AIが生成した画像です。 凄いの一言です。感嘆です。
こうした技術、カトリックのミッションの何かに使えないものかと思いますが、わかる方はいますか? あるのに使わないのは、勿体ない。
一方で用途を誤れば、罪になる可能性もあるでしょう。それをも含めて、善い使い方がないものか、考えて頂ければと思います。どんな使い方なら善くて、どんな使い方なら、問題になり得るでしょうか?















万に一つでも、下品な服装やポーズで描いたりすれば、霊的に罪になるのだろうと思います。ただ、それは普通に絵を描いた場合でも同じことです。私達が絵具で聖テレーズの絵を描いた時と同じ基準が、聖テレーズのAI合成の時にも適用されるのではないかと思うのですが、皆様は、どう思いますか。
一方で、このような場合に、修道服や司祭服がないのは、寂しい限りです。修道服のバージョンがあれば、生成AIを使えば、聖人の絵を今までよりもはるかに低コストで描けるようになるでしょう。
こうした技術、カトリックのミッションの何かに使えないものかと思いますが、わかる方はいますか? あるのに使わないのは、勿体ない。
一方で用途を誤れば、罪になる可能性もあるでしょう。それをも含めて、善い使い方がないものか、考えて頂ければと思います。どんな使い方なら善くて、どんな使い方なら、問題になり得るでしょうか?















万に一つでも、下品な服装やポーズで描いたりすれば、霊的に罪になるのだろうと思います。ただ、それは普通に絵を描いた場合でも同じことです。私達が絵具で聖テレーズの絵を描いた時と同じ基準が、聖テレーズのAI合成の時にも適用されるのではないかと思うのですが、皆様は、どう思いますか。
一方で、このような場合に、修道服や司祭服がないのは、寂しい限りです。修道服のバージョンがあれば、生成AIを使えば、聖人の絵を今までよりもはるかに低コストで描けるようになるでしょう。

写真が登場した後も、肖像画が描かれ続けています。生気を吹き込むために。
一方、建物の絵(パース図に限らず)ならば、AIの絵は威力を発揮すると思います。完成予想図同士の比較検討であったり、かつてあった建物を顧みるためであったり。