第4章(3)
私の気持ちが複雑ながら、少し上向きになっていた頃、浦瀬に東京から電話があった。
「あ、浦瀬君。シンガポールにいるんだね。ちょっと予期しないことが起きてしまった。今朝緊急役員会があって、
あの取締役が解任されたんだ。我々には関係なかったけれど、次期社長をめぐって役員の囲い込みがあったんだ。
あの取締役、ああ見えても、結構男でね、どちらの陣営にも属さないと公言していたんだ。そうしたら、副社長派が、
1票欲しいために、忠誠を誓った本部長と入れ替え動議を出したんだ。ところが専務派も同じことを考えていて、
空席を誰が埋めるかは年明けになったが、あの取締役は、どこから流れたか、直美さんがらみの中傷ニュースが流れ、
我々をねぎらってくれた領収書が、逆に私的流用ということになり解任されてしまったんだ。そして、取締役はその場で、辞職してしまった。」
「え、ほんまですか? ほんならあの時の約束は?」
「うん、そこは、あの時GINKOママの立会人署名があってよかったよ。何といってもうちの顧客の最大手の会社の会長の娘さんだから、
反故にできず形式的に適用されることにはなった。つまり、来年1月から6ヶ月に収まることになりかけたところ、それは半期の決算に間に合わないから、
3月末と何にも知らない経理担当取締役が言い出して、結局そのように決まってしまった。地元エージェントはそれでもいいと電話で回答してきたから、
変えようがないんだ。悪いがそれでやってくれないか?どんなに困難なことかは分かっている。旧正月が間にはいっているから実質1月しかないな。
今から言うことは僕と君だけの話だ。あの取締役と仕掛けた含み予算がある。それを使って、岡崎君と山下君を交互に1月と3月にシンガポールに送り込む。
これに関しては私がすべての責任を持つ。足りない分は、あの取締役が私財を提供するといっている。こんなばかげた役員人事はない。ぜひ浦瀬君に勝って
もらいたいと言ってくださっている。この件はこちら二人の念書を書留で送るから安心してくれたまえ。俺もふざけるなと言いたいが、まだ子供が小さいので、
取締役のようには行かない。浦瀬君頼むよ。細かいことは密かに山下君から連絡させる。よろしくな。」
「え、あ、はい、おおきに、わかりました。後は山下と。えろうお世話かけました。すんまへん。何とかがんばってみます。」
浦瀬は、無事だと思った首が又離れていきそうになる恐怖を覚えていた。
その頃、私は浦瀬の新しい事態の急変や覚悟は知らずに、少し前向きな気持ちで、タクシーに乗り、日本人会へ向かっていた。
しかし、重い足取りで日本人会へ入っていくと、先行投資で攻勢をかけていた日系会社の駐在員と出会った。
今は会いたくなかったが、望みがあることは分かっていたので、仕方なく歩み寄ると、
「あ、宝田さん。ちょうどよかった。内示があって、来年1月末に急遽上海へ転勤になってしまったんだ。それで、あの進めていた話、
後任に話してみたけれど、シンガポールもよく知らないのに、そんな話には乗れないと言われたよ。知らないからこそ、宝田さんだと言ったんだが、
本社の承認を取る苦労してまで必要かどうかわからないものに手を出して、評価を下げたくない。と拒否されてしまった。だから悪いけれど、
あの話無かったことにしてくれませんか?お忙しい宝田さんだから、一つくらいどうってことないでしょう。じゃ、そういう事で。お願いします。」
ほら来た。
お得意の食い逃げ。
何がそういうことだ。
今まで提案書や打ち合わせと称していくら時間と金を使わせたんだ。
せめてそれくらいは払えよ、ふざけるな。
遊んでいるんじゃないぞと言いたいのを歪んだ笑顔で、
「今からだと、引越しとかお忙しいですね?ご家族も行かれるのですか?」
「家族は子供の学校があるし、中国があんな状態なので、まだ、こちらに残るけれど、少し狭いところに引越しかな?しのぶさん、
あ、言っていいのかな?彼女が不動産屋で、結構女房とかに色々気を使ってくれるので、今度の後任にも紹介しといたよ。いい人だね?ところで、
どうして別れたの、ま、色々あるか夫婦のことは。うちも気を付けなくっちゃ。お、そろそろ行かなきゃ。じゃあ。また。」
しのぶは不動産屋をやって、まだシンガポールにいることが分かった。
皮肉なもんだった。
自分の仕事がなくなり、結果しのぶには2つ仕事が増えたことになった。
それも私のまいた種だから甘んじて受けていくしかなかった。
気持ちは更に落ち込んで、浦瀬に会わずに帰ろうかとさえ思えた頃、
「宝田。どうや。少しは落ち着いたか?」
「うん。取り敢えず4階へ行こう。」
浦瀬にも何か新しい事件が起きたようだった。
いつもの迫力が感じられない。どうしたのだろう。
メールでは薄皮一枚でつながったようだったのに。
4階の日本食レストランのこの間使ったのと同じ個室を予約していた。
改めてランチセットを頼んだ。
2015年3月30日
