スバル1000はなぜ独創のメカニズムを持つクルマになったのか。もちろんそこには百瀬晋六氏が生粋のエンジニアであり、もともと飛行機屋でもある、という理由が存在するのだが、実はもうひとつの理由がある。それはシトロエンというクルマの存在だ。百瀬氏だけではなく、他の技術者達もみなこのシトロエンのDS19が大変お気に入りだったそうで、実際にスバル1000開発の傍らには常にDS19が置いてあったそうである。
シトロエンDS19は世界初のFF車である7CV(トラクシオン・アヴァン)の後継車として1955年に発売された。DSと言えばまずあのハイドロニューマチックサスペンションが有名だ。金属バネとダンパーの代わりにオイルと窒素ガスを用いたサスペンションで、そのフラットな乗り心地は『魔法のじゅうたん』と評されるほどであった。さらにDSの場合はこのオイルの油圧をブレーキ、パワステ、さらにはマニュアルトランスミッションにまで用いている。ハイドロの油圧をここまで広範囲に使ったシトロエンは後にも先にもDS以外にはない。ちなみにこの油圧制御のMTは、今で言う『セミオートマ』である。
シトロエンDSのすごさはこれだけではない。トランスミッションをエンジン前方に配置したフロントミッドシップレイアウト、量産車世界初のディスクブレーキの採用、また後期型のヘッドライトはオートレべリング機能とステアリング連動機能も備えている。さらに前回スバル1000のメカニズムのところでインボードブレーキというものを紹介したが、これも実はシトロエンのほうが先だ。このシトロエンDSは世界の知識人が選んだ『20世紀の名車ランキング』で三位に輝いているのだが、もし『20世紀に大量生産された変態車ランキング』というものがあれば、間違いなく一位になれると思う。もちろんこれは褒め言葉、である。
シトロエンDSは一部のマニアのための特殊なスポーツカーではない。高価ではあったが、ごく普通の人が使う実用的な4ドアのセダンである。シトロエンはこの『ごく普通の人が使う実用的な4ドアセダン』であるDSに、恐ろしいほどのテクノロジーを詰め込んだ。それは僕流に言わせてもらえば、すべて『触れて、乗って、笑顔になれるクルマ』の実現のためであったのだと思う。「多くの人々が触れて、乗って、笑顔になれる、幸せを感じられるクルマを届けたい」と考えていたに違いない。シトロエンのその高い理想からくるテクノロジー至上主義の実用的なクルマ作りというものに対して、百瀬晋六氏をはじめとする当時の富士重工の技術者達はみな共感した。だからこそ、スバル1000の開発の傍らには常にシトロエンDS19が置いてあったのではないだろうか。
富士重工の技術者達はシトロエンのようなテクノロジー至上主義の『ごく普通の人が使う実用的なクルマ』の実現を目指していくことになる。スバル360にセミオートマである『オートクラッチ』の実用化を実現しているし、量産乗用車では世界初の4WDであるレオーネはあまりに有名である。この他にも現在の自動車用CVTの草分け的な存在である『ECVT』の実用化などが主な例だろう。
またエンジンに対するこだわりも相当なもので、なんとエンジン製造後はそのすべてがベンチテストにかけられて性能チェックを実施しているのだそうだ。抜き取りではなくすべてのエンジン。しかもモーターを使ってただ回すのではなく、実際にエンジンを始動してテストをしているのである。ここまでエンジンに手間をかけるのは国産メーカーでは富士重工だけだ。当然スバル車のエンジンには俗に言う「当たり」、「外れ」というものが全く存在しない、ということになる。
恐らくこだわりと同時にプライドもあるのだろう。BRZのFA20エンジンの直噴システムはトヨタのものがベースだが、FB16ターボやFA20ターボの直噴システムはスバルが独自に開発したものである。さらに新しく登場した『XVハイブリッド』のハイブリッドシステムもスバル独自のものだ。水平対向エンジン+4WDだからトヨタのハイブリッドシステムが使いたくても使えなかった、という理由もあるとは思うが、プライドを持ってよくがんばって作ったと思う。『スカイアクティブ・ハイブリッド』と称して、実はトヨタのハイブリッドシステムをそっくりいただいているマツダとは正反対である。
少し前の日経新聞にPSA(プジョー・シトロエン)の経営不振に関する記事が掲載されていた。シトロエンという自動車メーカーは何度も経営不振に陥り、プジョー傘下になってもまたプジョーとともに経営不振になってしまっている。経営不振になるたびにシトロエンのクルマは合理化され、現在ではそのほとんどがプジョーのクルマと兄弟車だ。あの素晴らしい乗り心地のハイドロサスを味わえるのは、もはやC5のみとなってしまっている。残念ながらかつて富士重工の技術者達を虜にしたシトロエンのテクノロジー至上主義は、もはや無いに等しい。
