偏平足

里山の石神・石仏探訪

石仏公開講座2018

2018年07月27日 | 石仏

日本石仏協会・第40回石仏公開講座
■期日 8月25日(土)
■時間 午前9時45分~午後5時
    第1講  9:45~11:15
    第2講 11:30~13:00
    第3講 13:45~15:15
    第4講 15:30~17:00
■場所 大正大学大会議室
(地下鉄都営三田線・西巣鴨駅)
     ☎03-3918-7311
■参加費 3000円

■講座
第1講 「写真風土記・民俗」
     フォトマスターエキスパート・蔵地 心
第2講 「石仏の文化を次世代に伝えるには」
     種智院大学密教資料研究室研究員・内藤理恵子
第3講 「インドの石像の歴史」
     大正大学名誉教授・石上善應
第4講 「国東半島の石仏造像事情について」
     駒澤大学仏教学部教授・松村哲文

■書籍販売、写真コーナーもあります

    (写真と講座は関係ありません)

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石仏番外 ベトナム散歩⑧五行山 仏教の聖地

2018年06月15日 | 石仏


【独り言】 ダナンの郊外に、平地からニョキニョキ頭をもたげたような山が五行山です。五つのピークからなる山のうち、東側の二つのピークに登るコースが造られています。道のほとんどは階段ですが、洞穴や山頂の一部に岩場もあり、五行山という山の登山です。大理石の山で急な石段を登り下りしながら、山中の仏教寺院、仏を祀った洞窟などを巡ります。しかし訪れる人のほとんどは観光ですから軽装です。サンダルや裸足で登っている人もいました。

 仏像で目についたのが水瓶を持つ観音です。入口に並ぶ土産店や付近の石屋の石仏にもこの観音が多く、ダナンのソンチャ半島に造られた大きな観音は手のひらに水瓶をのせていました。
 五行山からは、動物の像を案内します。



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石仏番外 ベトナム散歩⑦ミーソン ヒンズーの神

2018年06月13日 | 石仏


【独り言】 ベトナム散歩⑥ミーソン レンガ
【独り言】 ミーソンの遺跡群は、チャム族のチャンパ王国が築いたヒンズーを祀る(主にシヴァ神の象徴であるリンガ)ための祠堂が中心です。これに祠堂を大きく囲む周壁とその入口の楼門からなり、周壁内部に副祠堂、清水庫、宝物庫などがついたものもあります。さらに楼門の前に長方形の建物があり、現在ここに祀堂にあった石造物が集められています。したがって祠堂内にはなにもありません。それに祠堂は窓がないので真っ暗です。同じような遺跡はベトナム中部に点在していますが、ミーソンがチャンパ王国の聖地でした。
 チャンパ王国は2世紀末に中国支配から独立したのが始まりで、ヒンズーの信仰は4世紀末に東南アジア全域がインド化したとき入ったようです。そのチャンパ王国は17世紀に滅び、チャム族も少数民族になってしまいました。
 以上、ダナンのチャム彫刻博物館で売っていたコピー本『海のシルクロード・チャンパ王国の遺跡と文化』(1994年、トヨタ財団)から案内しました(ベトナムではコピー本作りが盛んなようです)。レンガの遺跡ミーソンから、像容のある神々を写真で案内します。




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石仏番外 ベトナム散歩⑥ミーソン レンガ

2018年06月11日 | 石仏



【独り言】 ミーソンはベトナムの7~13世紀に、チャンパ王国の聖地として造られた遺跡です。ダナンから70キロ、タクシーで入りました。チケット売り場からさらに川にそって走るシャトルバスに乗ります。着いたところから山の中に点在する5カ所、8つの遺跡を巡るコースが整備されていますが、ちょっとしたハイキングです。 最初の遺跡は崩れたレンガのなかに原型がわずかに残るもので、石仏を期待していた私にはちょっと失望する遺跡でした。なんでもベトナム戦争時にここが基地として利用されたため、米軍の爆撃で破壊されたそうです。


