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『おさないイエズスの聖テレジア』企画:デルコル神父 文:江藤きみえ 12

2017-03-06 06:46:58 | リジューの聖テレーズ
『おさないイエズスの聖テレジア』企画:デルコル神父 文:江藤きみえ 12

「まあまあ、わが子よ、神のみ旨なら、はいるでしょう」

 教皇さまの目は、慈父のやさしさをたたえています。でも、ご返事は・・・やっぱり失敗だったと思うテレジアの心の空は、もう晴れてはいません。

 ローマから帰って、司教さまが約束してくださった返事を待つ4か月の苦しいこと!でもついに、待望の日がやってきました。1888年4月9日です。

 その朝、家族とともにカルメル修道院の聖堂でミサにあずかったテレジアは、聖体拝領をすると、父の前にひざまずいて、祝福を願います。感激のあまり父は泣きながら祝福をあたえ、テレジアは立ちあがって修道院のなかに消えました。

 志願者の粗末な服にきがえて、テレジアが案内された個室は、ベット用の二枚の板とわらぶとん一つ、水がめに、ランプと小さな椅子だけです。なんという違い、そして厳しさでしょう!志願期は、ためしの一年で、掃除と庭の草ぬきが仕事です。なれないテレジアを院長さまは叱り、ある日、みんなの前で、「やっぱり思ったとおりでした。掃除をしたのが15才の子どもだとすぐ分ります」といいました。テレジアは、黙って頭をさげ、「こんなふうにとり扱われるのは、わたしにとって喜びです。イエズスさま、あなたをお慰めできますから」と心のなかでいいました。

 1年たって1889年1月10日着衣式の日がきました。父がその日のために準備してくれたりっぱな花よめ衣裳をつけ、テレジアは、家族とともにミサにあずかりました。聖体拝領をすると決定的な別れの時です。父が祝福を与えると、開かれた門のまえに待っているシスターたちの所へ司教さまが連れていきました。テレジアのうしろで大きな門が閉じられます。


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