テクノロジー至上主義を追い求めれば、当然クルマ作りにはコストがかかってしまう。そしてコストがかかればかかるほど、企業としての儲けは少なくなる。そこで『合理化とコスト削減を実行する』という話になるのだが、合理化とコスト削減を実行すればするほどテクノロジー至上主義とはかけ離れたクルマ作りになってしまう。それはつまりシトロエンらしさを捨てる、ということだ。シトロエンはこの『シトロエンらしさ』と合理化、コスト削減という相反するテーマの間で常に苦悩してきた。シトロエンの姿を見ていると、日本の自動車メーカーが何よりもまず『合理化とコスト削減』を優先させる姿もそれなりに理解はできる。高い理想だけで、メシは食っていけない。
しかし富士重工はそうあってほしくはない。可能な限り、限界ギリギリまでテクノロジー至上主義で行って欲しい。あえて今僕がそう言う理由は、最近のスバル車のコスト削減が目に見えて進んでいるからだ。例えばBP/BL型レガシィではアルミ製のボンネットやリアゲート、さらにはサスペンションアームにまでアルミが多用されている(アウトバックは除く)のだが、現行レガシィではそれらがすべて廃止されてしまっている。内装でもコスト削減の痕跡はあちらこちらで目に留まってしまう。それなのに車両価格はジリジリと上昇中だ。BP/BL型レガシィの車両価格がその内容にしては比較的安価だったことは認めるが、こうも急激に合理化とコスト削減による利益追求を実行されたら、昔からのスバルファンは購入意欲が萎えてしまうのではないだろうか。一過性の現象であればいいのだが、
「このまま合理化とコスト削減にひたすら突き進み、しだいにスバル車が普通のクルマになっていってしまうのではないか」
と、心配になってしまう。富士重工にはシトロエンと同じような道は歩んでほしくない。
『プレミアムメーカー』という言葉がある。メルセデスやBMW、アウディなどによく使われる言葉だ。しかしよく使われているわりにはその言葉の定義について解説している人を僕は見たことが無い。そこで僕個人の『プレミアムメーカー』観になってしまうのだが、僕は「テクノロジー至上主義による高性能、高品質なクルマ作りをしているメーカー」であると思っている。だから富士重工は『プレミアムメーカー』だ。日本で唯一のプレミアムメーカーだと思う。
しかし昨今の富士重工の姿を見ていると、このプレミアムメーカーとしての地位もこの先どうなるだろうか、と若干心配している。 絶好調の業績に奢ることなく、昔からのスバルファン、そしてスバリストの方々の期待に沿うクルマ作りをぜひこれからもしていって欲しい、と思う。
シトロエンDS19は世界初のFF車である7CV(トラクシオン・アヴァン)の後継車として1955年に発売された。DSと言えばまずあのハイドロニューマチックサスペンションが有名だ。金属バネとダンパーの代わりにオイルと窒素ガスを用いたサスペンションで、そのフラットな乗り心地は『魔法のじゅうたん』と評されるほどであった。さらにDSの場合はこのオイルの油圧をブレーキ、パワステ、さらにはマニュアルトランスミッションにまで用いている。ハイドロの油圧をここまで広範囲に使ったシトロエンは後にも先にもDS以外にはない。ちなみにこの油圧制御のMTは、今で言う『セミオートマ』である。
シトロエンDSのすごさはこれだけではない。トランスミッションをエンジン前方に配置したフロントミッドシップレイアウト、量産車世界初のディスクブレーキの採用、また後期型のヘッドライトはオートレべリング機能とステアリング連動機能も備えている。さらに前回スバル1000のメカニズムのところでインボードブレーキというものを紹介したが、これも実はシトロエンのほうが先だ。このシトロエンDSは世界の知識人が選んだ『20世紀の名車ランキング』で三位に輝いているのだが、もし『20世紀に大量生産された変態車ランキング』というものがあれば、間違いなく一位になれると思う。もちろんこれは褒め言葉、である。
シトロエンDSは一部のマニアのための特殊なスポーツカーではない。高価ではあったが、ごく普通の人が使う実用的な4ドアのセダンである。シトロエンはこの『ごく普通の人が使う実用的な4ドアセダン』であるDSに、恐ろしいほどのテクノロジーを詰め込んだ。それは僕流に言わせてもらえば、すべて『触れて、乗って、笑顔になれるクルマ』の実現のためであったのだと思う。「多くの人々が触れて、乗って、笑顔になれる、幸せを感じられるクルマを届けたい」と考えていたに違いない。シトロエンのその高い理想からくるテクノロジー至上主義の実用的なクルマ作りというものに対して、百瀬晋六氏をはじめとする当時の富士重工の技術者達はみな共感した。だからこそ、スバル1000の開発の傍らには常にシトロエンDS19が置いてあったのではないだろうか。
