、誠一もそのあたりのことに興味があったので、無遠慮な澪をあえて止めようとはしなかった。
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「遥も飲むでしょ?」
澪は笑顔で尋ねると、用意しておいた新しいグラスにシャンパンを注いで差し出す。それを遥は無言でグイッと一口飲んでテーブルに戻し、再び大きく息をついた。
「あのさ」
じとりと正面の澪を見据え、低く切り出す。
「確かに通話を切るのを失敗したのは僕だし、怒る資格はないのかもしれないけど、普通はそっちが気を利かせて切るよね。ずっと盗み聞きしてるとか趣味悪すぎ」
「ごめーん、私も誠一もビックリして固まっちゃって」
澪が軽く肩をすくめて謝罪する。それを聞いて、遥はうっすらと眉をひそめた。
「まさか誠一も聞いてたの?」
「あ、うん……スピーカーにしてたから」
「最悪」
そう呻くようにつぶやいて深くうなだれる。顔は見えないが、ひどく落ち込んでいる様子は見てとれた。誠一はさすがに申し訳なく思ってしまったが、澪は悪びれもせず追い打ちをかける。
「電話なんか出なければよかったのに」
「時間的にじいさんだと思ったんだよ」
「あー……」
澪によると、剛三は夜など在宅しているはずの時間に内線電話に出ないと、使用人に様子を見に行かせることがあるらしい。それなら電話に出てやりすごそうと考えるのもわかる気がした。
「おじいさまにも秘密にしてるの?」
「いや、とっくに知られてるし報告もした」
「……もしかして相手は七海ちゃん?」
「ああ」
本当に坂崎七海だった。
遥は顔を上げ、心配そうにしている澪をまっすぐ見つめて言葉を継ぐ。
「澪にはあした報告するつもりだったけど、二週間ほどまえから七海とつきあってて、将来的には結婚するつもりでいる。じいさんの承諾も得た。七海本人にはまだそこまでの話はしてないけど」
「そっか」
澪は安堵したように息をついた。
確かに真剣交際であることは誠一もよかったと思う。中学生の少女に対して結婚まで考えているのはいささか重い気もするが、弄ぶよりはよほどいい。けれど問題はまだ残っているのだ。
「いや、交際するのはいいとしても手を出すのは早すぎなんじゃないか?」
「七海は十三歳だから真剣交際で合意があれば犯罪にならないよね」
「それ、は……だからって問題がないわけじゃないんだぞ」
「十六歳の女子高生に手を出したおまわりさんにだけは説教されたくない」
「ぐっ……」
そこを突かれると弱い。
警察官でありながら、十六歳の女子高生とつきあって手を出したのは事実である。しかも誠一はそのとき彼女の保護者に報告もしていなかったし、結婚など頭にもなかった。
「まあいいじゃない」
ギスギスした雰囲気を払拭するかのように、澪が元気な声を上げた。
「七海ちゃんもおじいさまもいいって言ってるみたいだし。それよりいろいろ詳しく聞かせてよ。ね、いつごろ好きになったの? どんなところが好きなの? どうやって告白したの?」
「……言わないよ」
「えー、すこしくらい教えてよ!」
澪が食い下がっても、遥は無視して素知らぬ顔でシャンパンを口に運ぶ。
恋愛事情を聞かれることに抵抗がある気持ちはわかる。身内相手ならなおさらだ。同情はするが、誠一もそのあたりのことに興味があったので、無遠慮な澪をあえて止めようとはしなかった。
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