徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Long Day Long Night 18

2016年06月17日 00時03分06秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
「着いたよ」 ギッという作動音とともに駐車ブレーキのレバーを引いて、アルカードが肩越しにそう声をかけてくる――はーい、と返事をして子供たちふたりがそれまでじゃれあっていた犬三匹を床の上に降ろし、スライドドアの内ノブに手を伸ばした。
 ドアの重量があるからだろう、座ったままの体勢からではうまく開けられなかったらしいスライドドアを、手を伸ばして子供たちの代わりに開けてやる――ドアの隙間からはやって外に飛び出そうとしたソバとウドンを、アルカードが鋭く制止した。
「待て!」 その声に、犬たちがその場で猟犬の様に床に伏せる――ソバとウドンの動きにつられてテンプラも同じ様に床に伏せた。
 アルカードが運転席のドアを開けて車外に降りると、車体を廻り込んで車体左側のスライドドアを完全に開け放つ――目の前でドアが開け放たれても飼い主の命令に従ってそのまま動かない犬たちを見遣って小さく笑い、
「もういいぞ」 そう声をかけて、アルカードは助手席の後ろあたりの床の上に放り出してあったハーネスとリードを取り上げた。手前にいたソバの体にハーネスをつけてやり、背中のD環にリードのナス環を取りつける。
 手を差し出した凛にソバの綱を手渡して、アルカードはウドンの体を引き寄せた。その横をすり抜ける様にして、蘭が広い開口部から外に出る。それに続いてフィオレンティーナが外に出ようと席を立ったとき、テンプラがアルカードが伸ばした手から逃れる様にしてこちらに駆けてきた。
「あ」 シートに腰を下ろす様にかがみこんで足首にしがみついたテンプラの体を抱き上げ、飼い主のほうに視線を向ける――アルカードは適当に肩をすくめてフィオレンティーナにテンプラ用のリードを差し出すと、条件反射で受け取ったフィオレンティーナにテンプラを任せることにしたのか足元のウドンのリードをかたわらの蘭に手渡した。
 アルカードはハーネスを渡してはこなかったのでリードのナス環をそのまま首輪のD環に取りつけ、じゃれついてくるテンプラを促して車外に出る。
 フロアの地上高が高いために自力では降りられないらしいテンプラの体を抱き上げて、地面に降ろしてやる――さほど広くない駐車場はすでに満車になっていて、少し離れたところから繁華街の喧騒が聞こえてきていた。
「こんな離島でも、車ってあるんですね」 フィオレンティーナの感想に、
「そりゃあまあ、いくら離島だっていっても、自転車や歩きだけで生活は成り立たないからな――車も漁船もある。ただこの駐車場に止まってるのは、島の外から持ち込まれた車ばかりだよ」 手近に止めてあった古い三菱のジープのナンバープレートに視線を向けて、アルカードがそう答えてくる。彼は車内に置いてあったお土産の紙袋数袋を足元に置いて、コミューターのスライドドアを閉めてロックをかけた。
 彼の視線を追ってみると、ナンバープレートの管轄地域を表す漢字――最近大阪とか東京とかの割と簡単な漢字なら、なんとか読める様になってきたが――がみんなバラバラなのがわかった。大部分はやっぱり読めないのだが、図形として形が異なるから違う字であることだけはわかる。
 要するに、海水浴場などに近い宿泊施設を利用した観光客がここまで移動してきたときに、使うためのものなのだろう――無料バスもあるという様なことを言っていたが、それを利用する人ばかりというわけでもあるまい。それにいろいろ買い込んだら、自家用車のほうが持ち帰るのが楽だ。
「こんな離島だと、車が故障したらどうするんでしょう?」 リディアの口にした疑問に、アルカードがそちらに視線を向けた。
