偏平足

里山の石神・石仏探訪

石仏番外 真弓山(茨城)

2009年10月30日 | 登山

真弓山(まゆみやま) 猿(さる)

2216 【データ】真弓山 219メートル▼25000地図 日立太田▼最寄駅 JR常磐線・大甕駅▼登山口 茨城県常陸太田市亀作町▼石仏 亀作町からの西参道の途中

22182217 【独り言】獅子の狛犬は神社につきものですが、猿となるとめったに出会うことはありません。そのサルに真弓山で出会いました。亀作町からの西参道に立つこの猿は本物と間違うほどリアルな猿です。それも若々しい顔で両足を立てたポーズですから、今にも動き出しそうで2219 22191 す。獅子の狛犬にも玉をくわえたり逆立ちしたり動きのあるポーズの像はあります。しかしいくら頑張って逆立ちしても、次の動作は両足をそろえて座ってしまう姿しか見えてきません。それに比べ真弓山の猿は“清”のなかに“動”を兼ね備えた、いまにも飛び出しそうな感じです。残念なことは相棒の猿の上部が欠けていることです。阿吽を基本とする狛犬ですから相棒は阿形のはず。どのような表情だったのでしょうか。しかし、どうして狛犬が猿なのでしょうか。ここで出てくるのが天台宗です。

 志田諄一著『常陸五山の山岳信仰』(1988年、筑波書林)には、「平安時代にこの常陸地方に流入した天台宗は、花園山・竪破山・東金砂山・西金砂山・真弓山(常陸五山)に寺院を建立し、同時に比叡山に倣って日吉山王社も勧請した」とあります。日吉山王社の神使は「猿」ですから、これらの山に猿にかかわる伝承が残っているのもその関係からと指摘し、同書には常陸五山と猿の伝承が紹介されています。真弓山の猿も天台宗-日吉山王社-猿という流れがあって狛犬となって建立されたのでしょう。

 山麓で出会った老婦人の話では、かつて真弓山は日立や高萩など漁師の信仰が厚く参拝者でにぎわったそうです。猿の台座には「小名浜町 観音丸」と刻まれていました。真弓山の信仰は福島のいわき地方まで広まっていたようです。

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