【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》

古都、薬を売る老翁(壷公)がいた。翁は日暮に壺の中に躍り入る。壺の中は天地、日月があり、宮殿・楼閣は荘厳であった・・・・

現代の探検家《田邊優貴子》 =101=

2017-05-03 16:53:05 | 浪漫紀行・漫遊之譜

○◎ Great and Grand Japanese_Explorer  ◎○

○ 北極・南極、アァー 素敵な地球のはて =田邊優貴子= ○

= WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社 より転載 =

◇◆ 人間の時間と地球の時間-最終章- = 2/3= ◇◆

 コケの岬で試料の採集をし終えてから、わたしたちはベースキャンプに向けて戻り出した。 往路とは違う、氷河沿いのルートを通ることにした。 比較的平坦な砂地がメインだった往路とはまったく異なり、一枚岩でできたいくつもの小さな山を越えるルートだ。 アップダウンはあるが、ベースキャンプまでは往路とほぼ同じ2時間ほどで到着する。

 いくつの山を越えただろう。ちょうど進行方向、南東の空から低くなった太陽が真っ直ぐに差し込んでくる。 サングラスをしていても目が眩みそうだ。 左手には大陸からつながる氷河の末端が迫り、背後を顧みると、さっきまでいた岬の向こうにそびえ立つダイナミックな氷河がまだ見えている。

 越えてきた山々はどこもかしこも、ヤスリをかけたように滑らかな一枚岩でできており、よく見ると、地面には “氷河擦痕”が無数にあった。何万年、何百万年と、氷河期と温暖期が訪れるたびに、氷河が前進と後退を繰り返してできた地球の傷跡。 まだ風化が進んでいない滑らかな岩肌は、つい最近までここが氷河で覆われていたことを物語っている。 こんなにも硬い岩を削るほどの氷河の凄まじい力、そして、この傷跡をつくり出した気の遠くなるような時間の流れをわたしは感じていた。

 徐々に高度が低くなる太陽光線が、すべてのものに深く陰影をつくり出した。 同時に、丸みを帯びツルンとした岩々の表面が反射し輝きはじめた。 世界が黄金色に煌めいていた。 まるでツルツルの赤ん坊の肌のようだった。

 その瞬間、わたしの内側で音もなく静かに、何かが爆発したような気がした。涙がこみ上げてきた。

 “あぁ、そうか……” わたしが今見ているのは、わたしが今この足で立っているのは、生まれたての地球の姿だった。

 数千年後、数万年後、もっともっと先、ここはどうなっているのだろう。緑に覆われているのだろうか。 つやつやと煌めく岩肌をしっかりと踏みしめながら、ベースキャンプへと戻っていった。

 その夜、ピンク色とオレンジ色に染め上げられた空と氷河を見ながら、みなで地面にすわって外で夕食をとった。 眠りにつく直前、テントの入り口を開け、暗がりの中で目の前に迫る氷河をしばらく眺めた。 ぼんやりとした空が幻想的な夜だった。

 翌日、きざはし浜に帰ることになった。 当初2泊3日の予定だったが、“天候が急変しそうなので、撤収するように“という連絡が昭和基地から朝の時点で入ってきたのだ。 空は時折青い部分が見えるが、ほとんどが雲で覆われ、雪がちらつき出しそうだった。なんとか天候は持ちこたえ、昼過ぎにやって来たAussie−1に乗り込み、わたしたちは無事にきざはし浜に帰った。

 雪が降り出したのはその翌朝からだった。

 スカーレンからきざはし浜に戻り3日経った、2010年2月4日。 とうとう、きざはし浜最後の夜だった。

 その日、1か月前に持ってきた物資を全員でパッキングし直し、小屋の中を片づけ、なんとか撤収の準備を終えた。もういつでも帰ることができる状態になると、なんだか急にさびしい気持ちになってきた。 この夏、やれることはすべてやったのだが、そうは言ってもやはり南極を離れるときはいつも名残惜しくなる。 撤収のために食糧もほとんどパッキングしてしまったので、その夜はレトルトカレーやレトルトビーフシチューなど、それぞれ思い思いのレトルト食品を夕食にした。

 夕食後、小屋の中に置いてある宿帳に、 ──次にここへ戻って来るのはいつだろう。 数年後、戻って来ることを願って。 

 それではまた。 と書き残した。 ふと、窓から外をのぞくと、シェッゲが赤く染まっていた。

 慌ててダウンを羽織って外に出ると、ほのかに風が吹いていた。 わたしは海岸に立って、どんどん赤くなるシェッゲをただ黙って見ていた。 ふと、風がピタリと止まり、海が群青色の鏡になった。 そこにはもう一つのシェッゲがくっきりと写し出された。

最後の残照が一瞬、シェッゲを燃えるような赤に変えると、じわじわと夜の闇が押し寄せた。 シェッゲの背後から丸い月がゆっくりと姿を現し、地平線の近くだけに青い地球影が浮かび上がった。 同時に、急激に気温が低下し、海はまたたく間に凍りついていった。幻想的だった海の鏡は消えてしまった。

 閃光のような出来事だった。 今年、もし日照が少なければ、海岸沿いの海氷が融けることはなかっただろう。 ほんの数日前ならば、シェッゲはこんなにも赤く燃える色にはならなかっただろう。 もし風が止まなければ、もしほんの数分くらい海が凍るのが早ければ、海は鏡にならなかっただろう。

 来年だって、50年後だって、わたしが生きているあいだには、もうあんな光景に出会えることはないのかもしれない。 あの瞬間、すべての偶然が重なって、確かに、わたしはあの光景に出会った。

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

森のなかえ

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