徒然なるままに修羅の旅路

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Long Day Long Night 23

2016年08月29日 11時27分19秒 | Nosferatu Blood
「ハルキさんって?」 フィオレンティーナの質問に、アルカードよりも先にマリツィカが返事をする。彼女は雛子からお盆を受け取って長卓の上に置いてから、
「わたしの夫よ――そこの冬夜さんの弟」 そう返事をして、彼女は硝子のボトルからコップにお茶を注ぎ始めた――コップは冷凍庫に放り込んであったのか、みんな湿気が結露して白濁している。雛子はフィオレンティーナの質問に答えようとしたのか一度口を開きかけたが、マリツィカが自分で答え始めたのでそのまま再び部屋から出ていった。
「ここの家は豆腐屋さんだけど、小さな畑も持ってるの。自分たちの食べる程度だけどね――夫がそこに西瓜の種を蒔いたら苗が生えてきたから、それを冬夜さんたちに頼んで育ててもらってたのよ」
 だからまあ、自分で育てたとは言えないんだけどね――そう付け加えて、マリツィカがコップを長卓に並べる。彼女はコップをよっつお盆の上に残して、リディアたちのいる縁側に持ってきた。
「すまない」 アルカードがそう言って、お盆ごとコップを受け取る。彼は麦茶の注がれたコップをかたわらの香澄に渡してから、彼女がそれを常に渡すのを待ってもうひとつ彼女にコップを手渡した。それからリディアにもコップを渡して、最後に自分のぶんを手にとってお盆を床の上に置いた。
「ちゃんと育ってればいいんだけどね」 とコメントしたのは、冬夜である。
「駄目な理由でも?」 香澄の質問に肩をすくめて答えたのは、十郎だった。
「マリさんが言ったとおり、それまで西瓜を育てた経験は無くて、今回が初収穫なんだ――だから、ちゃんと育ってるかどうかわからない」
「なるほど」 アルカードがうなずいて、飲みきったコップを手に部屋の中に戻る。
「麦茶をもう一杯飲む?」
「ああ」 マリツィカの質問にうなずいて、アルカードがコップを長卓に置いた。マリツィカがお茶を注ごうとしたところで、
「お待たせー」 玄関が開くガラッという音がして、数十秒ほどたってから両脇に大きな西瓜をふたつかかえた男性が顔を出した。
 十郎を若くした様な顔立ちの男性で、どちらかというと細面の弟よりも父親に似ている。口髭を蓄えた十郎の髭を剃って、もう少し若くしてやればこんな感じになるだろう――あとついでに言うと、従兄弟に当たる陽輔よりも忠信に似ていなくもない。小脇にかかえた西瓜は今の今まで水に漬けていたのか、大雑把に拭き取られただけの表面に水滴が残っている。
「やあ、久しぶり。でかいじゃないか」
「ああ、帰りに持って帰ったらどうだ」 アルカードの言葉に、春樹が自慢げにそんな返事をする。ちょうどその会話をしている最中に俎板と庖丁、フェイスタオル二枚を手にした雛子が戻ってきた。
 雛子に濡れた西瓜を一個渡して、彼女から受け取ったタオルで西瓜を手際よく拭いていく。
 アルカードがそんな彼を手で示して、
「春樹君だ――マリツィカの旦那だよ」
「よろしく」 ハルキと紹介された男が、空いた片手を適当に挙げて挨拶する。
「なんで濡れてるんだ?」
「手っ取り早く冷やすのに、氷水に漬けてたんだ」 陽輔の問いにそう返事をして、その男性――春樹は指先に残った水滴をジーンズで拭い取った。収穫した西瓜を雛子が長卓の上に用意した俎板に載せて、見るからにうきうきした様子で包丁を手に取る。先ほど言っていたようにはじめて生った西瓜の初収穫なので、切るのもはじめてなのだろう。
「さあ、どうだろう。どうだろう?」
「小夜ちゃん、小都ちゃん、西瓜切るよ」 肩越しに振り返って、十郎がふたりの孫娘にそう声をかける。
「蘭ちゃんと凛ちゃんもおいで」
 冬夜が穏やかな声で、蘭と凛に声をかける。子供たちは縁側に置かれた長い楕円形の石――沓脱石のところで履いていたサンダルを脱いで縁側に上がり、期待もあらわに長卓の周りに集まってきた。
「さぁ、切るよー」
 楽しそうにそう告げて――春樹が西瓜に包丁を入れる。
 真っぷたつに割られた西瓜を目にして――長卓を囲んでいた者たちはぽかんと口を開けた。
 
