徒然なるままに修羅の旅路

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The Evil Castle 12

2014年11月09日 23時12分12秒 | Nosferatu Blood LDK
「――躱せ!」
 アルカードの警告よりも早く――細かい霧状に飛び散ってきたそれを、単なる勘で横に跳んで躱す。しかしその隙に、敵の姿は柱の陰に隠れて見えなくなった。
 柱の向こうに廻り込んでも、すでにその姿はどこにも無い。
「くそっ――」
 エルウッドに投げ返された撃剣聖典を弾き飛ばすために銃撃を行い、その結果化け物に対して銃撃を加える機を逸したからだろう、アルカードが小さく毒づく。
「ゼロ・ブラヴォーよりシルヴァー・ワン、なにがあった?」
 アルカードが途中で送信を打ち切ったからだろう、ゼロ・ブラヴォーが焦燥の滲んだ声でそう呼び出しをかけてきた。
「シルヴァー・ワンよりゼロ・ブラヴォー、ならびにゼロ・アルファ」 アルカードはそう返事をしてから、
状況報告S I T R E P――接敵コンタクトがあった。シルヴァーはワン、ツーともに健在。敵の詳細は確認出来ず。シルヴァ―はこれより索敵行動を開始する――各ゼロ、受領通知アクノレジ
「ゼロ・ブラヴォー了解」
「ゼロ・アルファ了解」
「シルヴァー・ワン――以上、交信終わり」
 場所が場所なので、あまり強力な火器は使えない――だがそれでも、せめてアサルトライフルを用意すべきだったかとアルカードがつぶやく。
「見たか?」
「ああ」 アルカードの問いかけがなにを意味するものかはわかっていたので、エルウッドはうなずいた。
 全身の皮膚を剥がされた、そう、まるで小学校の保健室にある人体標本の様な生き物だった――指は五本、足は見たところ手とほぼ同じ構造で、手でそうするのと同じ感覚でものを掴むことも可能な様に見えた指先には発達した爪が生えており、先ほどの女性を殺した凶器はそれだろう。
 とっさに識別出来たのはその程度だが、こちらの投擲武器を掴んで投げ返してきたあたり、それなりの知能を備えているのは間違い無い。
「なんなんだ、ありゃあ?」
「さあな――吸血鬼ヴァンパイア喰屍鬼グールのたぐいじゃないな。なんらかの魔術で作り出した変異体キメラだろう――少なくとも、そこらにいる野良の化け物や並みの魔術師の作品じゃないな」
 そう言って、アルカードは先ほどエルウッドがいたあたりの床を視線で示した。
「こんな能力を持つほど高度な化け物は、並みの魔術師にはそうそう作り出せない」
 その視線を追って、エルウッドは眉をひそめた。床の上で固形化したそれは、先ほど女性の死体の右足を床に縫い止めていたのと同じものだったからだ。
「なんだ、これは?」
 爪先でその透明な固形物を蹴飛ばしながら疑問を口にすると、
「さあな――ポリマーか? アクリルに似てるが、シアノアクリレートかな」
 聞き慣れない単語に、エルウッドは顔を顰めた。
「それは?」
「葡萄糖や脂肪酸と同じ炭水化物の一種でな。末端のアルキル基を選択することで意図的に特性を設定出来る特徴があって、常温硬化型の瞬間接着剤の主成分としても使われてる――接着対象の表面に附着した水分を触媒に重合・固形化して、ポリマーを形成するんだろう。要するにアロンアルファを飛ばしてきてるのさ」
 アルカードはそう言ってから、
「粘性が低いからだろうな、さっき奴がやった様に噴射することも出来るんだろう。剥離強度はかなり高い――耐衝撃性や耐熱強度はそれほどでもないが、これを顔面にでも浴びせられたときのことは想像したくないな」
 そう締め括って、アルカードはこめかみのあたりを指で揉んだ。それを聞いて、顔を顰める――教会の子供たちにせがまれてプラモデルを組み立てていたとき、誤って指をくっつけたときのことを思い出したのだ。
 警戒すべき事柄はそれだけではない――花器を台座ごとまっぷたつにし、ひとかかえもある柱の根元を半ばまで粉砕した、先ほどの化け物が繰り出した初撃。あの攻撃は明らかに、その腕の間合いの外まで届いていた。鈎爪が伸縮した様には見えなかったから、なにかほかの攻撃手段だ。
「照明が逆光になってよく見えなかったが、繊毛状の鞭の様に見えたがな――」 アルカードがそう言いながら、破壊された花器に視線を向ける。花器自体は見る影も無いが、その土台をまっぷたつにしていった攻撃の痕跡はまるでウォータージェット切断の断面の様に滑らかだった。
「気をつけろ――この敵は、そこらの吸血鬼なんぞ比較にならないくらい危険だぞ」 そう言い置いて、アルカードがSAT隊員のMP5サブマシンガンから自前の弾倉を抜き取り、銃本体を足元に投げ棄てて弾倉を懐にしまい込んだ。
 
