今朝の新聞で
(昨日はテレビで)
東京 杉並の中学校の
学校内の塾の報道がされていた。
報道では
中学2年生11名が参加したこと
週3日、校舎の中で、19時から21時35分まで行われること
生徒や家族は肯定的に受けとめていたこと
監督指導する立場の教育委員会も支持したこと
が伝えられている。
リクルートから校長として赴任して
いろんなアイデアで話題の人が
・上を引っ張れば、全体の底上げになる
・地域と学校が協力したことに意義がある
と
その意義を強調していた。
私は反対です。
というのも、
古来、知育・徳育・体育
といわれ、知識を持つこと自体は、教育の何分の一の
比重しかない
という考え方からです。
たしかに、
日本経済は停滞している。
その理由は、国際経済に比較して、生産性が低い。
生産性が低いのは、個人や組織に、新しいことを求める知識が足りないからだ。
・・こういう3段論法が基礎にはあります。
これを
家庭のレベルでいっても、
生産性の高い産業や企業に入るためには
良い大学←良い高校←良い中学←良い小学
という言い古された図式が厳としてある。
鹿児島では、
どんな大学に入るかではなく
どんな高校に入るのかが一生ついて回る・・と地元の学生から聞きました。
高校や大学の入試は
「知育」の部分のさらにごく一部である「知識」の量で測られている。
「郷中教育」として知られ、西郷や大久保を生んだという薩摩藩の江戸期の教育は
知育はもとより、徳育、体育もあわせ行ったようです。
その日本を回天した人材を生んだ加治屋町あたりには、
いまは一流の予備校の校舎ビルがあたりを圧して聳え立つ。
先日来、大井玄先生の「つながりの自己」という考えを紹介してきました。
これを教育の側面からいえば、知識偏重・偏差値教育の弊害が社会的な形を取りつつある・・といえるのではないか
と思います。
体育:体力の低下は毎年発表されて久しい。
徳育:政治家の徳の低下は、テレビや国会議場での様子からも明らかです。
(昨日はテレビで)
東京 杉並の中学校の
学校内の塾の報道がされていた。
報道では
中学2年生11名が参加したこと
週3日、校舎の中で、19時から21時35分まで行われること
生徒や家族は肯定的に受けとめていたこと
監督指導する立場の教育委員会も支持したこと
が伝えられている。
リクルートから校長として赴任して
いろんなアイデアで話題の人が
・上を引っ張れば、全体の底上げになる
・地域と学校が協力したことに意義がある
と
その意義を強調していた。
私は反対です。
というのも、
古来、知育・徳育・体育
といわれ、知識を持つこと自体は、教育の何分の一の
比重しかない
という考え方からです。
たしかに、
日本経済は停滞している。
その理由は、国際経済に比較して、生産性が低い。
生産性が低いのは、個人や組織に、新しいことを求める知識が足りないからだ。
・・こういう3段論法が基礎にはあります。
これを
家庭のレベルでいっても、
生産性の高い産業や企業に入るためには
良い大学←良い高校←良い中学←良い小学
という言い古された図式が厳としてある。
鹿児島では、
どんな大学に入るかではなく
どんな高校に入るのかが一生ついて回る・・と地元の学生から聞きました。
高校や大学の入試は
「知育」の部分のさらにごく一部である「知識」の量で測られている。
「郷中教育」として知られ、西郷や大久保を生んだという薩摩藩の江戸期の教育は
知育はもとより、徳育、体育もあわせ行ったようです。
その日本を回天した人材を生んだ加治屋町あたりには、
いまは一流の予備校の校舎ビルがあたりを圧して聳え立つ。
先日来、大井玄先生の「つながりの自己」という考えを紹介してきました。
これを教育の側面からいえば、知識偏重・偏差値教育の弊害が社会的な形を取りつつある・・といえるのではないか
と思います。
体育:体力の低下は毎年発表されて久しい。
徳育:政治家の徳の低下は、テレビや国会議場での様子からも明らかです。
>いまは一流の予備校の校舎ビルがあたりを圧して聳え立つ。
その一流の予備校では徳育を教えているのでしょうか?
無用な質問だったでしょうか?
knowledge≠wisdom(又はintellect)
言い換えれば知る事と分かる事の違い。
百の知識とひとつの知恵
どちらが大切なのか?
現在の受験体制の中では知識偏重のようにも思えますし。
この記事を読んで考える事しきりです。
のことを読むと
四書を読んだりするほか
「うそをつかない」
といった基本的なこと
実戦向きの剣道などを
しっかりやっていたようですね。
*女性の立場からは、郷中教育は、鹿児島の男尊女卑のあらわれだと批判されたことがある。