徒然なるままに修羅の旅路

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Vampire and Exorcist 2

2014年09月23日 21時37分06秒 | Nosferatu Blood
「まあ、自分の故郷の歴史だからね――俺の家はヴラド三世の直系だし」
「ヴラド――じゃあ、ドラキュラ公爵の子孫なんですか?」
 驚いた様に声をあげる小梅に、彼は笑ってうなずいた。
「そう。ヴラドの隠し子の子孫らしい」
「じゃあ、去年ニュースでやってた、ドラキュラ城を返還されたっていう王族の人の親戚ですか?」 という咲子の発言には、彼女も覚えがある。
 二〇〇六年五月二十六日、ルーマニアを統治していたハブスブルグ家の末裔だというニューヨーク在住の建築家の男性が、母親の代に共産党政権によって没収されていたドラキュラ城のモデルだという城の返還式典に出席したというニュースが流れていた――咲子が言っているのは、おそらくそれのことだろう。
「ああ、ブラン城のこと?」 そう聞き返してから、アルカードはかぶりを振った。
「ドラキュラ公の統治は十五世紀、一四〇〇年代後半の話だよ。彼の先祖のハブスブルグ家のルーマニア統治は十七世紀に入ってからだし、俺とは血縁自体無いだろうね。そもそも血統が別だから――そうだな、日本の皇室と琉球王家くらい違う。まったく別物だ」 そう言ってから、アルカードはちょっと考えて先を続けた。
「ただ、ドラキュラ公爵家、ドラクレシュティ家の家系そのものは現在でも存続してるはずだよ――ドイツの東部に、ドラキュラ公爵の家系の子孫だという男性が住んでる。彼自身は養子だから、ドラキュラ公との直接の血縁は無いけどね――家系は存続するけど、血統はすでに断絶してることになるね」
「じゃあ、存続してるのはアルカードさんの家だけですか」
「さあ――家名はともかく、血統はそれなりに存続してるんじゃないかな? ただ、俺の家に関しては『らしい』ってだけで証拠はなにも無いからね」
 梨葉の質問にそう答えてから、アルカードはちょっと意地悪く笑った。
「つまり俺も吸血鬼ドラキュラだよ、お嬢さんがた――夜道には気をつけなよ? 暗い夜道でひとり歩きなんかしてると、俺が後ろから首筋に噛みついちゃうかも」 カップルが席を立ったのに気づいたからだろう、きゃー、と楽しそうに悲鳴をあげる女子大生たちに手を振って、レジ台のほうへと歩いていく。
 カップルが席を立ったのを確認して、彼女は用意しておいたテーブルクロスを取り上げた。
 ふたりと入れ替わりにテーブルに近づき、ティーカップとパパナシのお皿を片づけ、テーブルクロスを洗いたてのものに取り替えながら、彼女は胸の中の空気を全部吐き出さんばかりの深い深い深い深い深い、深ぁい溜め息をついた――どうしてこんなことになっているのだろうか?
 
   *
 
 気圧の変化で鼓膜が痛くなる――毎度毎度のことなのだが、いまだに飛行機は好きになれない。やはり、無理矢理にでも船便にしてもらえる様に上層部に捻じ込むべきだったかもしれない――胸中でだけそうつぶやいて、フィオレンティーナ・ピッコロは気圧の変化を閉めだそうとするかの様にiPodのイヤホンを耳の奥にぐいぐい押し込んだ。
 もっとも、それでどうなるというものでもないのだろうが。オーディオテクニカのオープンエアのイヤホンを耳に押し込んだところで、事態が解決するというわけでもない。
 たまたまスチュワーデスが持ってきた飴玉をもらって口に放り込み、フィオレンティーナはそれが少しでもこの痛みをましにしてくれることを祈って舌で転がした。
 残念なことにあまり収まらない鼓膜の痛みに軽く首を振って、フィオレンティーナは少しでも楽しいことを考えて痛みを紛らわせようとした。
 一年前、リッチー・ブラックモアと友人ふたりと四人で香港に向かったときも飛行機だったが――あのときもたしか、飴玉を嘗めてもあまり改善しなかった記憶がある。体質によるのだろうか。
 窓際の席だったので、メレンゲ菓子の様な真っ白な雲がよく見える――上には輝く太陽、眼下には間近に広がる大きな白い雲。この光景だけは好きだ。こうやってはるかに遠い雲や海、陸地を見下ろしていると、ライト兄弟が飛行機を作ろうとした理由がわかる様な気がした。きっと彼らは鳥に憧れたのだろう。 
 ハネダ空港に到着するまでにはまだだいぶ間がある。経由は台湾だったか――まだ三時間はかかるはずだ。フィオレンティーナは胸中でつぶやいて、ようやく少しは収まり始めた鼓膜の痛みに安堵しながらシートのヘッドレストに頭を預けた。
 ずっと眠れないままだったが、ヴァチカンはようやく夜が明けようという時間帯だ。急に襲ってきた睡魔に抗うことはせずに、フィオレンティーナは目を閉じて、そのまま意識を闇へと沈めていった。
 
