徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Genocider from the Dark 33

2014年11月03日 23時26分49秒 | Nosferatu Blood LDK
 
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 翌日――
「――別につきあってくれなくてもよかったんだぜ?」 時間帯のせいか比較的空いている列車の車内で扉の脇の壁にもたれかかり、アルカードがそんなことを言ってくる。
 MTRの椅子は日本の列車と違って金属製で、それが落ち着かないのかアルカードは座る気になれないらしい――斗龍ツォウロンはそれが普通なのであまり気にならないが、美玲メイリンはお尻が痛いのかどうにも落ちつかなげだった。
「いえ――どのみちブラックモア教師と、彼の指揮下の聖堂騎士三人を出迎えなくてはいけませんので」
 その言葉に、アルカードがひいふうみ、と指折り数え始めた。
 指を折って数えるとき、アルカードは小指から折っていく癖があるらしい――五までいった時点で拳になる数え方だ。計算の答えが出たので満足したのか、アルカードは再び窓の外に見える馬湾マーワン海峡の景観に視線を戻した。
 彼らは五時五十分に香港のセントラル駅の始発に乗り、そのまま赤鱲角チェクラップコク島の香港国際空港に向かっている――出発がやたらと早いのは、ちょうど彼らが香港国際空港に到着する時間帯に教皇庁の派遣した聖堂騎士団の人員が香港国際空港に到着するからだ。
 ヴァチカン、というかローマの空港と香港国際空港は直行便でも十三時間かかる――昨晩の二十二時、ヴァチカンの現地時間で十六時ごろに、アルカードはヴァチカンから増派が決定したという話をしていた。
 しかしアルカードの言によれば、通常聖堂騎士たちが出発に使うフィウミチーノ空港から香港へのフライトは毎晩零時半の一便だけらしい――地球の自転と時差によって、到着時間は香港の現地時間で早朝六時半。
 ということは、あと二十分程度で到着するだろう。
 派遣人員と合流して教会に連れ帰り、時差ボケが直るまで落ち着ける場所を用意してやらねばならない――胸中でつぶやいて、斗龍ツォウロンは窓の外に視線を向けた。
 金髪の吸血鬼の荷物は少ない。主要な装備品は、カトリック教会がローマ法王庁大使館の外交行嚢を利用して日本に送ることになっているからだ。
 表向きは吸血鬼アルカードとしてヴァチカンとは対立する立場にあるが、彼は同時に聖堂騎士団教師ヴィルトール・ドラゴスとしての顔も持っている――聖堂騎士は派遣先の国での行動の制限を出来るだけ無くすためにローマ教皇庁の外交使節団の職員としての身分を与えられており、外交官としての立場と特権を賦与されている。アルカードも同様で、現在派遣されている日本における公式の身分は在東京ローマ法王庁大使館の一等書記官だ。
 ということは着る着ないは別として、彼もカトリック式の法衣を持っていたりするのだろうか? かたわらにいる長身の男を横目に見ながら、彼が自分と同じ格好をしているところを想像してみる。意外に悪くない。
 そんなことを考えながら――斗龍ツォウロンはアルカードの胸元に目を止めた。彼の胸元には銀色に輝く十字架がぶら下がっている――ただのアクセサリーではなくイエスの磔刑像を模った本物のロザリオ、宗教的意味を持つものだ。
 美玲メイリンがどうしてそれを持っているのかと聞いたときには、アルカードは『友人の形見だ』と答えていたが、それが本当かどうかはわからない――ただし相当に大事なものらしく、彼は教会に滞在している間、それを片時も離そうとしなかった。
 眼下の馬湾マーワン海峡に白い航跡を曳きながら、数席の大型貨物船が航行している――二層構造の橋の上層部に片側三車線の道路があるため、列車に乗っていても結構やかましい。
