カトリック情報 Catholics in Japan

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円安はどこまで進むのか?

2022-06-20 00:00:31 | その他
円安はどこまで進むのか? 藤巻健史元議員(&銀行支店長)は、かなり極端に悲観的な予想をしていますが、bitFlyer会長の加納裕三さんは、もっと穏健で現実的な予想をしています。彼によると、もし日本円の崩壊が起きたとしても、360円くらいに留まるそうです。

以下、加納さんの言葉

 ハイパーインフレの定義によるけど、固い防衛ラインは僕は360円くらいかなと思います。

 外国人から見ると土地も会社も1/3に見えるはずなんですよ。それはそれで激安に見えるはずですので、買われまくるでしょう。

 国富が3700兆円くらいあります。

 外国人が土地や固定資産を買うと外貨(もしくは同等の円)が国内に還流されるので、ドル円を売る圧力になります。ハードアセットは持ってて安心だから、下限になるのでは?

 輸出企業の株価が暴騰して、輸入企業が暴落するでしょう。

 日本の人材リソースも激安になるので、「日本人は安い労働力として使いましょう。なんなら会社ごと買って日本拠点で生産するのが良い」となる気がします。

 ジンバブエと違って国富があるので1ドル=1兆円とかのレートはあまりイメージできないんですよね。

 もちろん日銀が際限なく財政ファイナンス(実質そうですよね?)をやり続ければ、ハイパーインフレになりますが、日本のガバナンスの構造上そうならない。

 トルコとは違うよ。

 そして、日本国債は90%以上日本人が持ってる。だから、政府、日銀、家計や、企業の資産・負債、ドル円とのバランスを考える

 と、極端なレート(1ドル=1兆円)にはならないのかなと。

 このようなシナリオは予測するのが非常に難しいので、レート予想の幅も広くなるのですが、1ドル=1000円とかはあるかもしれません。

 10000円はないかなと思います。

 あ、なんで360円かって?

 こういうのをフォーカルポイントと呼ぶんですよ。意味のある数字ですよね。

聖ルトガルジスおとめ    St. Lutgardis Virg.  

2022-06-17 23:04:45 | 聖人伝
聖ルトガルジスおとめ    St. Lutgardis Virg.              記念日 6月 16日


 聖女ルトガルジスの一生は、いわば主イエズス・キリストとの完全な一致を目指す努力精進の連続であった。「汝等は死したる者にして、その生命はキリストと共に天主において隠れたるなり。我等の生命にてましますキリストの現れ給う時には、汝等もまた彼と共に光栄の中に現るべし」(コロサイ書 3・34)この聖パウロの言葉は、彼女の生涯の説明と見ることも出来よう。

 ルトガルジスは1182年ベルギーのトングル市の貴族の家に生まれた。母は大層信心深い婦人で彼女をも敬虔に育て上げようと努めたのに、父は全然世俗的な人間でこの世の快楽虚栄社交などに娘の心を向けようとしたから、ルトガルジスはこの相反する教育方針の犠牲となって、善を為しがたく、悪に流れやすい志操定まらぬ少女と生い立ったのであった。
 ようやく年頃になった彼女は、父の考えに従い、某という貴族の一青年と結婚する事にした。所が不幸にも父が商売の手違いから大損害を蒙り、為に予定の持参金も娘に与える事が出来なくなってしまった。すると最初から人より金を目当てにしていたらしい某は、たちまちにその婚約を破棄し去り、再び彼女を顧みぬようになったのである。
 その時のルトガルジスの恥ずかしさはどれほどであったろう!彼女は今や人の心の頼み難さを始めてはっきりと見せつけられたような気がし、母の勧告のままに今後は修院に入り、ただ天主のみを望んで生きようと思い立つに至った。
 その為に天主の思し召しの有無を知るべく一心に祈りをしていた時の事である、彼女は思いもかけずイエズスの御出現を蒙った。すなわち主は鮮血淋漓たる御脇腹の傷を示し給いつつ「見よ、汝の愛すべきものを!この傷においてこそ汝は無上の歓喜を見い出すであろう」と仰せになったのである。ルトガルジスの進路はかくして確定した。彼女は主キリストを浄配と選び、その聖旨に適うことを求めて日夜徳を磨く決意を固めたのであった。
 いよいよ彼女が憧れの修道誓願を立てたのはその18の年の事であった。それからのルトガルジスは、愛する主に仕える為修道女の本分たる、祈り、労働、苦行などに脇目もふらず没入した、すると天主の方でも彼女をより完徳に導こうとの御心から病気に罹るなどの肉体的苦痛や他人に誤解されるなどの精神的苦痛をほとんど絶えず与え給うた。かようにしてルトガルジスの魂は一日一日より固く主に結ばれ、後に聖主はまた度々彼女に現れて、親しく神秘的生活の奥義を明かし給うたと伝えられている。
 こうした恵みは全く己を捨てた熱心な祈りの人にでなければなかなか与えられるものではないが、ルトガルジスの祈りを愛する事は実に驚くべきほどであった。彼女は会則に定められた務めの祈りを果たすはもちろん、暇さえあれば祈り、黙想等によって限りなき天主の御心の堂奥に参入するのをこの上ない楽しみとしていた。それに彼女の祈る願いは実際不思議なほど叶えられた。一例を挙げれば、ある時彼女と知り合いの一修院長が死去したが、その人は生前甚だ憐れみの情に欠ける所があった。で、ルトガルジスはその死後の運命を心配してその為しばしば祈ると共に罪の償いの業をも熱心に行った所、しばらくしてその人が天国の光栄に包まれて現れ、「あなたのお祈りのおかげで、煉獄の償いを40年も縮められました」と告げ、繰り返し謝意を表して消え去ったとの事である。かく彼女が殊にも罪人の為力を尽くしたのは、一つには自分の若き日の不信心を今更の如くに悲しむ罪滅ぼしの心から出たのであろう。
 天主との深い神秘的一致の恵みを許されたルトガルジスは、直接聖主から御指導を授かる事も一再ではなかった。彼女が7年間の大斉を3度命じられた如きもその実例である。その最初の大斉は当時流布しつつあったアルボア派の異端を滅ぼす為、次は罪人の改心の為、そして最後のはまさに聖会に降りかかろうとする迫害を未然に防ぎ止める為に他ならなかった。
 さてルトガルジスはかように主の聖旨のままに修道に専念し、他の姉妹達のあっぱれな模範となったから、彼女がわずか25歳の若年で一院の院長と推されたのも、格別驚くに足らぬ事であろう。しかし謙遜な彼女はそれを望まず、願い出て故郷の修院を去り、ブラバント州アヴィエルの修院に移って約40年も敬虔な修道生活を続けた。その終わりの11年間は主の特別な思し召しから全く盲目となったが、彼女はその難儀不自由をも主の御苦難に合わせて天父に献げ、世の罪の償いとしたのであった。
 かくて数々の功績を積み、地上から主と一致していたルトガルジスが、いよいよ豊かな報酬を得、永遠に浄配と楽しむべく天国に召されたのは、1246年6月16日の事で享年64歳であった。

