カトリック情報 Catholics in Japan

スマホからアクセスの方は、画面やや下までスクロールし、「カテゴリ」からコンテンツを読んで下さい。目次として機能します。

アルベルト・カスティリオニ神父 ★2、興味ぶかい事件 

2018-11-10 05:36:31 | シュステル枢機卿
『シュステル枢機卿 - 模範的な司牧者』カスティリオニ神父・デルコル神父共著

★2、興味ぶかい事件 アルベルト・カスティリオニ神父

◆1、シュステル枢機卿にあいさつ

 ちょうど40年前のことです。北部イタリアのカリエロ志願院から布教地に派遣される神学生がありました。出発に先だって、生まれ故郷に、両親や親戚にあいさつに行くのがならわしだったのです。

 同じミラノ大司教区出身の、わたしを含めた4名も、そろって故郷に出かけましたが、このチャンスを大司教シュステル枢機卿訪問に利用しました。そのとき、わたしは、最年長の24才だったことを、ここにつけ加えておきます。

 目的は、枢機卿の祝福をうけることでしたが、面会のための交渉は、一番大胆なモンツァ市生まれのポリス神学生に一任しました。

 こうして、1937年7月のある朝、4人の神学生は、胸をどきどきさせながら応接室の隅にひとかたまりになって枢機卿を待っていました。そのあいだ、

「ねえ、ポリス君、お願いだ、あんまり無駄口をたたくなよ」

「きみは、おしゃべりだってことに気をつけろよ」などと、わたしたちは、あの神学生に念をおしたものでした。

 やがて、わたしたちの前に姿をあらわしたシュステル枢機卿、かがやくばかりの笑顔でわたしたちを書斎に歓迎し、慈父の祝福を与えてくださったことは、いうまでもありません。

 やがて、面会時間も終わりに近いと思われる頃、枢機郷は、机の引き出しを開けて、一枚の写真をとり出し、わたしたちの前に置きながらいいました。

「これは、今まで発表されなかったドン・ボスコの写真ですよ」

「………」

 若い神学生は、感激と、尊敬のうちに緊張し、貝のようにおし黙っています。もうポリス神学生は、これ以上口をつぐんでいることはできなくなりました。

「閣下!」とかれは呼んでみました。枢機郷の笑顔が、次の言葉を待っています。何をいったらいいのでしょう。かれは、すっかりあわててしまいました。

「閣下、この写真に、閣下のサインをお願いできませんでしょうか?」

「わが子よ、これは、ドン・ボスコの写真ですよ。サインなら、ドン・ボスコにしてもらうんですね」

 シュステル枢機郷は、ますますほおえみながら、わたしたちにその写真を与えられました。

 書斎から出たとたん、わたしたち3人は、ポリスさんを攻撃しました。

「こら、無駄口をたたくなと、あれほどいっておいたのに」、「あんなばかなこといってさ」、「ぼくたち、はずかしかったぞ」

(写真:アルベルト・カスティリオニ神父別府カトリック教会の6代目の主任司祭(1954年一1960年))



よろしければ、フェイスブックのカトリックグループにもご参加ください。FBではここと異なり掲載が途切れることもありません。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。