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「――あんだって?」
先ほどからがぶ飲みしている蒸留酒のせいで顔を真っ赤にした水夫仲間が、呂律の廻らない口調でそう尋ね返している――上陸した船乗りたちを相手にするために港の近くに用意された酒場兼宿屋の一階、それまで喧騒に包まれていた酒場は、テーブルのかたわらに立っているその男の言葉を契機に凍りついたかの様な静寂に包まれていた。
胸と腰だけを隠した煽情的な衣装を身に着けた踊り娘 . . . 本文を読む
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机の上に置きっぱなしにしていたドコモの携帯電話が、着信音とともに振動してガタガタと音を立てる。普段から冠婚葬祭のときに使っている黒いスーツ――パンフレットに紹介されていた授業風景の写真の中で、男性教諭がスーツ姿だったので用意したものだ――を壁のハンガーかけに引っかけたところで手を止めて、アルカードは机の上から携帯電話を取り上げた。
発信は神田になっていた――着信音は聖堂騎士団 . . . 本文を読む
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甲冑の摩擦音とともに、数十体の鎧がこちらに向かって歩き出す。
「面倒だな」
楽しげに笑いながら、バーンズが彼の霊体武装を稼働させた――それまではただの戦鎚でしかなかった大地を砕く雷神の鎚《ミョルニル》が、バーンズの魔力を受けて起動し、蒼白い電光を帯びる。
「表情と科白が合ってないですよ」 そう返事をしながら、リーラが手にした日本刀の鞘を払った――太刀拵の日本刀の刃に浮いた刃紋 . . . 本文を読む
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「それでは、どうもおつきあいいただいてありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
折り目正しくお辞儀をする薫に会釈を返し、アルカードは薫が教師寮の三階に続く階段を昇っていくのを見送った――さて、自分も部屋に戻ろうか、それとも食堂のおばちゃんの愛犬マトリョーシカに挨拶でもしに行こうかとちょっと迷ってから、結局部屋に戻ることに決める。
踵を返したとき、ちょうどアルカードに与え . . . 本文を読む
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岩盤を丸く刳り抜かれて作られた通路は、階段を半ばまで登った時点で進めなくなった――通路を出てすぐのところで爆発が起こったからだろう、熱波が穴の中にも逆流したために通路の出口附近は一度熔けて固まっている。
だがしかし完全に冷えきったわけではないからだろう、地面は刀鍛冶が火に入れて赤熱した鋼材の様にオレンジ色に輝いており、周囲の地面から立ち上る陽炎がまだ地面がかなりの高温を保って . . . 本文を読む
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白星学園の食堂は、かなり大規模な硝子張りの建物だった――移動の手間を少なくするためだろう、校舎と寮の建造物に附随する形で建てられており、小中高等部それぞれひとつずつ食堂があることになる。
それがいいことなのか悪いことなのか、アルカードには判断がつかなかった――食堂は校舎と寮両方に渡り廊下でつながっているから、雨に濡れる事無く移動することが出来る。
これが各校舎からひとつの食 . . . 本文を読む
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頭上から降り注ぐ如雨露で撒いた様な大粒の雨滴が暴風に乗って横殴りに吹きつけ、ばたばたと音を立てて砕けてゆく――まだ風雨に晒されてから数分と経ってはいないというのに、先ほどまでの戦闘で獣脂を擦り込んで防水性を持たせた外套を失ったこの身はすでに濡れ鼠。金属で作られた重装甲冑の装甲板の表面を雨滴が伝い落ち、その下に着込んだ鎧下もぐっしょりと水が染みている。
周囲に発生した濃霧の様に . . . 本文を読む
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壁際にいくつかかけられた照明用のランプの周りで、その光に惹かれた蛾が飛び回っている――それをなんとはなしに眺めながら、御者、もとい牧場主は小さく息を吐いた。