教訓

 世人は聖女ルトガルジスの生涯を価値なきものと考えるかも知れぬ。しかしそれはあまりに物質的、自然的な立場からのみ見るからである。霊的超自然的立場よりすれば、彼女の祈り、苦行とは、どれほど人類社会のため災いを防ぎ幸いをもたらしたか計り知れぬのである。我等はこの聖女の一生から祈りの大いなる力と従ってその必要な所以を学ぼうではないか。




人の性格を見抜く方法 聖アウグスティヌス

2022-06-17 23:02:25 | 格言・みことば
人の性格を見抜くには、その人の愛するものを観察すればよい。

聖アウグスティヌス




ピサの聖ライネリオ証聖者

2022-06-17 23:00:51 | 聖人伝
ピサの聖ライネリオ証聖者      記念日6月 17日


 ライネリオは、若い時イタリアのピサで放埒な生活を送っていたが、ある日伯母が紹介した聖ヴィト修道院の修道士に会ったときから、すっかり回心して今までの生活を改め、両親が心配するほどの変わり方であった。まもなく、イエズスが地上の生活を送られた聖地への巡礼を望んでライネリオは出発した。巡礼の途中で夢を見たが、それは自分の財布が焼けつくように燃えるコールタールでいっぱいになっていて、それを消すことができたのは水だけであったという夢であった。この夢で教えられたことは、肉体的な欲望を消すことのできるものは酒ではなく、ただ水だけであるということであった。その時からライネリオは水だけを飲み、食事は日曜日と木曜日に限って食べることにした。そして、裸足で歩き回った。ピサに帰った時、修道院に入って謙遜な生活を送ることを望んだが、彼は決して正式の修道者にはならず、司祭として叙階もされなかった。

 1160年、聖ヴィト修道院でライネリオは帰天し、ピサの守護の聖人となった。彼が亡くなってから20年後、建築家でまた彫刻家のボナノ・ピザノがピサのカテドラルの美しい入り口を造り、24のパネルにキリストの生涯から選んだ場面の画をつけて、それをサン・ラニエリの戸口と呼んだ。







公教要理図解:第60図 七つの罪源(続き) どん欲、邪淫、饗食

2022-06-11 20:34:58 | 要理(カテキズム)
「第60図 七つの罪源(続き) どん欲、邪淫、饗食」『公教要理図解』ワグネル神父

◎「どん欲」のこと


どん欲 とは、現世の財貨を、むやみに惜しみ、むさぼることである。


現世の財貨を愛することは、一概に禁じていない。禁じてあるのは、ただ、それを過度に愛することのみで、財貨がわれらに救霊を得させる手段として、天主から与えられたものと信じ、天主の聖旨に背かず、それを愛して使用することは決して禁じていないのである。


どのような人が、現世の財貨をむやみに愛するかといえば、たとえ、天主に背いてでも、財を求め、あるいは保ち、あるいは増やそうとしている人である。


どん欲の罪は大罪である。聖パウロは、これを偶像拝と名付けました。そして、どん欲である者は天国へ入ることができないと申されたのである。


貧乏人でも、どん欲の罪に陥ることがある。なぜならば、今、現に持っている財貨を、むやみに愛することのみならず、まだもっていない財貨を、むやみに望むのも、やはりどん欲の罪である。