 だが、アルカードはそれをさして気にした様子も無かった。
 美玲メイリンは見慣れているからか、席に着いたままさして興味も示していない――目下の彼女の関心事は、子供向けのお土産になにを見繕うかということくらいだろう。
 MTRは大嶼山ダイユーサンで分岐して、その一方は大嶼山ダイユーサン島内の香港ネズミーランドに通じているが――さすがにじかに出向くつもりは無いらしい。
 縫いぐるみひとつのために高い入場料を払うのも、出発時間を遅らせてまで開園時間を待つのも馬鹿馬鹿しい――というのがアルカードの弁だが。
 香港国際空港の免税店にネズミーのショップがあるということを知った瞬間に、アルカードはネズミーランドに直接出向くという選択肢を速攻で消した様だった――香港国際空港には出発ロビーの内外に複数のネズミーストアが出店されており、ネズミーランド内で売っている土産物はたいていそこで手に入る。まあ、目的はあくまで縫いぐるみであってネズミーランドで遊ぶことではないのだから、それでも問題は無いのだろう。
 それよりも――斗龍ツォウロンとしては、教会に残してきたマークツーのことが心配ではある。
 抵抗力の弱い仔犬を長時間屋外に連れ出すと病気になったりするし、電車に乗せるわけにもいかないので、焔斗イェンツォウと一緒に教会に残してきたのだ――獣医からは屋外に連れ出すのは何度かに分けて予防接種を受けてからにする様にと勧められており、三回中まだ一回しか接種していない。
 これまで誰も教会にいないことが無かったから、今頃寂しい思いをしているだろう――ことに、教会にいる間はずっとかまってくれたこの吸血鬼がいなくなるのだ。
 出来るだけ早く帰ろうと心に決めたとき、窓の外の視界の大半を埋め尽くしているのが海から陸に変わった――馬湾マーワン島に入ったのだ。
斗龍ツォウロン
 窓の外に視線を向けたまま、アルカードが声をかけてくる。
「はい――なんでしょう」 斗龍ツォウロンが返事をすると、アルカードは橋の北側に見える馬湾マーワン公園の砂浜に視線を固定したまま、
「昨日、一昨日の戦闘現場で発見された遺体の身元はわかったのか?」
「いえ、まだです。全員旅券や身分証のたぐいは持っていなかったので」
「だろう、な――俺が撃ったあの女の子たちの遺体、彼女らも身元不明ジェーン・ドゥのままか」
 アルカードがそう返事をして、小さく息をつく。
「昨日の――それに一昨日の、貴方が撃ったあの女性たちの遺体は確実に復活していたのですか?」
 その問いかけに、金髪の吸血鬼は小さくかぶりを振った。
「わからない――噛まれ者ダンパイアになる適性を持つ死体と噛まれ者ダンパイアにも喰屍鬼グールにもならない死体の場合、加害者の吸血鬼が死んでも吸血被害を受けた死体の吸血痕は消えない。吸血鬼になる死体とただの死体・・・・・を、外見で判別する方法が無いんだ――確実に蘇生を阻止するには、頭部か心臓を破壊するしか無い。蘇生してからじゃ遅いからな。見分ける方法はあるにはあるが、到底現実的とは言えないしな」
「それは?」
 斗龍ツォウロンの言葉に小さく息をついて――アルカードが続けてくる。
「腐らないんだ――噛まれ者ダンパイアであれ喰屍鬼グールであれ、蘇生する可能性のある遺体は何週間経っても腐らない」 アルカードはそう言ってから、生徒に講義する講師の様な口調で、
「吸血を受けた被害者の死体が噛まれ者ダンパイアもしくは喰屍鬼グールとして蘇生する場合、死体は何週間たっても傷まない――死斑も浮かず、腐敗もしない。吸血加害者が死ぬと、喰屍鬼グールになる死体はその時点で噛み跡が消えて、時間経過相応の状態まで急速に腐敗が進行する」 そこでいったん言葉を切り、彼は言葉を選ぶ様にちょっと考えてから、