   *
 
 領主ステイル・エン・ラッサーレ。妙な名前だとは思ったが、口には出さないでおく――もともとの出自がどこなのかは、領民どもは知らないらしい。
 まあ、自分の出自をいちいち自己紹介する様な領主はどこの国を探してもいないだろう――そんなことを考えながら、アルカードは城の正面の扉を押し開けて中に入った。
 寒さそのものは問題にならないが寒さを感じないわけではないので、その点に関してだけ軽く息を吐き――軽く肩甲骨を寄せる様にして肩を動かしてから、アルカードは周囲に視線を向けた。
 視界内に敵影は無い――無論敵がいないことと同義ではないが。
 正面から近づいたし接敵もあった以上、敵はこちらの存在に勘づいているとみていいだろう――なによりこちらのとっかかりはファイヤースパウンだが、向こうにはグリゴラシュ・ドラゴスというブレーンがいるのだ。二世紀ほど前のポルトガル領海の案件も考慮すれば、グリゴラシュは当然アルカードが潰しに来ることを予想しているだろう。
「今現在いるかどうかは別として――」 独りごちて、アルカードは大扉をくぐってすぐのところにある巨大なホールに視線を走らせた。この城自体は代々の領主が使っていたものではない――この土地の前領主の城塞は数年前に叛逆罪で処刑されたとき、国王率いるフランス軍の攻撃によって瓦解してしまった。
 そのため、新たな領主ステイルなんたらが城を新築させたらしい――そのせいかこの城は立地条件的にもおかしいし、構造や建築様式もフランスの城の定石から大きく乖離していた。
 ホール自体は二階まで吹き抜けになっており、正面にはxの小文字を筆記体で書いたときの様に背中合わせに反り返って二階へと続く階段が二箇所配置されている。
 ホールの外周は内壁に沿う様にして二階の廊下が配置されており、内壁には一階二階、それぞれいくつか扉が見えた。
 ホールの壁の内側には装飾なのか、身の丈を越える長さの旗つきの大身槍の石突を地面に撃ち込み、穂先を天井に向けて保持した姿勢の鈑金製の全身甲冑が等間隔に配置されている。
「さて、どこから調べたものか――とりあえずは、例の女どもを乗せた馬車がどこに入ったのかから調べたいところだが」
 考えを整理するために誰にともなくつぶやきながら、ホールに歩を進める――頭上の廊下を支える石造りの支柱を軽く手甲で小突きつつ、アルカードは天井から吊るされた灯の入っていないシャンデリアを見上げた。
 おそらく警備の兵士たちが巡回を行う際に不自由があるからだろう、壁際には所々に簡素な燭台が配置され、弱々しい明りで周囲を照らし出している。おかげで壁際に留まっているぶんには視界の確保は可能だが、まあ壁から離れてしまえば自前の照明が必要になるだろう。ロイヤルクラシックの高度視覚はだいたいが急激な明るさや温度の変化に弱いので、出来れば使いたくないが――
 さしあたりホールをうろついていても仕方が無いので、アルカードは手近な扉のひとつに歩み寄った。
 人気は無い――夜だとは言え、普通ならこれだけ大きな城なら警衛のひとりもいそうなものだが。否、必要無いのか――この城の城主が情報通りの相手なら、この城は生身の人間の兵士なぞよりはるかに厄介な化け物の巣窟だ。
 とはいえ兵士どもがいるのだから、別にこの城に生身の人間がいないわけではないのだろうが――そんなことを胸中でつぶやいて、扉を押し開ける。
「誰かいねえかな――道聞いたほうが手っ取り早いよな、絶対」
 そんなことをぼやきつつ、後ろ手に扉を閉める――扉を抜けた先は、ホールの外側をぐるりと廻り込む様な構造になった廊下だった。向かい側の壁に一定間隔で扉が並んでいるところからすると、おそらくこの周りに部屋があるのだろう。
 さて、どこから始めるか――胸中でつぶやいて、アルカードは真正面にあった扉の取っ手に手をかけた。
 
