【最終校】

私の余命を心配しての編集の人たちが行程を早めてくれ、8月のお盆前に出版がきまりました。それは私への要求も早まることになり、内容も厳しいもので資料や引用した本に当たることが多く、書庫にいる時間が多くなりました。本探しはカミさんに頼みましたがこちらの体力が持たず、休みながらの作業です。
こうして7月中旬に最終校のチェック、その後のメールによる疑問点のやり取りもすませ、なんとか出版に漕ぎ着けそうです。その様ななか、WFのルータが壊れ、ネットがつながらない状態になってしました。復旧まで数日。私の命より我が家の通信手段が尽きてしまったことは、何とも皮肉なこと。もう少し頑張ります。
※PCに残っていた原稿です。






































(地図は国土地理院ホームページより)













鎌倉時代に鎌倉街道の裏街道が通っていたという秋山。集落ごとに寺社がありますが、なかでも寺下の吉祥寺は真言宗の古刹で、山間部にしては大きな構えのお寺です。
女将さんにお茶の接待を受けながら石仏の話をしていると、本堂に中世の地蔵石仏があるというので拝見させていただきました。
地蔵は須弥壇裏に隠れるように置かれていました。大事に扱われているのは、この地蔵が中世に造られた貴重な石仏だからで、秋山の石仏を紹介した『ふれあい 村の晨光』(注1)では南北朝時代のものと案内されていました。地蔵には年号があるはずと寺の女将さんに聞いたので、懐中電灯を借りて探してみましたが、それはありませんでした。
境内には新しい十王像が並び、その前に古い十王に一部と奪衣婆もありました。



部屋の壁には、20から30代に使用した登攀道具やスキーを飾って、過ぎし日の思いに入れるようにしました。私の趣味は焚火。仕事の合間にこの風景と壁を見ながら、囲炉裏の薪をかき回してのんびり過ごした日もありました。しかし定年しても雑用で忙しすぎ、山小屋は思ったほど利用していません。

ところが、これから山小屋をもっと活用しなければと思った矢先のがんの告知でした。告知から約2年、いまでは歩くこともママなりません。

山小屋の環境はさておき、体調を考えるともう出かけることはできないので、山小屋は土地の所有者に預けることにしました。私の小さな夢をかなえてくれた土地の所有者と山小屋に感謝です。