「だが噛まれ者ダンパイアになる可能性のある遺体は、加害者が死んでも死後何週間も腐らない。だから死体をしばらく放っておいて、傷むかどうかを確認することで一応の判別は出来るが、言うまでもなく死にたての遺体がいきなり白骨化するわけでもない、し――周囲の環境によって遺体の傷み方が異なるからな。この季節だったらすぐには腐敗しないだろう」
 アルカードはそう言ってからいったん言葉を切り、
「あとはそうだな、噛まれ者ダンパイアもしくは喰屍鬼グールとして蘇生する遺体は喰屍鬼グールの餌にならない――奴らがどうやって蘇生するしないを見分けてるのかまでは俺にもわからないがな、噛まれ者ダンパイアもしくは喰屍鬼グールに変化する死体を喰屍鬼グールどもの前に放り出しても、喰屍鬼グールはそれを喰わないんだよ。前に喰屍鬼グールが目の前に転がった死体に目も呉れずに、別の獲物を探し回ってるのを見たことがある。死体を調べてみたら、首筋に噛み跡があった――しばらく観察してみたら蘇生したから、たぶん間違い無い。だが、吸血鬼に噛まれた死体を喰屍鬼グールの前にいちいち放り出して、喰うか喰わないか観察するわけにもいかん。現実的でないと言ったのは、そういう意味だ」
 その返答に、斗龍ツォウロンは小さくうなずいた――確かに、それは現実的とは言い難い。吸血痕のある死体を喰屍鬼グールの前に放り出すというのも――都合よく近くに喰屍鬼グールがいるかどうかという点も含めて――現実的ではないし、遺体の状態で判別するという判定法もその遺体が噛まれ者ダンパイア適性を持つ遺体であった場合、遺体が腐るの腐らないのという前に噛まれ者ダンパイアとして復活するだろう。
 話すのに疲れたのか、それともなにかほかのことを考えているのか、アルカードはそれで会話を止めた。
 駅の自動販売機で買ったキャップつきのブラックコーヒーをレザージャケットのポケットから取り出して封を切り、口をつける――味が気に入らなかったのか一瞬顔を顰め、アルカードはあらためてもう一度缶に口をつけた。
 すでに窓の外の景色は馬湾マーワン島を抜けて、再び海へと変わりつつあった。
 
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 三人が香港国際空港に到着したのは、六時二十七分のことだった――じきに聖堂騎士団から増派されてきた四人の聖堂騎士が、到着ロビーに出てくるだろう。
 事前にヴァチカンから知らされていた便名を確認し、アルカードは斗龍ツォウロンに別れを告げた――アルカードとしては、出来れば自分の素姓を直接知らない聖堂騎士とは極力接触を持ちたくないらしい。
 出発は九時過ぎで、出発ロビー外にあるネズミーストアが開店する時間は八時半――出発ロビー内にあるストアは七時には開店するので、そちらに行くことにしたらしい。
 彼は斗龍ツォウロンに視線を向けて、
「すまないな、斗龍ツォウロン――朝食の暇も無い出発につきあわせた礼に朝飯でも奢ろうかと思ってたが、どうやら時間が無さそうだ。名残惜しいがそろそろ行くよ――後任の指揮官は俺の弟子のひとりだ。優秀な奴だ――齢も近いし、うまくやっていけると思う」
「はい――ありがとうございます」 斗龍ツォウロンがうなずくと、アルカードは右手を差し出した。
「短い間だが楽しかったよ。次に会うのがいつになるかはわからんが、元気でな」
「はい。ヴィルトール教師も」 笑みを返し、斗龍ツォウロンはアルカードの手を握り返した――同じ様に美玲メイリンと握手を交わして、アルカードがゲートに向かって踵を返す。
 手荷物検査のゲートに立ち入る直前、アルカードが振り返らないまま片手を挙げるのが見えた――それが金髪の吸血鬼の最後の挨拶になった。
 
   †
 
「Attention please――香港国際空港に到着いたしました。完全に機体が停止するまでは席をお立ちにならない様に――」 アナウンスが聞こえて、フィオレンティーナ・ピッコロは目を開けた。妙に耳の奥がごろごろする――鼓膜の内外の気圧差のせいだ。