「一応スズキの個人販売の店があって、そこの寡占状態になってるな――だからこの島で走ってる車は、外部から持ち込まれたもの以外は九割がたスズキ車だ」 燃料の販売も、その店がやってる――アルカードがそんなふうに言葉を続ける。
「カセン――独占状態ってことですか」 パオラの質問に、金髪の吸血鬼は足元に寄ってきたソバの頭を撫でてやりながら、
「独占状態って言うほどの利益は出てないんじゃないかな――たしかにほかに選択肢が無いから独占といえば独占だが、まあどこぞのOS企業ほどの独占じゃない」
 彼はそう言ってからちょっと考えて、
「七年前くらい前にはダイハツの個人店もあったんだけどな――跡取りがいなくて潰れたらしい」
 そう続けてから、立ち上がる――アルカードはそれで話を元に戻すことにしたのか、
「この通りは観光業主体の繁華街でな――町の南側は別な集落とかから来てる人たちが多い。北側にある建物は工房や蔵が住居を兼ねてて、酒蔵とか豆腐屋とかの専門の職人が多い――親族経営が多いから、従業員の大半はもともとそこに住んでる。だから町の南側と北側で、見るものがまったく違う。南側は土産物屋とかの商店と喫茶店やらなんやらが主体だが、北側は硝子細工や竹の工芸品なんかの職人の工房アトリエや特産の豆腐や海産物の加工場、酒蔵や茶葉の生産業が多い」 そんな説明を口にして、彼は地面に置いた紙袋を持ち上げた。袋が五袋あるので、両手が完全にふさがる格好になる――だから彼女たちに犬のリードを預けたのだろう。
「茶葉の生産、ですか?」 アルカードはフィオレンティーナの質問にこくりとうなずいて、
「あの旅館からだと見えないんだけどな、山の中腹に茶葉の畑があるんだよ――摘んできた葉っぱを乾燥させたものを、そこで袋詰めにしてるのさ」
 で、直接発送したり南側の店で売ったりしてる――アルカードはそう続けてから、俺たちが行くのは北側だ、と締め括った。
「ま、少なくとも最初はね」 そう言ってから車から降りてきた面々を見回して、先導する様に歩き出す。
「この仔たちを連れてってもいいんですか?」
「いいんじゃないか、別に」 足元の犬たちに視線を向けて口にしたリディアの言葉に、アルカードが適当にそう返事をする。
「まあ少なくとも、追い返されたりはしないだろう」 肩越しに振り返って薄く笑い、アルカードが凛と蘭を促して歩き出す。
 アルカードのあとについて歩きながら、犬たちが飼い主の足元にじゃれついている――歩きにくそうにしながら、吸血鬼はそれでも笑っていた。
 石畳で舗装された幅の広い道路は中央分離帯の様に柵で左右に区画され、柵の左右に背中合わせに椅子が置いてあって休める様にもなっている。柵の切れ目にはところどころ街路の雰囲気を壊さない外観にあつらえられたLEDの街燈が設置され、近くには街並みに合わせた外観の交番もあった。中央分離帯で左右に区画されてはいるものの自動車が通ることは想定されていないのか特に往路と復路の区別は無く、さらに歩道と車道の区別も無いのか、観光客が道いっぱいを使って歩いている。
「車は通らないんですか?」 向かい側から歩いてきた初老のスラヴ系の男女に道を譲る様に一歩左にずれながらそう尋ねると、
「一般人が通る様な時間はな――主な使い道は商品の搬入だから」 リディアの質問にそう返事をしてから、アルカードは先程通り過ぎた交番を肩越しに親指で指し示し、
「あの交番のパトカーが、この道路に常駐してる唯一の車だな――言うまでもなく、この通りに入ってくることはまず無い」 歩いたほうが早い、アルカードはそう続けて、ぱたんと腕を下ろした。
「なんだか工芸品より、食べ物とかのお店が多いですね」 両脇に並ぶ店先をちらちらと見ながら、パオラがそんな感想を口にする。たしかに竹や木の工芸品、硝子等の工芸細工も見受けられるが、もっぱら海産物や肉を加工した食品の販売が多い。
「特産が海産物の加工品と牛肉とお茶と酒だからだなあ――あとは豆腐とか」
「トウフ? ああ、教会での食事に時々出てきた、大豆で出来た白いあれですか」 フィオレンティーナの言葉に、アルカードが肩越しにこちらを振り返ってうなずいてみせる。