姪は牧場主を病院で降ろして診察のための手続きをしてから、あの金髪の若者とともに荷物の納品に回っている――荷馬車は空荷であれば牽くのにたいした力はいらないのだが、今は荷物が満載になっているのでそうもいかない。
あの金髪の . . . 本文を読む
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白星学園高等部の教師寮は校舎、学生寮とそれぞれ渡り廊下でつながっている――教師寮と学生寮の間も渡り廊下で行き来することが出来るあたり、きっと課外に生徒が教師のところに質問しに行くことが多いのだろう。あるいは、教師が生徒の生活に干渉することが多いのかもしれない。
そんなことを考えながら、アルカードは鳥柴薫に続いて学生寮に入るための渡り廊下に入った。
先ほどフィットを止めておい . . . 本文を読む
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「――事情説明はこんなところかな、なにか質問は?」 アンソニー・ベルルスコーニの言葉に、ライル・エルウッドはかぶりを振った。
「無いな。まさか『アルマゲスト』の連中がこんなところに隠れひそんでいようとは思わなかったが」
まあな、と肩をすくめて、ベルルスコーニが鬱蒼とした森を見回す。野生の狼でも尻込みしそうなほどにあからさまな邪気の漂う獣道を平然と進みながら、彼は溜め息をついた。 . . . 本文を読む
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「……ん……」
ガラガラという振動に、ややあって目を醒ます――牛飼いの少女が身を起こしたのは、見慣れた馬車の幌の中だった。すでに外は雨が降っているらしく、幌を雨滴が叩くばたばたという音が聞こえている。
「……あれ?」
どうしてこんなところで寝ているのだろう。確かリスボンの港町へ、船乗りや酒場、宿屋などに納品する乳製品の配達に出かけている最中だったはずだ。そのときに――
「―― . . . 本文を読む
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「でもまあ、結果的に助かることはあるかもしれませんね」
そう続けると、鳥柴鏡花はひそめていた眉を少しだけ開いた。
「それで、貴方はこれからどうなさるおつもりですか?」
「当面は調査ですね――いくつか用意していただきたいものがありまして」
鳥柴がその言葉に席を立ち、紫檀のデスクの上に置いてあったメモ帳とボールペンを手に戻ってきた。uniの加圧ボールペン。
「どうぞ」
「ここ最近 . . . 本文を読む
2
私立白星学園は千歳市のほか北海道に五ヶ所の姉妹校を持つ、ミッション系の学校だ。
小中高等部は全寮制を取っており、生徒のほか一部の教師も生徒の監督を兼ねて寮で暮らしている――彼女もそのひとりだった。
とりあえず街中で動けなくなる危機を脱した愛車の日産ノートを駐車場に止めて、車から降りる。
ゲオの駐車場で流暢な日本語を話す外国人の青年に薦められたとおり、豊里のほうにあるカー用 . . . 本文を読む
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北海道千歳市には、JR千歳線と呼ばれるJRの路線が走っている。新千歳空港から千歳、恵庭、北広島を経て札幌までを接続する路線だ。
千歳の駅舎は南西側のタクシー乗り場と郵便局、ペウレという商業複合施設が集中している。布地屋や衣料品、ユニクロの様な低価格衣料品店、キャンドゥといったか、百円ショップに小さなゲームセンター、蕎麦屋にバーミヤンとかいう中華料理ファミレスのチェーンも入って . . . 本文を読む
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まだ昼間だというのに、空は暗い――緞帳の様に空を覆い尽くした黒雲が一瞬だけ青白く照らし出され、グァラグァラという遠来の轟音が聞こえてきた。
その雷鳴に、馬車の御者席で隣に腰を下ろした姪がビクリと体を震わせる――雷雨の夜に忍んで村を襲った盗賊に両親を殺された経験を持つ姪は、雷がどうにも苦手らしい。
まあ無理もないが――御者としても、それを無理に改善させようという気にはならない . . . 本文を読む