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つれづれなるまゝに日ぐらしPCに向かひて心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつづっていきます

和 算

2013年09月14日 | 歴史・史実

 

日本で独自に発達した数学

 

江戸の数学(国立国会図書館) のサイトより

   江戸時代以前にわが国で独自に発達した数学のことを、

   西洋数学と対比させて和算と称しています。

   明治以降、学校教育で西洋数学が教えられるようになると、

   日本固有の和算は表舞台から消えました。

   しかし、和算は西洋数学と比べても、決して見劣りしない

   優れたものでした。

   ねずみ算や鶴亀算など入門的な問題から、

   連立方程式、円周率、三角関数をはじめとする代数・幾何の

   高度な問題まで、和算はさまざまな数学問題を取り扱いました。

   実用的な問題も多く、農林漁業や商業など人々の暮らしに

   直接役立つ知識として重視され、武家社会のみならず、

   庶民にも普及していきました。

 

 

 

「和算の館」 というサイトには、

全国の神社・仏閣に奉納された「算額」が、都府県ごとに紹介されて

いるが、その数の多さに驚かされる。如何に和算が一般庶民レベルまで

普及していたかを示している。

 

(算額の例)

 

 

「算額」とは、神社やお寺に奉納した数学の絵馬や額のこと。

数学の問題が解けたことを神や仏に感謝し、この算額を奉納した。(律儀!!)

中には、難問や問題だけを絵馬に書き、答えなしで奉納するものもあった。

その問題が記された算額を見て、解答を得た人は、

それを算額にして、また奉納したという。

 

 

「和算ナビ」 というサイトでは

  鶴亀算・旅人算・からす算・ねずみ算・嫁入り・流水算

  小町算・俵杉算・油わけ算・盗人隠・方陣・円陣・三角形・円

の和算問題への「挑戦」という形で、各々の例題が掲載されている。

 

円の面積は、公式では「半径×半径×3.14」だが、

和算では、「直径×直径×0.79」で求める。これは円法七九と呼ばれた。

 

 

 

「算額の問題に挑戦してみませんか?」 というサイトでも

問題と答えが紹介されているが、覚悟して読みこなさない

さっぱり、わからない。というか、まず、読もうという気が起きないか、

読んでいくうちに、気力が萎えてしまう・・・・。

 

 

Wiki によれば、

関孝和は、円に内接する「131072角形」の周長を計算し、

そこから円周率が355/113 (≒3.1415929) に近い値であることを求め、

最終的には小数点以下第10位まで正確な値で求めることに成功した。

 

 

1683年、関孝和は、『解伏題之法』にて行列式理論を発見

連立二元一次方程式の解を求める公式を生みだし、

これを多元に広げて行く過程で三次行列式に相当する算法を導入。

かつ四次、五次の行列式にまで及び、今日の行列式の考えにたどりついた。

 

西洋でのライプニッツの発見より10年早いということで

「世界で最初に行列式を考案した」と言われている。

 

また、スイスの数学者ベルヌーイが

1713年に発表した自然数(正の整数)のn乗の和を求める計算法を、

ベルヌーイより早い時期に孝案した。

 

さらにn次方程式の近似的な解を求める方法も孝案。

これは孝和に100年遅れてイギリスのホーナーが

発表した「ホーナーの解法」と呼ばれている解法と同じである。

 

 

「和算ナビ」 では、和算問題の例題が掲載されており、

たとえば、積んである俵の数を求める「俵杉算」 の例題が載っている。

 

一番下の段が13俵になるとき、俵は全部でいくつあるか、というものだが、

要するに、1から13まで足すと いくつになるか、ということである。

 

 

1から100まで足すと 5050になるが、これを9歳」のときに解いたのが

数学者・物理学者・天文学者として多くの足跡を残したガウス

 

ユーロになるまで、彼の肖像と「正規分布曲線」が10マルク紙幣に印刷されていた。