 ミーソンの建物はすべてレンガ造りです。入口や角々に若干の石材を使っていますが、壁も屋根もレンガばかりです。レンガを積み重ねて壁を造り、レンガをせり出させて屋根を覆います。完成した後の壁面に神々の像を彫ったもの、レンガと同じ素材で造って焼成したヒンズーの神のマスクなどをはめ込んだものが多いものですから、風化もはげしく、直しようもないのが現状のようです。それでも少しずつ修復している様子でした。
 ベトナムの隣国・カンボジアのアンコールの修復を指導している上智大学の石澤良昭先生は、カンボジア人石工、保存官の養成から始めたと、先生の講演できいたことがありました。石澤先生はこのミーソン遺跡にも助言しているようですから、ベトナムの人たちによって立派に修復できると思います。
【独り言】 ベトナム散歩⑦ミーソン ヒンズーの神に続く

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石仏番外 ベトナム散歩⑤ホイアン 丸カゴ舟

2018年06月08日 | 石仏



【独り言】 ホイアンの郊外の入江で、〝一寸法師のふね〟と娘の家族が言っている船頭つきの丸いカゴの舟に乗りました。竹で編んで防水加工したカゴのような舟です。いまでもベトナムの沿岸で漁をしている舟で、リゾート開発が進んでいるダナンの海岸でも見かけました。ここホイアンでは観光用として急速に盛んになったと、婿さんが話していました。ボートも含めてこのような小さな舟は不安定なものですが、このカゴ舟は立っても安定していました。船頭は1.5メートルほどの櫂一本で舟を操作し、ニッパヤシが茂る入江を30分ぐらい案内します。船頭によっては舟をグルグル回して、客を喜ばせたりしていました。私たちの船頭は、ニッパヤシの葉っぱで虫や花を編み、指にはめてくれる優しいおばさんでした。


 ダナンの博物館では、この舟をトゥエントゥン、英語でRound coracle(円いかご舟)と案内していました。でも日本人には〝一寸法師のふね〟のほうがピッタリですね。

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石仏番外 ベトナム散歩④ホイアン ランタン

2018年06月06日 | 石仏



【独り言】 ランタンで賑わうホイアンの街をぶらぶらして、街中の食堂に入ったらユニークなデザインのランタンが下がっていました。モチーフは来遠橋(日本橋)だなとだれもが気付くデザインです。来遠橋はホイアンの街のシンボルで、16世紀に日本人が架けたともいわれている橋です。橋の入口には猿と犬の石像が狛犬のように祀られ、中央には船の安全を司る神が祀られています。
 娘がだいぶ前に買った昭文社の『ベトナム』(2001年版)には、「橋の両端を猿と犬の像が守る。これは橋が申年から戌年にかけて造られたからという」と案内されていました。昔の旅行案内書は街の歴史情報が満載で実によくできています。

 食事の跡は、舟に乗って川面から夜のランタンがあふれる街並みをながめました。明るいうちは気になっていたドブ臭さも、舟に乗るころには慣れてしまったのか気になりませんでした。

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石仏番外 ベトナム散歩③ホーチミン ティエン・ハウ寺

2018年06月01日 | 石仏



【独り言】 テェエン・ハウ寺はホーチミンでは古い寺で参拝者も多い寺だそうで、入口に線香を売る露店が並んでいました。古いといっても19世紀初頭の造立だそうですから、それほど歴史がある寺ではありません。この寺があるホーチミンの西部は華僑の人たちの街で、中国風のお寺が多いところですからテェエン・ハウ寺も中国、道教そのものです。ですからそれに慣れていない私などは、入口(前堂)屋根に並ぶ神々?の造形物には度肝を抜かれまし、本堂に祀られた派手に彩色された神々も、まぶしすぎて直視できない状態でした。


