夢の中で出会ったそのヒトは、
あまり幸せそうじゃなかった。
「どう? 結婚生活は順調?」
と尋ねると、顔をしかめて黙り込む。
「どうしたん? 何か悩みでも?」
なんて、半端な調子の俺に、
彼女の目から涙が溢れ出す。
「今、全然おもしろくない。
あの頃はすごくおもしろかったのに。
今の彼、一緒に過ごせば過ごすほど
合わない部分がいくつもみつかって…」
そう言って、じっと俺を見る。
「なんでやろう。
なんであなたを手放してしまったんやろう。
なんで“2人”になられへんかったんやろう。
ねぇなんで?
ねぇなんでなん?」
両手で俺のシャツをぎゅっとつかむ。
俺は切ない気持ちになって、彼女のための言葉を探す。
彼女の心に花が咲くような言葉を探して、
…だけども見つからなくて。
せめて花の種となるような言葉をと思って、
だけどそれすらも見つからないまま、
少しの沈黙が流れる。
彼女の口が、
“もう一度戻られへん?”
と動いた気がして、そこで夢の世界が破けた。
・
・
今年の2月。
久しぶりに食事をした折に、婚約の話を聞いた。
そのとき俺は、酸っぱいような甘いような、
不思議な色をしたスープを舐めながら、
「よかった。おめでとう」
と乾杯し、彼女は、
「ありがとう。後悔したくないから頑張る」と笑った。
笑顔で別れたその夜から連絡を取っていない。
この春には式を挙げると聞いたけれど、
今頃どうしているのだろうかと、ときどき考える。
予定どおり結婚していて、
涙より笑顔のほうが多い生活があって、
今朝見た俺の夢は間抜けな男の空想で、
もし俺から連絡を取ろうものなら、
受話器越しに名前を尋ねられるぐらいに
今を生きていてくれればと、願う。
強く、願う。
そうしたあとで、
一連の独り善がりに少し笑いながら、
とにもかくにも幸せであれと、目覚めのバーボンを呑んだ。