富士重工の技術者達はシトロエンのようなテクノロジー至上主義の『ごく普通の人が使う実用的なクルマ』の実現を目指していくことになる。スバル360にセミオートマである『オートクラッチ』の実用化を実現しているし、量産乗用車では世界初の4WDであるレオーネはあまりに有名である。この他にも現在の自動車用CVTの草分け的な存在である『ECVT』の実用化などが主な例だろう。
またエンジンに対するこだわりも相当なもので、なんとエンジン製造後はそのすべてがベンチテストにかけられて性能チェックを実施しているのだそうだ。抜き取りではなくすべてのエンジン。しかもモーターを使ってただ回すのではなく、実際にエンジンを始動してテストをしているのである。ここまでエンジンに手間をかけるのは国産メーカーでは富士重工だけだ。当然スバル車のエンジンには俗に言う「当たり」、「外れ」というものが全く存在しない、ということになる。
恐らくこだわりと同時にプライドもあるのだろう。BRZのFA20エンジンの直噴システムはトヨタのものがベースだが、FB16ターボやFA20ターボの直噴システムはスバルが独自に開発したものである。さらに新しく登場した『XVハイブリッド』のハイブリッドシステムもスバル独自のものだ。水平対向エンジン+4WDだからトヨタのハイブリッドシステムが使いたくても使えなかった、という理由もあるとは思うが、プライドを持ってよくがんばって作ったと思う。『スカイアクティブ・ハイブリッド』と称して、実はトヨタのハイブリッドシステムをそっくりいただいているマツダとは正反対である。
少し前の日経新聞にPSA(プジョー・シトロエン)の経営不振に関する記事が掲載されていた。シトロエンという自動車メーカーは何度も経営不振に陥り、プジョー傘下になってもまたプジョーとともに経営不振になってしまっている。経営不振になるたびにシトロエンのクルマは合理化され、現在ではそのほとんどがプジョーのクルマと兄弟車だ。あの素晴らしい乗り心地のハイドロサスを味わえるのは、もはやC5のみとなってしまっている。残念ながらかつて富士重工の技術者達を虜にしたシトロエンのテクノロジー至上主義は、もはや無いに等しい。
テクノロジー至上主義を追い求めれば、当然クルマ作りにはコストがかかってしまう。そしてコストがかかればかかるほど、企業としての儲けは少なくなる。そこで『合理化とコスト削減を実行する』という話になるのだが、合理化とコスト削減を実行すればするほどテクノロジー至上主義とはかけ離れたクルマ作りになってしまう。それはつまりシトロエンらしさを捨てる、ということだ。シトロエンはこの『シトロエンらしさ』と合理化、コスト削減という相反するテーマの間で常に苦悩してきた。シトロエンの姿を見ていると、日本の自動車メーカーが何よりもまず『合理化とコスト削減』を優先させる姿もそれなりに理解はできる。高い理想だけで、メシは食っていけない。
しかし富士重工はそうあってほしくはない。可能な限り、限界ギリギリまでテクノロジー至上主義で行って欲しい。あえて今僕がそう言う理由は、最近のスバル車のコスト削減が目に見えて進んでいるからだ。例えばBP/BL型レガシィではアルミ製のボンネットやリアゲート、さらにはサスペンションアームにまでアルミが多用されている(アウトバックは除く)のだが、現行レガシィではそれらがすべて廃止されてしまっている。内装でもコスト削減の痕跡はあちらこちらで目に留まってしまう。それなのに車両価格はジリジリと上昇中だ。BP/BL型レガシィの車両価格がその内容にしては比較的安価だったことは認めるが、こうも急激に合理化とコスト削減による利益追求を実行されたら、昔からのスバルファンは購入意欲が萎えてしまうのではないだろうか。一過性の現象であればいいのだが、
「このまま合理化とコスト削減にひたすら突き進み、しだいにスバル車が普通のクルマになっていってしまうのではないか」
と、心配になってしまう。富士重工にはシトロエンと同じような道は歩んでほしくない。
『プレミアムメーカー』という言葉がある。メルセデスやBMW、アウディなどによく使われる言葉だ。しかしよく使われているわりにはその言葉の定義について解説している人を僕は見たことが無い。そこで僕個人の『プレミアムメーカー』観になってしまうのだが、僕は「テクノロジー至上主義による高性能、高品質なクルマ作りをしているメーカー」であると思っている。だから富士重工は『プレミアムメーカー』だ。日本で唯一のプレミアムメーカーだと思う。
しかし昨今の富士重工の姿を見ていると、このプレミアムメーカーとしての地位もこの先どうなるだろうか、と若干心配している。 絶好調の業績に奢ることなく、昔からのスバルファン、そしてスバリストの方々の期待に沿うクルマ作りをぜひこれからもしていって欲しい、と思う。