 狭い境内は参拝者でごったがえし、線香の煙でモンモンしている光景はエネルギッシュです。上から下がっているのは渦巻き線香で、係りの人が長い棒にひっかけて吊るしてくれます。煙がのぼる先の屋根(香堂)には、入口の屋根と同じようにさまざまな神仏が祀られていました。これは仙人が住むという鳳来山をイメージしたものなのでしょうか。
 そんなところは見向きもしない参拝の皆さんは、長い線香を持ち歩いては、前堂、香堂、神々が鎮座する本堂前の香炉に線香を手向けて、深々と拝礼してはお参りします。ですから、物見遊山で立ち寄った私などはウロウロするばかりでした。それでも線香を買って、皆さんを見習って要所に線香をあげてお祈りしました。ところが、香炉から溢れんばかりの線香をまとめて引き抜き、バケツの水で消して捨ててしまう爺さんがいて、私があげたばかりの線香もサッサと下げられてしまいました。

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石仏番外 ベトナム散歩②ホーチミン 店の祭壇

2018年05月30日 | 石仏



【独り言】 ベトナムの人たちは店にも神仏を祀ります。長方形の箱型の祭壇で、店先の地べたにドーンと祀ります。高級な装飾品を扱うお洒落な店でも、小さな店でも祀ります。「五方五土龍神」他の文字が目立ちます。商売繁盛の神なのでしょうか。祀られているのは布袋や観音が多いように見えますが、仏教や道教やいろいろな宗教が混じった神々がベトナムの宗教だそうですから、素人が神仏を特定するのは無理なようです。この神仏や祭壇を売る店もホーチミンの街には目につきました。もちろん祀っていない店もありました。しかし、高級な装飾品を扱う店には不釣り合いだな……は、信仰心のないゲスな私の独り言でした。

 一般の家庭では小型の祭壇を祀っているそうです。これは部屋の上の方に祀り、柳と宝瓶を持つ観音のような女神を祀っているのを見ました。
 帰ってから無理なことを少し調べてみました。地べたに祀られた祭壇の「五方五土龍神」ついて、窪徳忠氏は『道教の神々』という本で「床面に接しておくのは、土地龍神が土地の守り神のため」と書いています。また、家庭では玄関から居間・台所まであらゆる場所に神仏を祀る中国風の傾向は「東南アジア在住の華人の場合もまったく同じ」とありました。


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石仏番外 ベトナム散歩①ホーチミン 車の祭壇

2018年05月28日 | 石仏



【独り言】 ホーチミンで乗ったバスはどこまで乗っても5000ベトナムドン(25円)でした(ワンマンバスは6000ドン)。驚いたのは、運転席のフロントに祀られた神様とお備えの花や果物です。それは荒っぽい運転でも倒れないので固定してあるのでしょう。神様は布袋と観音のようでした。これはタクシーでも同じで、簡略してバックミラーから吊るしてあるだけの車もありました。ウーバー(スマホで呼び出す配車サービス)のタクシーにもだいぶ乗りましたが、ほとんどの車に祀られていました。個人の車でもそうでしたし、ダナンの街でもそうでしたから、ベトナムでは車に神を祀るのは当たり前のことなのでしょう。もちろん祀られていない車もありました。日本では車に正月飾りをしたことがありました。一昔いやもっともっと前のことで、いまは見かけなくなりました。ベトナムの車の祭壇も、一過性のもののような気もいたしますが……。


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石仏番外 ベトナム散歩・序

2018年05月25日 | 石仏

【独り言】娘とその家族が住むベトナムに出かけ、娘の案内でホーチミン市内、娘婿の案内でダナンを中心にホイアン、ミーソン、五行山などを見てきました。
ホーチミンの道路は、オートバイと車が洪水のように押し寄せ、クラクションの洪水でもありました。その喧騒はエネルギッシュで、発展のシンボルのようでした。歩道や路地裏もエネルギッシュで、この光景の主役は、商いをする人や食事をする人であり、ゴミや悪臭も脇役として欠かせないものでした。
 ダナン郊外のホイアンは古くからの港町で、江戸期の鎖国前に日本人が多数渡航した街だそうです。同じくミーソンはヒンズーの神々を祀った神殿です。いずれもベトナム中部を支配したチャムの人たちが築いたチャンパという国の中心地でした。五行山は仏教の聖地で、岩山の岩屋に多くの仏像が祀られていました。
 そこでしばらく山の石仏案内をお休みして、ホーチミンとダナンから目に止まった光景を下の順に写真で紹介いたします。