   *
 
「フィオちゃんお疲れ様――しばらく休憩してていいわよ」
 おばあさんのここ数日の間にすっかり見慣れた優しそうな笑顔に、フィオレンティーナは肩の力を抜いた――女子大生四人が午後の講義に参加するために店を出て、ようやく店が無人になる。
 フィオレンティーナが店の中を見回すと、アルカードは女の子四人の食器をまとめて戻ってきたところだった。
「アルちゃんもお疲れ様――しばらく休憩して頂戴」
 お婆さんがしわくちゃの笑顔を青年に向ける――アルカードは食器を厨房の流し台に置いてから、おばあさんに向かって軽くうなずいた。
「はい。じゃああとはお願いします」
 そう言ってから、アルカードがフィオレンティーナに視線を向ける――その視線に促され、フィオレンティーナは彼に続いて店の奥へと歩き出した。
 はああ、と大きな溜め息をつくと、まるきり無警戒な背中を見せていたアルカードが歩きながら肩越しに振り返った。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
 その言葉に初日の頭痛がぶり返すのを感じながら、フィオレンティーナは恨めしげな視線をアルカードに向けた。
「別に体調は悪くありません」
「そうか。体に問題が無いとしても、精神衛生にもそれなりに気を使うべきだと思うが」
 誰のせいだと思ってるんですか――胸中でつぶやいて、フィオレンティーナは深々と溜め息をついた。
「わたしの頭痛の原因は貴方です、吸血鬼アルカード――どこの世界に真っ昼間からウェイターの仕事をする吸血鬼がいるんですか」
「ここにいるじゃないか」 アルカードの返答は、あっさりしたものだった――彼は適当に肩をすくめ、そこで言語を日本語からイタリア語に切り替えた。イタリア語なら、この店を経営する老夫婦はまったく理解出来ない。
「あと、それを言うなら一般人にも聞こえる様な声で吸血鬼吸血鬼と連呼するのもどうかと思うよ」
 その言葉に、フィオレンティーナはアルカードの鼻先に指を突きつけた。
「いいですか、わたしは貴方を殺しに来たんですよ――そのわたしが、どうしてこんなフリフリヒラヒラの服着てウェイトレスを……どこの世界にウェイトレスをする聖堂騎士がいるんですか」
「ここにいるじゃないか」 先ほどとまったく変わらない口調で、アルカードはそう答えてきた。
「それに、君は別に俺個人を殺しに来たわけじゃないだろう? 君の標的は吸血鬼そのものであって、俺じゃない――違うか、聖堂騎士?」
 フィオレンティーナが自分を殺しに来たのだと告げても、毛ほどの動揺も見えない――戦いとは彼にとっては日常なのだろう、吸血鬼となった数世紀前から今日までの間、ずっと。
 アルカード・ドラゴスは人間ではない。
 彼は吸血鬼ヴァンパイアだ――数百年もの年月を経て生きる、強大な吸血鬼。
 数多の吸血鬼ヴァンパイアを狩り尽くし、数世紀に渡ってその存在を抹消せんと襲いくる聖堂騎士たちをことごとく返り討ちにしてきた、最強の力を誇る不死者たちの天敵。
聖堂騎士わたしを匿うなんて――どういうつもりなんですか、貴方は?」
「その『匿う』っていうのはどこにかかってるんだ――俺が君を自分の部屋に連れてって怪我の手当てをしたことか? それともこないだ君を『喰おう』としてた吸血鬼と殺りあったことか?」
 その言葉に、フィオレンティーナは自分の首筋に手を当てた――いまだ残っている、吸血鬼に噛みつかれた首筋。
 この店に来てからウェイトレスの制服に合わせた幅の広いチョーカーのお蔭でごまかせているが、首筋にはいまだ消えない吸血痕が残っている。
「ここらへんの管轄は――どこの教会だったっけか? 忘れたが。まあどこでもかまわないんだけどさ、首筋に吸血痕がついたままの君を連れて行ったら最後、問答無用で殺されかねないぞ」 そう言って、アルカードは肩越しにフィオレンティーナを振り返った。
「それに――君に飲ませた俺の血は体内に入り込んだ吸血鬼の因子の作用を抑える働きをするが、俺の近くにいないと魔力の共鳴が起こりにくいから効果が無い――早いとこ吸血鬼化を止めて人間に戻りたいなら、しばらくはこの近辺にいないといけないぜ」
 ぐ……とフィオレンティーナは小さくうめいた。
「屈辱です。吸血鬼ヴァンパイアがもっとも弱体化している昼間に仕留められなかったばかりか、よりによってこんなお気楽極楽吸血鬼に助けられるなんて」
「えらい言われ様だな、おい」 不満そうな表情で、アルカードがそう言ってくる。
「だいたい、なんだって吸血鬼ヴァンパイアがウェイターのアルバイトなんてしてるんですか」
「バイトじゃなくて正社員だぞ。世の中ってのは世知辛いからな、無一文じゃやってけないんだよ」 妙に俗世臭いことを言いながら、アルカードは肩をすくめた。事務室の扉を開けて中に入り、冷蔵庫のポケットにいくつか並べてあった缶コーヒーを一本取り出す。彼はコーヒーの封を切りながら窓際に移動して、差し込んでくる昼間の光に目を細めた。
 その光景に、フィオレンティーナは本日何度目になるかわからない溜め息をついた――みんなブラム・ストーカーに騙されている。
 数日前の出来事を思い出して、フィオレンティーナは今度こそ本当に頭をかかえた。

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