「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.189 ★ 「日本化」する中国経済 不況下の勝機は「失われた30年」にある

2024年03月15日 | 日記

日本経済新聞 (By Naoki Fujii)

2024年3月15日

この記事の3つのポイント

  1. 景気低迷から中国経済の「日本化」を指摘する声が増加
  2. 中国で長続きするトレンドには、日本の「失われた30年」と類似点
  3. ペットやゆるキャラブームの先に、新たな商機をつかめる可能性も

 この1年ほど中国で自国経済が話題に上がる時、最頻出のキーワードは「経済の日本化」だった。明確な定義があるわけではないが、「バブル崩壊後に『失われた30年』を過ごした日本と同じ道をたどるのでは」「未経験の非成長時代をどのように生き抜けばいいか分からない」という漠然とした不安を表す言葉として、市井の人々の井戸端会議から高級官僚が参加する国際会議のパネルディスカッションまで、本当によく耳にした言葉だ。

 とはいえ、バブル崩壊後の日本が破産し滅び去ったわけではないことは読者の多くもご存じの通りだ。爆発的な経済成長がなくなったのは確かだが、経済・社会構造の変化を捉えて成長した企業も多い。例えば、カジュアル衣料品店「ユニクロ」のように2000年代から本格的に海外進出を果たし、今では海外で1600店舗以上を展開するようなブランドも存在する。

 中国でも同じで、全体としての伸びが低調であることは事実であるが、実質GDP(国内総生産)の前年比での伸び率は日本の約2.7倍もあり、業種や地域によって良しあしがあるというのが実態に近い。身の回りで「転職先が見つからない」「テナントが埋まらない」という話をよく聞くのは確かだが、それ自体は今に始まったことではない。多様かつ巨大な中国では、景気動向も業種や地域によって大きく異なる上、その落差も非常に激しい。

 様々な要因から同一化が激しく競争市場が1カ所に過集中しがちな中国では、大都市がもっとも競争が激しく、行き詰まり感も強い。だから多くの企業が「下沈(シャアチェン、すそ野)市場」として2級・3級都市、あるいは地理的には大都市内でも細分化されたニッチ市場への拡大を志向している。

 ただ、多くは日本企業の駐在員の生活空間とはあらゆる意味で異なるため、現地にいても理解が難しい。しかも「渉外調査管理弁法」という法律によって、外資系企業は原則として直接市場調査を実施できない。ユーザーのビッグデータは入手できるが、今まで既知の成長市場の余白をいかに「先食い」するかの探索に使ってきたデータを、未知の市場を把握するために使うには分析の発想を大きく変えなければならない。

 そんな難しさを乗り越え、いち早く自社にとって有利な市場セグメントをどう見つけるかがこれからの勝負の鍵だと言える。市場の多様化・複雑化が進み、従来のように今ある流行を追いかけ続けるコストは日増しに高まっている。また様々な不確実性がある中で、中国という巨大市場を独占できるほどの資金を投じて王座を目指す戦略を取るという決断ができる企業も限られる。だから多くの日本企業にとって、これからは見定めたセグメントに効率的に投資し、自らのアイデンティティーを確立して「追われる」存在になるために取り組むことが必要だろう。

 では、どうすればいいのか。万能の解決策など存在しないことは重々承知ながら、本稿では顕在化する前の消費ニーズを先読みする上で、日本企業が共通して持つ若干の優位性についての仮説を提示してみたい。

経済が鈍化する中、日本的なモノ・コトが流行

 中国の流行の入れ替わりは目まぐるしく、毎日違うものが「これが流行」と紹介され、次の週には忘れられている、という状況が続く。しかしその中でも比較的長続きしたトレンドを見ると、実はある一定の年齢層以上の日本人にとってはむしろ「懐かしい」ものも多いことに気づく。日本のバブル期前後、10年ほどの間に流行したモノやコトと似たものが流行する傾向にあるのだ。奇妙に感じるかもしれないが、経済が日本の「失われた30年」と同じ状態に陥るのであれば、社会全体を覆う雰囲気、その反映としての流行が日本のその時期に近くなるのは、ある種の必然と言えるかもしれない。