 アナウンスが続けて、予定よりも若干早く到着したことを告げている――飛行機慣れしているリッチー・ブラックモアは、手慣れた仕草でシートベルトをはずしにかかっていた。
 ひどく眠い――飛行機が航路にある間中、ずっと鼓膜が外側に引っ張られる様な痛みに耐えていたせいだ。
 客室乗務員の女性がましになるからと飴玉をくれたが、残念ながら完全には症状は治まらなかった。
 出来れば今後飛行機には乗らないで済む様にしたいものだと考えたが、それが無理なこともわかっている――隣で眠っている三つ編みの少女を揺り起こし、フィオレンティーナはシートベルトのバックルをはずした。
 反対側で気分悪そうにしているもうひとりの少女に気遣わしげに声をかけてから、彼女が席を立つのを待って、立ち上がる――すでに周囲の人々は席を立ち、次々と自分の手荷物を取り出しつつあった。
 ブラックモアがさっさと全員ぶんの手荷物を取り出している――フィオレンティーナたちは手荷物入れに満足に手が届かないので、ブラックモアが自分の頭上の手荷物入れに荷物を全部入れたのだ。
 飛行機酔いを起こしている長い髪の少女――聖堂騎士パオラ・ベレッタの荷物は自分の荷物と一緒に肩に引っ掛け、ブラックモアが三つ編みの少女――リディア・ベレッタとフィオレンティーナの手荷物をこちらに放って寄越す。
 多少時間がかかっても待ったほうが楽だと判断したのか、ブラックモアは通路から席へと戻り、ほかの客が出て行くのを待つことにした様だった――それを確認して、パオラの背中をさすってやる。
「大丈夫ですか、パオラ?」
「ええ、大丈夫……ありがとう」
 そうはいっても顔色の悪いパオラに視線を向け、ブラックモアが出発前に買ったはいいが結局口をつけなかったスポーツドリンクを差し出してくる――すっかりぬるくなってしまっているが、今の状態で冷たい飲み物を飲ませるよりはいい。
「大丈夫か? なんならおぶっていってやるが――」
「いえ、いいです」 ブラックモアの言葉にそう答えて、パオラが立ち上がる――早く外に出て休みたいのだろう、パオラは人がまばらになってきた通路に出ると早足で歩き出した。
 リディアは反対側からのほうが近いので、通路側にいたブラックモアと一緒に反対側の通路を歩いている――足元の覚束無いパオラの腕を支えながら、フィオレンティーナはボーディング・ブリッジに入った。
「フィオレンティーナ、リディア。先に出てろ――パオラを休ませとけ。俺はちょっと、機内預かりの荷物を受け取ってから行く」
 到着ロビーを抜けてエスカレーターに乗ったところでパオラの荷物をリディアに預けて、ブラックモアがそう言ってくる。
 はい、とうなずいて、三人の少女たちはそれぞれ機内預かりにした荷物の引換証をブラックモアに手渡した。ブラックモアがそれを受け取って、荷物受取用のコンベアのほうに歩いていく。
 そちらはブラックモアに任せて、フィオレンティーナとリディアはロビーに出るために歩き出した。
 どのみち、そうたいした荷物があるわけでもない――三人ともそうなのだが、着替えやその他の身の回りの物を入れた小さなトラベルバッグや鞄くらいだ。ブラックモアも似た様なもので、荷物の量など知れている。ひとりでも扱いに困ることは無いだろう。
 自動ドアをくぐるとき、手荷物のチェックをしていた女性従業員が香港へようこそ、と声をかけてきた――それを聞き流して、到着ロビーの手近なベンチにパオラを座らせる。ブラックモアが離れた以上、あまり遠くに行くわけにもいかない。
 なんとはなしに視線をめぐらせたとき、おそらく現地の渉外局スタッフだろう、ふたり連れの男女がこちらに近づいてくるのが視界に入ってきた。

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