セブ島移住者の本音トークⅡ

セブ島でNGO活動に従事する管理人が、フィリピン人家族との奇妙な生活や、現地での国際交流について語ります。

氷解(その8)

2017-06-23 | セブ島移住生活考

さて、折角、再就職した会社を辞めると決意した、あの夜の取調べ以降の事ですが、僕は、恐らく、周囲からは、‘権兵衛は、吹っ切れた’…と見えた事でしょうね...

 

でも、それは、簡単に言えば、そもそもの就職の動機であった前妻との関係が修復できないと腹を括った事、そして、‘この会社は何時辞めても良いんだ’…と見切った事がその根底にあり、要は、我を張って、より面倒な事を引き起こしたくなかっただけの事です。(簡単に言えば、努力、忍耐、根性をもってして、この会社に居座る理由が消えたと言うことです)


それ故に、僕は、自虐キャラを演じ、‘強制送還に遭った権兵衛です’…なんて社内電話で名乗って、ウケを取ってから話し始めるなど、今、思えば、反面、何とも涙ぐましい努力をしたモノだ言うところです。


でも、その甲斐あって、C氏(次長)を始め、周囲の風当たりも随分、緩和し、と、言って、内心、僕は、心許すことは無く、上手く表現するのは難しいのですが、精神状態は、強制送還の際を最悪とするならば、そこから底を打って、ちょっとだけ持ち上がったまでも、ずっと低空飛行で、表向きは馬鹿笑いをして見せて、阿呆を装っても、心の中の闇は、その後、フィリピンへ渡って来て、一心地つくまで、完全に晴れる事はありませんでした。


そして、ある日、僕の境遇を地元に居る、高校時代からの親友たちに、少しばかり話した所、彼らは気を使って、僕を励ますための飲み会をセットしてくれ、その三次会で、その親友たちの一人が僕を初めて、フィリピンパブ(PP)へ連れて行ってくれたのでした。


何を隠そう、実は、それが僕の初めてのフィリピン人(女性)との巡り合いとなり、それがキッカケで、僕はフィリピンに来る事になったと言っても過言ではありません。


要は、パートナーも居なくなり、何だか寂しかった僕の生活に、ちょっとした光が射したような気がしたのが、この時だったのかも知れません。


実を言えば、この時、僕は、そこで出会ったフィリピーナに、気まぐれで好きだと告げたのですが、相手も商売柄、それをアカラサマに拒絶する事は無かったものの、‘脈が無い’事は分かっていました。ただ、日々の生活が余りにも空しくて、現実とは向き合えずに、依存・逃避している自分がそこにいました...


...現実を言えば、この辺り、このブログの初期に書いた事もあるのですが、その時、妻帯者としての給与を頂きながらも、配偶者が居なくなり、独身貴族になった自分には、そんなに無理なことでは無かったものの、第三者の目から見れば、随分、集られ、騙され、しかし、終いには、その娘の帰国を機に、そうした‘バカ’には一旦、区切りをつけられました(苦笑)


しかし、余りにも馬鹿げた事を、その時のエンターティナーが仕出かしてくれた事で、僕にとっては、フィリピンと言う国に非常に興味が沸いたのでした...


 

 

 

  


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