   *
 
「あの、ここは立ち入り禁止です」 看護婦の言葉に、集中治療室の扉を開けようとしていたアルカードは手を止めた。
 集中治療施設は病科ごとにある様だが、外科の場合はまず物々しい鉄の扉で区画されている――看護婦が声をかけてきたのは、アルカードがその扉を開けようと取っ手に手をかけたときだった。看護婦の顔には見覚えがあり、それは向こうも同じだろう。つまり、建前上アルカードがアレクサンドル・チャウシェスクの身内であることを知っている人物だ。
「集中治療室にそのまま立ち入っていただくわけにはいきません――困ります」
「なにも問題は無い」
 アルカードがそう返事をすると、彼女はちょっと眼つきを鋭くした――元がおっとりした雰囲気の顔立ちなので、あまり厳しさは感じなかったが。
「問題はあります、ここはICUです。事前申請が無ければたとえ親族の方でも、」 そこまで言ったところで、彼女は鼻先にアルカードの指を突きつけられて沈黙した――同時に瞳孔が散大して表情が緩み、瞳の焦点が合わないままその場で棒立ちになる。
「なにも、問題は、無い」
「なにも、問題、ありません」 電子音声みたいな抑揚の無い口調で返事をしてくる彼女の脇を通り抜けて、アルカードは集中治療室の扉を開けた。
 なるべく患者の心理的負担を軽減するために明るい雰囲気で構成された一般病棟と違い、集中治療室には飾り気がまるで無い。
 アルカードは入ってすぐ脇に置いてある面会者名簿と、続いて『面会者様へのお願い』というプレートに視線を向けた。
 1.面会者名簿に記入します
 2.専用のスリッパに履き替えます
 3.ビニールのガウンを着ます
 4.帽子をかぶります
 5.マスクをつけます
 6.最後に手指の消毒を行います
 といった面会者の手順が写真つきで掲示されている。面会者名簿に記入はしなかったが、アルカードは残りの手順にはきちんと従って面会の準備を整えた――それくらいは従うべきだろう。
 集中治療室の第二扉を開けると、控えめの音量で音楽が流れているのが聞こえてきた。
 Paul SimonのThe Boy In The Bubble。
 特に根拠があるわけでもないだろうが、聴覚や視覚に刺激を加えるのが意識不明者の回復に役立つと考えられているからだろう――意識のある患者に対しては昼間は音楽を流し夜間は停止することで昼夜の区別をつきやすくしたり、昼間は脳を覚醒させておくことで夜間にちゃんと眠れる様にさせるという意味合いもあるのだろうが。日内リズムをつける、という表現だったと記憶しているが。
 そんなことを考えながら第二扉を抜けて集中治療室病棟の廊下へと足を踏み入れたとき、天井のスピーカーから流れる曲が切り替わった。
 Simon & GarfunkelのScarborough Fair、余計眠くなりそうな気もするが。意識のある患者のリクエストだろうか。
 治療室の内部に入ると、物々しい様々な機材が廊下の脇に置かれている――テープで廊下に枠が作られているところを見ると、その場所が定位置らしい。いちいち倉庫に取りに行く暇が無い状況もありうるからだろう。廊下の幅はかなり広いので、機材が廊下に出しっぱなしになっていても患者の搬出入に困ることは無さそうだ。
 集中治療室はこの病院では四人部屋になっているらしく、扉と扉の間隔はかなり広い――それぞれの扉の前に記載された患者名簿から目的の人物の名前を探しながら廊下を歩いている最中に数人の医者や看護師とすれ違ったが、彼らは支配ドミネイションの魔眼の影響でアルカードに気づきもしなかった。
 やがて目的の名前を見つけて、アルカードは足を止めた。
 部屋の中にいるのはアレクサンドル・チャウシェスクひとりだ――この部屋には他に患者はいないらしい。というか、ほかの部屋のベッドも空きが目立つ様だった。
 まあ結構なことだ――集中治療室入りの患者など、少ないほうがいいに決まっている。
 そしてまたひとり減るがな――胸中でつぶやいて、アルカードは部屋の扉を開けた。
 顔の上半分を包帯でぐるぐる巻きにされ、そこかしこにギプスや添え木を当てられたアレクサンドル・チャウシェスク老が、一番手前のベッドに横たわっている――口元には酸素吸入器のマスクがあてがわれ、肌の露出している部分はまったく無かった。
 さて――胸中でつぶやいて、アルカードはポケットに入れていた小瓶を取り出した。先ほどまで三十分ほどかけて秘薬に手を加え、なるべく効果を減じる・・・様にしてきたが、どの程度効果があるか。
 不死の霊薬エリクシルは本来は経口摂取するものだが、別に体内に注射等で注入しても問題無い。これが弱毒化のために加工する前の真祖の血だと、体内に注入された時点で投与対象は吸血鬼化してしまうが。
 アルカードは小瓶の封を切ると、手近に置いてあった使い棄ての注射器を一本手にとってパッケージの封を切った。
 小瓶の中身を注射器で吸い出し、ベッドのかたわらに置かれた点滴のパックの中へと足してゆく――三回繰り返してその作業を終えると、アルカードは注射器をそれ専用のものらしいステンレス製のごみ箱の中に投げ込んだ。
 余計な面倒を避けるために、今回の霊薬投与はなるべく効き目を遅くする必要がある――それには霊薬自体の加工以外では、量を減らして時間をかけて投与するのが一番いい。点滴はゆっくりと投与されるから、この状況では理想的だ。不死の霊薬エリクシルは無色透明なので、混入が露顕することはおそらくあるまい。
 不死の霊薬エリクシルは投与する量が四分の一以下になると、治癒の速度がかなり低下する。投与対象の衰弱死を防ぐためのエネルギー供給源となる成分も含まれているが、こちらは五パーセント程度の分量でも瀕死の人間を一年持たせるほどの効果がある。
 投与量を四分の一以下に抑えれば、せいぜいが『奇跡の回復』と言われる様な治癒で済むだろう。これで彼は即座に全快はしなくとも死ぬことは無くなり、時間をかけてゆっくりと快方に近づいていくはずだ。
 さて、もうこれでここに用は無い。あとはここから出て、不死の霊薬エリクシルの小瓶を中身ごと始末すればいい。胸中でつぶやいて、アルカードは踵を返した。

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