   *
 
 こうやって屋内制圧のためのクリアリングを行うのは何年ぶりだろうと、客室の扉を閉めながらアルカードは胸中でつぶやいた――もう三十年も前になるか。ドイツの国境警備隊G S G - 9に紛れ込んで、訓練に明け暮れていたころ以来だ。
 エルウッドは銃器の扱いには慣れていないので、数本の短剣を構築してアルカードの数歩後ろをついてきている――あまり近づきすぎると互いに動きを邪魔することになるので、ふたりとも意識していくらか距離をとっていた。
「なあ、アルカード」
 エルウッドに呼ばれて、アルカードは視線を向けないまま返事をした。次の部屋の扉を開けながら、
「どうした?」
「あれはなんなんだ? 魔術であんなものを造れるのか?」
 その言葉に、アルカードは溜め息をついた。どうやら今は客が入っていないらしく、綺麗に整頓されたままになっている。トイレ、バスルーム、寝室と一通りチェックを終えてから、
「やれやれ――俺が対魔術戦の講義してるときに、居眠りしてたつけがきてるな。あれはキメラだ」
「キメラ――」
「ガーゴイル、ゴーレム、レブナント、その他諸々。使役する化け物に違いはあるが、その違いを言えるか?」
「ガーゴイルは魔術であらかじめ仕込んだプログラム、ゴーレムは低級霊が動かす。ガーゴイルは石や金属などの鉱物を素材にするのが主流で、ゴーレムの材料は鉱物から生肉までいろいろ。レブナントは死体を継ぎ合わせて作ったリビングデッドの中で、特に魔術の『式』で動かすもので、言ってみれば死肉で出来たガーゴイル――で、合ってたよな?」
 その返答に、アルカードはうなずいた。そこまでは正解だが、授業中に堂々と居眠りしていたことを思い出すと、到底合格点はやれそうにない。
「ああ。それに対してキメラは素体となる生物の卵に手を加え、場合によってはほかの生物の因子――要するに遺伝子サンプルだな――を付け加え、薬品や電気刺激等で遺伝子レベルでの変異を引き起こし、製作者の意図した形態や能力を附加する。要するにあれはフランケンシュタインなんぞじゃなくて、生きた生物だ」
 うげぇ、とエルウッドが小さくうめいた。彼はアルカードに促されて部屋から出ながら、
「じゃあなにか? あれはあんな人体模型みたいな外面で、れっきとした生物だってことか」
「そういうことだ――たいていの場合は哺乳類をベースに造られてて、腕のいい術者の作品になるとベースになった生物種との間での交配による繁殖能力まで持ってる――まあ、たいがいは母体が耐えられなくて、母親は死んじまうがな」
「それ、つまり――」
「ああ、俺やお前の魔具で霊体を破壊して仕留めることは出来ない。あれは肉体に依存するただの生物だからな」
 うえ、と顔を顰めて、エルウッドが小さくうめいた。
 キメラは主に繁殖の都合上、哺乳類をベースにして造られることが多い。知能が高く命令実行能力を持つキメラを造り易いという理由で、人間がベースになることも多い。
 また単純に男性のほうが染色体の関係で変異の誘導が起こし易いという理由で、魔術師はキメラの材料に人間の体組織を使う場合、男性の体組織を採取して使うことが多い――哺乳類はたいてい発生の初期段階ではメスで、それが成長中にオスに変異するからだ。このためキメラ学上はオスよりもメスのほうが安定しており、手を加えにくいとされている。
 また、繁殖によって数を増やす能力を持たせる場合、キメラをオスにするとベースになった生物のメスの体を幼生の成長に利用出来る。
 このためキメラは基本的にすべてオスで――人間をベースにしたキメラの中で、繁殖能力を持つ個体が交配の相手に選ぶのは必ずメスなのだ。
 エルウッドはトイレの扉を開けて中に敵がいないことだけ確認してから、
「ところでアルカード――そのキメラなんだがな、『クトゥルク』とは無関係な可能性は無いのか?」
「どうしてだ?」
「こないだあんたが変電所の建物を瓦礫の山にしてから一ヶ月、香港から戻ってから二ヶ月。『クトゥルク』がキメラの研究をするにしても落ち着いた環境が必要だろうし、あんな化け物を実際に生産するまでに時間が十分だったとは思えないんだが」
 もっともな質問ではあるのだが――溜め息をついて、アルカードはかぶりを振った。

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