「そう、それだ――ほら、そこにもある」 アルカードが歩きながら、通りを左右に区画する柵越しに向かい側の店のひとつを指差してみせる。彼の視線を追うと、ちょうど視線の先に加工食品を扱う土産物屋があった。
 廂の下に陳列された冷蔵ケースの上に置かれた商品の説明板――POPというらしいが――に、輪切りにされた青竹の写真が印刷されている。竹はいずれも直径より少し高い程度の高さで輪切りにされて、いずれも下のほうに節が残っている。
 これがタケトリ物語なら指先くらいの女の子が入っているところだが、竹には白い固形物が充填されていた――察するにあの輪切りにされた竹は、節を抜かずに残して充填された内容物の容器の底として利用しているらしい。
 筆で書いた様な字体ではあるが、文字自体は単純なのでフィオレンティーナにもなんとか商品名は読み取れた――名物・青竹とうふ。全国発送いたします。
「あれなんかがそうだ――この島にある製造元から出荷されて、政治家が使う様な料亭に納められてる品物だ」
「それ、かなりの高級品なんじゃ」
「ああ、スーパーとかには売ってないやつだね――東京のデパートでも手に入らない。昔と違ってネット通販が普及して、かなり販路が拡大したそうだけど」 なにやら内情を知っているのか、アルカードがそんな言葉を口にする。
「この島で作ってるんですか」
「ああ、北側の加工場から運んできてるんだ」
「……なんだか、ずいぶんと事情に詳しいんですね」
「まあね――そこらへんも含めて、あと十分くらいでわかるよ」 そんな会話をしながら歩いていくと、やがて街並みがちょっと変わっていった。明らかに観光客向けの、工芸品や加工食品、酒などの土産物を商う店屋ばかりだったのが、商品を店先に並べた店舗が減ってきて、代わりに職人の工房の様な店が増えてきたのだ。
 やつしろがらす工芸と屋号を掲げた工房は軒先が硝子張りになっていて、その向こう側で高速回転する砥石に職人が硝子のコップを当てている。開け放たれた店内を覗くと、コップやグラスだけでなく様々な硝子製の工芸品が陳列されていた。
 これがいわゆる、アルカードの言う北側なのだろう――吸血鬼についてしばらく歩いていると、やがて彼はかなり年季の入った店の前で足を止めた。
 隣には羽場酒造という、こちらもかなり年季の入っていそうな建物がある。羽場という漢字は字自体はわかるものの、日本語の特殊な読みはわからない。酒造のほうは、きっとそのままだ――酒を造る、察するに酒蔵か。離島の事情ゆえなのかよその会社の品物も販売しているらしく、キリンやアサヒなどビール会社の看板が出ていた。
 視線を戻して、目的の建物を見上げる。
 杉の看板に記された屋号は五文字で、残念ながらフィオレンティーナは屋号の漢字をすべて読むことが出来ない――神城豆…店。豆と店の間の一文字の漢字が、フィオレンティーナには勉強不足でまだわからない。
 神城というのは名字だろうか――神の城、読みはわからない。
 神城……楽園イェルサレム
 頭に疑問符を浮かべるフィオレンティーナを尻目に、金髪の吸血鬼がたまたま店の外に出てきた従業員のひとりに気楽に声をかける――顔見知り、というか親しい知人に対する様に親しげに挨拶を交わしてから、アルカードは子供たちのほうを振り返り、
「先に入っててくれる?」
「うん」 凛と蘭が手にしたリードをアルカードに渡し、従業員に声をかけてから勝手知ったる様子で店の中に入っていく。アルカードはフィオレンティーナに預けたままだったテンプラのリードを受け取ると、少女たちに中に入る様に促してから、どこかに犬をつないでくるつもりなのか店の建物を廻り込む様にして歩いていった。
「お姉ちゃんたち、暑いし早く入ろうよ」 店の中に数歩足を踏み入れたところで振り返った凛に声を掛けられて、フィオレンティーナはパオラとリディアに続いて店の中に足を踏み入れた。

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