 ベトナム散歩①ホーチミン 車の祭壇

 ベトナム散歩②ホーチミン 店の祭壇

 ベトナム散歩③ホーチミン ティエン・ハウ寺院

 ベトナム散歩④ホイアン ランタン

 ベトナム散歩⑤ホイアン カゴ船

 ベトナム散歩⑥ミーソン レンガ

 ベトナム散歩⑦ミーソン ヒンズーの神

 ベトナム散歩⑧五行山 仏教の聖地

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偏平足の石仏談話室「大口真神とお犬様」

2018年05月23日 | 石仏

日本石仏協会・石仏談話室
■6月2日(土) 午後1時~5時
■東京池袋・東京芸術劇場(池袋西口)6F小会議室
■会費 1000円
当日は午後1時から中森勝之氏の「南九州の田の神像を訪ねる」
偏平足(田中英雄)の「大口真神とお犬様」は午後3時から



  

東京の奥多摩や埼玉の秩父には、山頂に犬の石像を狛犬のように祀る寺社が多くあります。お犬様とも呼ばれているこの石像、奥多摩では御岳山、秩父では三峰山が良く知られ、各地に勧請されてもいます。今回はこれらの山を中心に、お犬様が狛犬がわりに祀られた背景とその根源である大口真神について、奥多摩と秩父と静岡、東北の山から報告いたします。
主な項目は次のとおりです。

 奥多摩臼杵山・猫にされたお犬様
 奥武蔵笠山 ・石像になりそこねた猫
 奥多摩御岳山・大口真神を担ぎ出した人たち
       ・大口真神とは何者
 秩父三峰山 ・三峰山中興開山日光法印
       ・日光法印と隠居寺
       ・三峰山を勧請した山からの報告
 遠州のお犬様・遠州春埜山大光寺
 東北のお犬様・阿武隈虎捕山の山津見神社
       ・忠犬ハチ公と秋田の犬神

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2018年石仏写真展

2018年01月04日 | 石仏

日本石仏協会2018石仏写真展
■期日 1月16日(火)~21日(日)
■場所 日本カメラ財団JCIIクラブ25フォトサロン
    東京・千代田区一番町25
    JCIIビル地下1階
    ☎03-3261-0300
    半蔵門線半蔵門駅④出口徒歩1分
■時間 午前10時~午後5時



今回はいろいろなポーズの石仏4点を出展しました。
1 ヒップアップ中 東京都八王子市・八王子城跡の狛犬

2 修行中 福島県大玉村・大名倉山の文殊、普賢他

3 倒壊中 宮城県気仙沼市・田束山の不動

4 養生中 岩手県陸前高田市・箱根山の恵比須、大黒

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石仏公開講座2017

2017年07月29日 | 石仏

日本石仏協会・第39回石仏公開講座
■期日 8月26日(土)
■時間 午前9時45分~午後4時30分
■場所 大正大学大会議室
           (地下鉄都営三田線・西巣鴨駅)
     ☎03-3918-7311
■参加費 3000円

■講座
第1講 「板碑から知る中世-埼玉県の結集板碑を中心に-」
                 石仏協会常任理事・門間 勇
第2講 「石に刻まれた文字の楽しみ方-神仏に関わる漢字-」
      天台宗薬寿院八王子住職・大野邦弘
第3講 「真宗と石仏-聖徳太子南無仏と法蔵菩薩の造像の意図について-」          
      北陸石仏の会事務局長・尾田武雄
第4講 「アジア獅子像の展開-中国の石獅を中心に-」
      明治大学法学部教授・川野明正
■書籍販売、写真コーナーもあります


(写真は講座に関係ありません。岩手県陸残高田市の箱根山)