代表例がペットブームだ。北京や上海で休日を過ごしていると、様々な犬種の犬を散歩している姿をよく見かける。日本でも1980年代後半のレトリバーから始まり、シベリアンハスキーなどを経てチワワやミニチュアダックスフントなど、幅広い犬種にブームが広がっていったことが思い起こされる。

上海市のカフェではペット連れの客も多い(写真:筆者撮影)

 ペットブームの広がりと原因は複合的だ。よく原因として挙げられるのが、就職氷河期や経済成長の行き詰まりなどを背景にしたストレス増への反動から、「癒やし」への渇望が高まるというものだ。

 より深い理由として、住空間や生活文化の変化に伴う位置づけの変化も見逃せない。犬を例として挙げると、昭和期までの日本では主に番犬として室外で飼われており、飼い主と生活空間が分かれていることが多かった。そこに裕福な家庭を中心に欧米風のステータスシンボルとして愛玩用の大型犬を飼う文化が輸入された。さらに時間の経過に伴いペット飼育という行為がさらに一般層にまで広がると同時に、都市化の進行によって集合住宅居住者が増加、ペットはその限られた住空間で生活を共にするパートナーとしての地位を獲得するに至った。

 また都市化と並行して進む核家族化や婚姻率の低下によって生まれる独居者の増加や、希薄な人間関係を埋め合わせたいという気持ちなども、パートナーとしてのペットを求める気持ちに作用している。私の身の回りでも、少なからぬ中国人が人間のパートナー探しには興味を持たず、犬や猫との「二人暮らし」を選んでいる。

 こうした変化は必然的かつ普遍的なもので、時期や詳細(上の例で言えばどの犬種が流行するかなど)は違ったとしても、大筋は同じような順番で起こっていく。となれば、今後起こりそうなことについても、同じように過去の日本の例が参考になる可能性が高い。特に文化的な距離が近い中国においては、もともと様々な日本の情報が流入し参考にされがちという点から見ても近似する可能性がある。

 例えば、「たまごっち」のような電子ペットブームの訪れを予見することは難しくはないだろう。96年に発売された、たまごっちのブームは、実際のペットを飼うよりもはるかに手軽でありながら疑似的なペット飼育体験ができることに加え、室内空間を割く必要がなく隣人トラブルの原因にもならないこと、友人とのコミュニケーションの触媒としての共通の話題となっていたことなどが挙げられている。ちなみにその後のたまごっちは赤外線や無線LANなど通信機能を強化し、「Tamaverse(たまバース)」というメタバースへの接続など、コミュニケーションのためのデジタルガジェットとしての位置づけを強化している。

 同じようにして負の面、例えばペットの虐待や遺棄が社会問題となることも想像がつく。市場の裾野が広がれば副作用としての問題の規模も大きくなり、そしてそれに対する解決策の提案も新たな商機になるだろう。上海市郊外には通称「猫島」と呼ばれる130エーカー(東京ドーム約11個分)にも及ぶ広大な区画があってNPO(非営利団体)が400匹以上の野良猫の世話を引き受けており、希望者は一定のコースを受講し資格ありと認められれば、引き取って育てることもできる。半公共的なNPOだけでなく、市内の猫カフェなどが引き取りの仲介を行うケースもある。これもまたビジネスチャンスの一つだと言える。

暴れまわる「ゆるキャラ」たちの祭典

 ペットと同じ「癒やし」の少し変わった切り口としては、「ゆるキャラ」の存在感が挙げられる。中国IT(情報技術)大手のアリババ集団傘下のブランドが、いずれも動物のキャラクターをマスコットにしていることから「動物園」と呼ばれている。日本ほどではないが、中国発のブランドもマスコットキャラクターを擁している。ほかにもアプリとしては使用不可にもかかわらず、なぜか日本のSNSである「LINE」 のキャラクターである「BROWN」や「CONY」 も人気が高いし、企業・ブランド以外にも、中国のSNS「微信(ウィーチャット)」のスタンプから生まれて人気に火がついたキャラクターも数多い。

アリババ集団傘下ブランドのキャラクター(2021年時点、写真は同社の公式微博=ウェイボから)