私の気持ちが複雑ながら、少し上向きになっていた頃、浦瀬に東京から電話があった。
「あ、浦瀬君。シンガポールにいるんだね。ちょっと予期しないことが起きてしまった。今朝緊急役員会があって、
あの取締役が解任されたんだ。我々には関係なかったけれど、次期社長をめぐって役員の囲い込みがあったんだ。
あの取締役、ああ見えても、結構男でね、どちらの陣営にも属さないと公言していたんだ。そうしたら、副社長派が、
1票欲しいために、忠誠を誓った本部長と入れ替え動議を出したんだ。ところが専務派も同じことを考えていて、
空席を誰が埋めるかは年明けになったが、あの取締役は、どこから流れたか、直美さんがらみの中傷ニュースが流れ、
我々をねぎらってくれた領収書が、逆に私的流用ということになり解任されてしまったんだ。そして、取締役はその場で、辞職してしまった。」
「え、ほんまですか? ほんならあの時の約束は?」
「うん、そこは、あの時GINKOママの立会人署名があってよかったよ。何といってもうちの顧客の最大手の会社の会長の娘さんだから、
反故にできず形式的に適用されることにはなった。つまり、来年1月から6ヶ月に収まることになりかけたところ、それは半期の決算に間に合わないから、
3月末と何にも知らない経理担当取締役が言い出して、結局そのように決まってしまった。地元エージェントはそれでもいいと電話で回答してきたから、
変えようがないんだ。悪いがそれでやってくれないか?どんなに困難なことかは分かっている。旧正月が間にはいっているから実質1月しかないな。
今から言うことは僕と君だけの話だ。あの取締役と仕掛けた含み予算がある。それを使って、岡崎君と山下君を交互に1月と3月にシンガポールに送り込む。
これに関しては私がすべての責任を持つ。足りない分は、あの取締役が私財を提供するといっている。こんなばかげた役員人事はない。ぜひ浦瀬君に勝って
もらいたいと言ってくださっている。この件はこちら二人の念書を書留で送るから安心してくれたまえ。俺もふざけるなと言いたいが、まだ子供が小さいので、
取締役のようには行かない。浦瀬君頼むよ。細かいことは密かに山下君から連絡させる。よろしくな。」
「え、あ、はい、おおきに、わかりました。後は山下と。えろうお世話かけました。すんまへん。何とかがんばってみます。」
浦瀬は、無事だと思った首が又離れていきそうになる恐怖を覚えていた。
その頃、私は浦瀬の新しい事態の急変や覚悟は知らずに、少し前向きな気持ちで、タクシーに乗り、日本人会へ向かっていた。
しかし、重い足取りで日本人会へ入っていくと、先行投資で攻勢をかけていた日系会社の駐在員と出会った。
今は会いたくなかったが、望みがあることは分かっていたので、仕方なく歩み寄ると、
「あ、宝田さん。ちょうどよかった。内示があって、来年1月末に急遽上海へ転勤になってしまったんだ。それで、あの進めていた話、
後任に話してみたけれど、シンガポールもよく知らないのに、そんな話には乗れないと言われたよ。知らないからこそ、宝田さんだと言ったんだが、
本社の承認を取る苦労してまで必要かどうかわからないものに手を出して、評価を下げたくない。と拒否されてしまった。だから悪いけれど、
あの話無かったことにしてくれませんか?お忙しい宝田さんだから、一つくらいどうってことないでしょう。じゃ、そういう事で。お願いします。」
ほら来た。
お得意の食い逃げ。
何がそういうことだ。
今まで提案書や打ち合わせと称していくら時間と金を使わせたんだ。
せめてそれくらいは払えよ、ふざけるな。
遊んでいるんじゃないぞと言いたいのを歪んだ笑顔で、
「今からだと、引越しとかお忙しいですね?ご家族も行かれるのですか?」
「家族は子供の学校があるし、中国があんな状態なので、まだ、こちらに残るけれど、少し狭いところに引越しかな?しのぶさん、
あ、言っていいのかな?彼女が不動産屋で、結構女房とかに色々気を使ってくれるので、今度の後任にも紹介しといたよ。いい人だね?ところで、
どうして別れたの、ま、色々あるか夫婦のことは。うちも気を付けなくっちゃ。お、そろそろ行かなきゃ。じゃあ。また。」
しのぶは不動産屋をやって、まだシンガポールにいることが分かった。
皮肉なもんだった。
自分の仕事がなくなり、結果しのぶには2つ仕事が増えたことになった。
それも私のまいた種だから甘んじて受けていくしかなかった。
気持ちは更に落ち込んで、浦瀬に会わずに帰ろうかとさえ思えた頃、
「宝田。どうや。少しは落ち着いたか?」
「うん。取り敢えず4階へ行こう。」
浦瀬にも何か新しい事件が起きたようだった。
いつもの迫力が感じられない。どうしたのだろう。
メールでは薄皮一枚でつながったようだったのに。
4階の日本食レストランのこの間使ったのと同じ個室を予約していた。
改めてランチセットを頼んだ。
2015年3月30日