徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Balance of Power 8

2014年11月02日 13時08分26秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
「――兄さんずいぶん若い様だけど、おいくつかね?」 アルカードの手にしたバカラ製のワイングラスに――ワインが尽きたので――自分の持ってきた日本酒をなみなみと注ぎながら、本条がそう尋ねてくる。
 縁側に腰かけたアルカードと隣の本条老、アレクサンドル老は縁側の障子寄りに座布団を敷いてそこに座っている――マリツィカは高校の宿題、デルチャは赤ん坊の相手をしていて、イレアナは一度酒肴を持ってきたあとは孫娘の冬に備えて冬服を作るのだとリビングにこもっていた。
 それはともかく、これはなかなかに返答に窮する話題ではあった――年齢をいくつに設定しておくかというのは、実年齢五百歳超えのアルカードとしては悩みどころではある。一瞬考えてから、アルカードは免許証通りに――国際運転免許証の期限が切れるので、日本の免許証を取得したのだ――答えておくことにした。
「二十二です」
「二十二かー。ずいぶん若く見えるなあ」
 二十二であの職業かぁ、とアレクサンドル老が小さくつぶやく。年を取っても耳は遠くなっていない本条老がそれを聞いて、アルカードのほうに視線を向けた。
「仕事はなにしとるんだ? まだ学生かい?」
「……危機管理に関する仕事を。……あまり詳しいことは話せません」 必要に応じてヴァチカンからの依頼で教皇庁要人の近接警護に当たることがあるのは事実なので、アルカードはそう答えておいた。普段の吸血鬼狩りも、危機管理といえば危機管理だろう。ただし危険を避けるのではなく、積極的に潰して回るたぐいの。
「ほー。天井からロープで吊るされて、なにか機密文書を盗み出すのか。かっこいいなぁ」 どうもミッション・インポッシブルみたいなのを想像しているらしい。まあ向こうで勝手に誤解しているぶんにはなんの問題も無いので、アルカードはなにも言わなかった。
「本条さんはなにを?」 アルカードが尋ねると、老人はかぶりを振った。
「わしゃあもう二十年も前に、楽隠居の身分だよ。大学の同期と一緒に、大通りのほうの病院を経営してた。不動産収入があるから、医者を辞めても喰うには困らんがね。今は共同経営してた同期の娘と結婚した息子が、病院の院長をしとる――もしかすると、ここの孫娘と正式に親戚になるかもしれん」
 本条の口にしたその言葉に、アルカードは軽く首をかしげた。あまり深入りしたくはないので詳しくは聞いていないが、デルチャの夫がやたら兄弟が多いことだけは聞いている――息子四人に娘ふたりの六人兄弟だったか。彼の孫がそのうちの誰かと交際しているのだろう。
「ここの娘御が、さっき地主だと――」
「うん、戦前まではな。まあ、今でも土地はいくらか残ってるが、農地はほとんど手放すか貸し出すかしとる。この家も、残っとった持ち物件のひとつだ」
 そんなことを言いながら、老人がささがきにして油で揚げた牛蒡をつまむ。年寄りなのに脂っこい物を肴にしているとは思ったが、アルカードは気にしないことにした。
「兄さんは当分の間、ここに逗留していくのかね?」
「トウリュウ?」 単語の意味がわからなかったので、アルカードはそう尋ね返した。老人はこちらの語彙が少ないのをわかっているからだろう、気を悪くした様子も無く、
「ここに泊まっていくのかい?」 と言い直した。
「いいえ」 アルカードはその質問に、短く答えてかぶりを振った。
「ここへ来たのは――予定通りの出来事ではありませんから。出来るだけ早く出ていくつもりです」 そう答えて、アルカードは酒杯に口をつけた。
 