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石祠型墓石と祠内仏

2017年07月04日 | 石仏

新潟・松之山の石祠型墓石


 新潟県十日町市松之山の天水島の墓地で石祠型墓石に出会った。この20年、山の帰りに墓地に立ち寄って石型墓石を探してきた目には新たな発見だった。
 これまで関東甲信越から静岡、愛知の山間部で多くの石祠型墓石に出会った。新潟では湯沢町にあるのを確認しているが、今回の十日町市松之山での出会いは、想定外の地域だった。小型で銘などは確認できなかったが、これまで各地で見た石祠型墓石と同じ様式。この形の墓石の名称はまちまちで、石殿、石室、万年堂などと呼ばれている。このブログでは石祠型墓石として何度か案内してきた。その造立経過を時系列的に簡単に振り返ってみる。





 石祠型墓石はまず室町時代後期(1489~)に、上州の赤城山南麓領主の石造仏堂として登場する。これが戦国末期(1573~)に上州の地侍の墓石に変化して建てられるようになると、たちまち近隣の国衆や地侍の墓地にひろがってゆく。とくに甲斐の武田配下の国衆や地侍に広がったことがわかってきた。しかしそれは地方により濃淡があって、武田を信頼して強く結びついた地侍の土地ほど濃く、形だけの配下になった国衆や地侍の土地では薄い傾向がある。なにしろ調略、密約、裏切りに明け暮れた戦国期、この現象は武田との信頼度を計るバロメータにもなる石祠型墓石と考えている。造立期間は戦国末期から元禄期(1688~1704)までの約百年。寛永期(1624~1644)から登場する板碑型墓石に徐々にとって代わられ、宝永期(1704~)以降造られなくなる。
 この形の墓石の特徴の一つは、内部に二基の石造物(祠内仏)を納めていること。この祠内仏は石祠型墓石が造られた戦国末期から江戸時代初期の50年の間に大きく変化する。
 初めは丸彫り五輪塔=上写真2枚目=。
 次に板状五輪塔=上写真3枚目=。
 最後に男女の区別がない僧形二尊仏=上写真4枚目=。
 そしてこの石祠型墓石と祠内仏の二尊仏が関東甲信越などに定着した江戸時代初期に、同じ地域に祠内の二尊仏と同型の双体道祖神が登場してくる。それはどの地域でも、男女区別のない僧形双体道祖神だった。このことから石祠型墓石内の二尊仏が、僧形双体道祖神の原型になったのではないか、ということを拙著『東国里山の石神・石仏系譜』(注1)で紹介した。
 ところで冒頭の松之山にある石祠型墓石のように、武田領から離れた地方にも若干造立されていることもわかっている。利根川下流の銚子や、山形の米沢地方だが、松之山でもみつかったので、まだ見ていない地方にあるかも知れない。
 『松之山町史』(注2)には、町内にあるいくつかの石祠型墓石を家形墓塔として取りあげている。そこには「中世の上杉家に多く用いられた家形募塔がみられる。(略)上杉期に残された墓石と考えられる」とある。これまで、上杉領に残る石祠型墓石は武田氏とのつながりがあった土地と見ていただけに、『松之山町史』の記述も、石祠型墓石と同様想定外の出会いであった。
(注1)「祠内仏は道祖神の原型か」平成27年『東国里山の石神・石仏系譜』
(注2)『松之山町史』平成3年、松之山町史編さん委員会
(参照)「石祠型墓石内の双体仏に僧形双体道祖神の祖型をみる」平成28年『日本の石仏』№159

 参考のために、これまでのブログから石祠型墓石を上げておく。
甲斐の石祠型墓石と祠内仏(山梨)
倉岳山(山梨)
富士山・須山(静岡)
山吉田・浅間山(静岡)
三国山(静岡)
栗生山(群馬)
薬師岳(群馬)
平尾富士(長野)
小湯山(山形)