どん欲は、種々の悪しき結果を生じさせる。まず、我等を、貧乏人に対して無慈悲な者、天国の幸いに対しては無頓着な者とならせる。また、時としては他人の財貨でも、盗み取りたいとの悪心をも起こさせるのである。


どん欲の反対は、天主のために現世の財貨を軽んずる善徳である。


どん欲の情を矯正しようと思えば、
(1)イエズスキリストが貧乏でおられ、枕する場所も御所有にならなかったということを考える
(2)いつの日か、我等の財貨を取り上げる死去のことを、たびたび思い出す
(3)各自、その身分に従って、施しをなし、貧乏人を扶助せねばならない
のである。

◎「邪淫」のこと


邪淫とは、天主が第6と第9のおきてをもって、禁じられた罪である。

10
邪淫は、種々の悪しき結果を生じさせる。すなわち、宗教上のつとめを嫌わせ、知恵をくらませ、精神を頑固にし、身体の健康、霊魂の美徳を害し、臨終にいたっても、改心させないことがしばしばある。

11
邪淫の反対は、貞操という善徳である。

◎「饗食」のこと

12
「饗食」とは、飲食をみだりにたしなみ、その度をすごすことである。

13
みだりに飲食をたしなむとは、あるいは、飲食の度を過ごすことであり、あるいはただ、肉欲を満足させるために飲食することである。

14
飲食を為すときには、必ず天主に仕え、自己の義務を尽くしたい為に、生命を保つというこころが無ければならぬ。

15
饗食は大罪である。聖パウロも、この罪を犯すものは、偶像教徒に等しい者であるとして、「彼らはその腹を神としているのだ」と申しているのである

16
饗食の内にも、最も恐るべきものは、意志が錯乱するまで酒の度を過ごすことである。

17
饗食の結果は、大斎、小斎を破り、次第次第に愚か者となり、度々失言を為し、喧嘩をいたし、邪淫に溺れる等である。

18
酒を飲み過ごす癖は身体の健康を害し、家産と名誉とを失わせ、しばしば哀れな若死にを招くこともある。

19
饗食に反対の徳は、節制である。

20
饗食を予防する良薬は、
(1)食事の前後に祈祷を唱えること
(2)毎日飲食を控えめにすること
(3)飲食店や料理屋のようなところへ出入りせず、また、そのようなところへ、我等を出入させる人と交際しないこと
などである。

◎絵の説明

21
ユダが銀30枚で、イエズスキリストを敵の手に渡したのは、これ全く、「どん欲」のためで、その時の有様はこの絵の上段に記してある。すなわち、ユダは手に財布をもち、司祭長と学士等とが、イエズスキリストを捕える方法について、相談しているところへ参り、会長の目前に出て御主を渡す約束を致している。

22
絵の中央には、聖ルカ福音書第15章に記されている、イエズスキリストがおっしゃった、放蕩息子のたとえ話で、すなわち、次のとおりである。

<聖ルカ福音書 第15章11-25>
放蕩息子

また、イエズスは仰せになった。
「ある人に二人の息子があった。弟が父に向かって、『お父さん、わたしのもらうべき財産の分け前をください』
と言った。そこで、父は資産を二人にわけてやった。幾日もたたないうちに、弟は全部のものをまとめて、遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩に身を持ち崩し、財産をむだ遣いした。全部使い果たしてしまったとき、その地方にひどいききんが起こって、食べるものにも困りだした。そこで、その地方のある地主のところへ行って、すがりつくと、その人は、彼を畑にやって豚を飼わせた。彼は、豚の食べるいなご豆で空腹を満たしたいほどであったが、食べ物を与えてくれる人はだれもいなかった。
そこで、息子は本心にたち返って言った。
『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、食べ物があり余っているのに、わたしはここで飢え死にしようとしている。
 さあ、出かけて父のもとに行こう。そして、こう言おう。
 《お父さん、わたしは天に対しても、あなたに対しても罪を犯しました。
  もう、あなたの子と呼ばれる資格はありません。どうか、あなたの雇い人の一人にしてください》』と。
そこで彼は立って父のもとに行った。ところが、まだ遠くはなれていたのに、父は息子を見つけて哀れに思い、走りよって首を抱き、口づけを浴びせた。
息子は父に向かって、
『お父さん、わたしは天に対しても、あなたに対しても罪を犯しました。もう、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』
と行った。
しかし、父はしもべたちに言った。
『急いで、いちばん良い着物を出して、この子に着せなさい。
 手には指輪をはめ、足には、履物をはかせなさい。
 それから、ふとらせた子牛を引き出してほふりなさい。食事をして喜び合おう。
 この子は死んでいたのに行き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから』と。」

23
旧約時代のエサウが、わずかに一鉢の豆が欲しいために、その長男の権利を弟のヤコブに譲渡したのも、全く、饗食のためであった。そして、その時の有様は、この絵の下段に書いてある。