   *
 
 二階のライブハウスに入ると、扉を後ろ手に閉めるのと同時に、薄暗いホールスペースで飲食していた若者たちが一斉にこちらを振り返った。
 どうも受付とラウンジを兼ねた様なスペースらしく、受付カウンターの向こうに数人のスタッフがいる。
 壁に掛けられたホワイトボードには本日演奏するバンドの名前らしい『Black Dog』というアルファベットが、乱雑に書き殴られていた。
 多少なりとも雰囲気を出そうとしているのか、ホワイトボード用の赤ペンでロゴっぽく書かれたバンド名の後ろに、眉間にもうひとつの目が縦に開いた黒い犬の顔の絵が描かれている――毎回やっているのだとしたら、バンド名によっては苦労するだろう。
 こちらを注視している者たちの視線が、ねっとりと全身に絡みついた――気持ち悪さで肌が粟立つ。ホールのそこかしこに、レーザーポインターの様に紅く輝く光が見えた――吸血鬼どもの持つ、人間ではなくなった者たちの魔人のだ。薄暗く照らし出されたホール内にいる者たちの目も、弱々しい明かりながらも照らされているからはっきりわかる――光っていない者たちの目も、紅い。
 吸血鬼の目だ――それもこのスペースにいる二十数人、全部。背筋が冷たくなるのを感じながら、フィオレンティーナは落ち着いた足取りでカウンターに歩いていくアルカードの背中についていった。
 やる気の無い様子で――あるいはオンオフがはっきりしているのか――カウンターに片肘を突いていた若い男が、こちらにちらりと視線を向けて体を起こした。
 カウンターに近づくと、男はこちらの全身を舐め回す様に視線を這わせながら、
「どうも、今日の予定は『ブラックドッグ』だけど?」 もう開演時間は過ぎてるぜ、と続ける受付の吸血鬼に、アルカードは平然とかぶりを振った。
「バンドに興味は無い」
「じゃあ、なにしに来たんだい?」 まだアルカードの正体に気づいていないのか、後ろの少女たちの様子を窺ってにやつきながら吸血鬼がそう尋ねる。
「バンドに興味が無いなら、帰りな――女は置いてっていいぜ。あんたが連れてるよりも、楽しませてやるからよ」
「あいにく帰るつもりは無いし、あの子らを置き去りにする予定も無い」 アルカードはそう言ってかぶりを振ってから、
「――おまえらを殺しに来ただけだ」 その言葉とともに、吸血鬼の首が冗談の様に宙を舞った。いつの間に抜き放ったものかうっすらとその輪郭だけが見える塵灰滅の剣Asher Dustを手に、吸血鬼の気配だけが背筋の寒くなる様な笑いの形を取る。
 抜く手も見せぬ神速の手管によって胴体と泣き別れた生首が鮮血を撒き散らしながら床の上に転がって、壁にぶつかって止まる。そこでひと塊の灰の山になった生首を見て、ほかの吸血鬼たちが立ち上がった。
 魔力の放射によって陽炎の様に揺らいで見える漆黒の曲刀を手に、アルカードが吸血鬼たちのほうを見遣って適当に手招きする。
「さあ、ショウタイムだ」
 受付ホールの片隅にいた吸血鬼の一体が、その言葉にそれまで手にしていたものをアルカードに向かって投げつけた――アルカードがそれをひょいと躱し、投げつけられた物体は背後の壁にぶつかって砕け散る。
 投げつけられたのは、グラスだった――ただしその中身はコーラでもオレンジジュースでもなく、錆びた鉄の臭いがする真っ赤な液体。トマトジュースには到底見えない。
「じかに吸うんじゃなくて、搾って氷入れて飲むのか――それって旨いのか?」 言葉の内容とは裏腹にまったく興味の無い様子で、アルカードが疑問を口にする。だが、彼はわざわざ答えを待つことはしなかった。
「――ッ!」 奇声をあげながら、数人の吸血鬼が床を蹴る。
Aaaaaalieeeeeeee――アァァァァァラァァィィィィィィィ――
 アルカードが抑えた声をあげ、滑る様な滑らかな動きで一歩踏み出す。
 こちらは女性だから与し易しと見たか、数人の吸血鬼が取り囲んできて、フィオレンティーナはアルカードから視線をはずした。
 生かしたまま嬲り者にでもするつもりでいるのか、掴みかかってきた吸血鬼の腕を押しのける様にして腕の外側に廻り込み、腕を取って手首を内側に折りたたむ様にして関節を極めながら足を刈る――籠手返し投げだ。
 飛びかかってきた勢いのまま綺麗に宙を舞った吸血鬼の体が、背中から派手に床に叩きつけられ――受け身を取り損ねてどこか骨折したのかぼきりという音が聞こえてきた。
 あっさりと転がされ、負傷させられた吸血鬼の口から悲鳴があがる――よりも早く、フィオレンティーナは片手でポケットから引っ張り出した聖書のページを軽く握り潰した。同時に指の隙間から激光が漏れ、同時に逆手に握られた短剣が構築される――身体能力は上がっても場慣れはしていないからだろう、骨折個所をかかえてその場でのたうちまわるだけで反撃動作を起こす余裕も無いらしい吸血鬼の左脇腹に、フィオレンティーナは手にした短剣の鋒を突き立てた。
 肋骨の隙間から滑らかに侵入した黄金こがね色の光を放つ短剣の鋒が、肺を突き破って心臓に達する――同時に霊体構造ストラクチャを完全に破壊されて、吸血鬼の肉体が崩れ散った。
 周囲に視線をめぐらせると、吸血鬼の体をうつぶせに倒したリディアが吸血鬼の脾腹に短剣の鋒を突き刺したところだった――悲痛な絶叫とともに崩れ散って消滅した吸血鬼の遺灰の山を見下ろして、緊張のために少し蒼褪めた表情でリディアがその場で立ち上がる。
 同時に彼女の足元に、吹き飛ばされてきた吸血鬼の体が倒れ込んだ。一撃で完全に胸郭を破壊され、口蓋から血を吐き散らしている。掌底を叩き込んだ体勢を解きながら、パオラが大きく息を吐いた。
 リディアがかがみこんで、足元でのたうちまわっている吸血鬼の喉笛を手にした短剣で引き裂いた――まるでホースで撒いた様に鮮血が飛び散り、同時に吸血鬼の肉体が崩れ散る。
 それを見送る手間も惜しんで、フィオレンティーナは残る敵とアルカードの姿を探して視線をめぐらせた――ちょうどアルカードが壁際に追い詰められた最後の一体に殺到し、首を刎ね飛ばしたところだった。
「二十人ばかりじゃ、少し足りなかったな」 塵と化して崩れ散ってゆく吸血鬼の屍を見下ろして、アルカードが嘲弄とともにそんな言葉を口にした。まるで硝子で出来ているかの様に輪郭だけがおぼろげに見えている塵灰滅の剣Asher Dustの刃を吸血鬼の返り血が伝い落ち、床の上に滴り落ちて砕け散る。
 足元に二十を超える灰まみれの衣服が散乱している――吸血鬼が霊体を破壊されて死に、肉体が灰になったために残った『遺服』だ。
 アルカードは視線をめぐらせてホールを見回すと、少し離れたところに三階に続く階段を見つけてそちらに足を向けた。階段に足を置いたところで肩越しに振り返り、
「行くぞ。メインイベントだ」

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