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日本の石仏索引作成チーム用

2017年06月04日 | 石仏

■入力の注意点

【6月27日】
索引作成の入力作業は、
正確な手引きもないままスタートしましたので、
混乱させてしまいましたが、
それぞれに進んでいることと思います。
その報告も含めて、
7月1日の談話室が始まる前の午後0時30分から、
前回と同じ芸術劇場5階のフロアで、
ミーティングをいたします。
都合がつく方はお集まりねがいます。
不明な点、疑問点などもあげてください。

【6月21日】
①談話室の体裁 ②編集スケジュールについて、
問い合わせがありましたのでご連絡です。
①談話室の体裁は、連絡メール10に添付した通り変更はありません。
 周知のため、添付いたいました。
②編集のスケジュールは当初の予定通り、
 入力作業  6~7月
 校正作業  7~8月
 直し作業  8月
 データ送信 8月中です。
 早い分にはかまいませんが、
 それぞれのペースでお願いいたします。

【6月20日】
*入力した後の流れ
①入力したものを印刷して、会長と校正担当者2人の計3人へ郵送する
②校正者は、送られてきた印刷の内容をチェックして直しは赤で指示する
 題名・県名・筆写名・号・ページを確認
 特に、項目別・像容別・信仰別・形態別・県別の分類が妥当かと数字を確認
③校正者は、直しを入れた印刷物を入力者(送り主)に返送する
④入力者は返送されてきた直しを元に、入力データを直す
⑤直しの校正は自分で
 直しが反映されているか照合する
⑥これで完成
⑦完成した旨、田中へ知らせる
⑥田中の指示をまって、完成しものをメール添付で田中へ送信する

【6月14日】
①143号、ショウキ様は像容7諸神、信仰2賽神・道祖神
②143号、婆珊婆演底主夜神は像容10その他
③144号、南紀の丸石は、
     文中に道祖神の表現がないので像容10その他、信仰10その他
④150号、表紙の石仏群写真は、像容10その他、信仰・形態は「空白」
*像容、信仰、形態の分類で、
     その他にするのも無理なケースは「空白」にしてください

【6月8日】追加
信仰別索引の番号に間違いがあり、次の様に訂正します
 8 経典(9→8)
 9 山の神・山岳信仰(8→9)
 10 その他(9→10)
青面金剛、道祖神の像容別分類のあつかいは
 7 諸神
石仏、石碑などの形態別分類は
 15 その他
県別、地方分類に当てはまらにもののために
 56 全国をつくります


【6月7日】追加
・公開講座については、A枠に講師名、講座名だけにします
 見本組を添付送信しましたので、参考にしてください
・【石仏交流】はタイトル1行だけで図書を含め内容はカットします


【6月5日】追加
・項目別に、訃報、コラム用として、整理番号「14」を追加し
 各号の末尾に、【その他】としてページ順に関係なくまとめる
 (例)【その他】
     *訃報 南無阿弥陀仏       名無権兵衛
     *コラム 〇〇〇         名有権兵衛
     *コラム 仏師のころ       長岡権兵衛
・賛助金、訂正は入れない
・県名3文字は、[神奈川] [和歌山] と入力
・外国は、[海 外]と3字取りにする
・紹介石仏が2県以上にまたがるときは、[東 北] のように3字取りに

【6月4日】追加
・【本】【石仏見学】【はがき通信】【石仏談話室】の入力。添付送信
・見学会の案内者名、談話室の講師名はA枠の題名の前に入力
 *110回・加地勝/日野市程久保地域と満願寺地域を巡る
 *254回・高野幸司/熊本県の石像仁王像
・見学会で入らない文字列は、適切に削除して入れる
 それでも入らない文字列はフォントを小さくする
・見学会、談話室の報告者はC枠(撮影者、執筆者)に入力
・県名はB枠[ ]付で 
・本日、入力フォーマットを送信しました

【6月1日】
・文字の大きさはフォント11に設定してある
・フォーマットの枠は変更しない
・№ごとに続けて入力
・枠に入らない文字列は字の大きさを変更する(フォント11→10ないし9
・県名の[ ]は半角入力
・判断不明は●で入力
・説明会は3日午後0時30分から、池袋芸術劇場で

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