 毎年11月11日にアリババ系のEC(電子商取引)サイト「天猫(Tモール)」が主催するセール「双11」が開催され、その流通取引総額や傾向が中国の消費動向を占うものとして話題になる。実は2023年、その双11に関連して「淘宝金桃之夜」と呼ばれるイベントが開かれたことをご存じだろうか。

一応は「セール期間中に100万個以上売り上げた商品に『金桃賞』を与えて表彰する」という名目ではあったのだが、その趣旨というよりはイベント前から公式アカウント同士のSNS上での「絡み」のネタとして存分に使われ、このイベント参加権を単なる自慢のために9999元(約20万円)でオークションにかけてすぐ撤回するキャラクターや、米ニューヨークのタイムズスクエアに屋外広告を出すブランドなども現れ、公式SNSも「ダフ屋では参加権は買えません」などとあおり、現場でも賞そっちのけで違うブランドのキャラクターがペアになって踊ったり、逆に暴れるキャラクターを警備員に扮(ふん)した別のキャラクターがつまみ出したり、キャラクターたちの一挙手一投足がメインになった相当カオスなイベントとなっていた。今までも単独では知名度があった面々ではあるが、こうして複数が企業・ブランドをまたいで一同に会するのはおそらく初めてだろう。

「淘宝金桃之夜」の参加キャラクターの一部(写真は同社の公式微博=ウェイボから)

 もはや説明するまでもなく日本は多くのキャラクターを擁する大国だ。「ゆるキャラグランプリ(現・ゆるバース) 」「ご当地キャラ博 」のようなイベントも長きにわたって開催されている。こうした蓄積もまた、中国でのビジネスの切り口として利活用できるはずだ。

ご覧になっていただいて分かる通り、まずキャラクター造形のレベルにおいて日本には圧倒的な優位性がある。また長く愛されるキャラクターとするためには外見のかわいさだけではなく、細かい設定をつくり込み、動作や発言などのルールにまで落とし込んだ上でそれを順守する運用、魅力を最大限表現できるアクターの養成も必要だ。まだ黎明(れいめい)期の中国のキャラクタービジネスでは、そうした細部の専門性には課題も多い。日本企業にとってのチャンスにもなるだろう。

 もう一つ、ゆるキャラ方面で今後中国での広がりが期待できるのが、地方自治体との取り組みだ。くまモンやふなっしーなど、日本のゆるキャラの発展は「ご当地」との密接な関わりを持ってきた。中国もまた近年特に観光やビジネス・投資誘致を目的に、各地方の特色文化をアピールしようという機運が高い。現段階ではロゴやプロモーションムービーの制作やご当地魅力体験イベントなどが中心で、寡聞にして独自のマスコットキャラクターを作った成功例は聞いたことがない。しかし今後かならずこうした例は増えていくだろう。

日本のまま持っていけばいいわけではない

 ここまで紹介した通り、「癒やしの渇望」から発生したトレンドが中国にも存在し、日本での広がり方と類似点があるということをご理解いただけたと思う。とはいえ、それは日本で昔流行(はや)ったものを持ってくれば売れるという甘い話ではないという点は、強調してもし過ぎることはないだろう。

政治を背景にした日本に関わることへのリスク意識だけでなく、中国も自身が持つ文化要素への自信を深めている中で、外国人が「30年前に自国で流行ったもの」を持ち出しても、受け入れがたい気持ちになるのも当たり前の話。よく「トレンドXX年周期」という言い方をされるが、同じ国でさえ循環してまったく同じ場所に戻ることはない。国が違えばなおさらだ。

 それでもなお、「次に何が起こるか」を、解像度を高めて予想できることは、「失われた30年」で我々が学んだ低成長経済下でのビジネスのつくり方・守り方と併せて、日本人が持つ隠れた優位性であると言える。特に中国現地法人で意思決定層となる40代、50代は、実際に日本で自らその時代を体験している。「外国のことだからわからない、現地スタッフに任せればよい」一辺倒ではなく、ご自身の豊富な体験を現地のインサイトと組み合わせて新しい面白さを創発することに、どんどん挑戦していただきたいと願う。

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