妖精が見える子供

不思議な雰囲気をもったの息子ジュー。
双子の姉のリンと共に、毎日ニッコリ暮らしています。
最近にゃ~ずが仲間入🐱🐱

障害がわかるまで・・・5

2004年05月20日 07時05分11秒 | 障害がわかるまで
帰ってからすぐに児童相談所に電話した。
一番はやくて1ヶ月後の予約だった。
その間どうすればいいのだろう。
早く行って確かめないと。
きっと先生は言ってくれるはず「だいじょうぶですよ」


冬になりはじめていた。
その日はとてもいい天気で児童相談所の個室は日当たりがよく暑いくらいだった。
ジューはボールプールの中で寝転んでいる。


あの日からジューをよく見てみると、私や夫以外は目を合わせていないことに気づいた。
児童館などでも他の子供達と一緒にいて一見皆で遊んでいるようだが実は誰とも関わってはいなかった。

道のこだわりはある日とない日がある。
言葉は20ぐらいの単語のみ。

小柄な学生のような可愛らしい女性が入ってくる。
ジューに挨拶をすると目をそらせて外をみている。

驚いたことにこの人が児童精神科の先生だった。
ジューに少し話しかけ私にいろいろ質問してきた。

私はたくさんしゃべった。できるだけ明るく。
途中で何故こんなにしゃべっているのかわからなくなったが、しゃべり続けた。先生は黙って聞いていた。

しばらくして先生は
「おかあさんはジュー君をなんだと思いますか?」と聞いてきた。

わたし?わたしは・・・

「自閉症じゃないかと思っています。」

先生はしばらく私をみて言った。
「そうですね。自閉症というのがが一番ちかいようですね」

涙が出てくる。どうしたらいいんだろう。

「お母さん、こういう子たちは人とコミュニケーションがとるのが少し苦手なんですよ。ジュー君の場合軽度だし、言葉ももっとでます。」

私は聞いた。今思えば無知な質問だったとおもう。
「結婚はできますか」

「ジュー君よりもっと重い精神遅滞の方で周りから手助けしてもらって結婚生活をおくっている方はいますよ」

先生もやっとの答えだったんだろう。
今だったらこんな質問は絶対しない。私にはもうわかっているから。

帰りの車の中で寝てしまったジュー。

栗色の髪に長いまつげ。
とてもきれいなジュー。
私のおなかで育てた大切ないのち。

どうしてこんなことになってしまったんだろう。



ジューに向き合えるまで・・・1~10

(注・・・一番したが1です。)





障害がわかるまで・・・4

2004年05月19日 10時42分59秒 | 障害がわかるまで
保健婦さんに聞いてみた。
「一度専門の先生にみてもらいたいのですがどこへ行ったらいいのでしょうか」

少し困ったようだったけど
「明日、町の3歳半検診があります。発達の心配がある子のための先生がみえるので、終わってからみてもらいますか」


次の日3時ぐらいに2人を連れて行くと広い個室に通された。
昼寝をしてないのでいきなりゴロンと寝転んだ。
先生が挨拶をしても知らん顔をしている。
リンは大きな声で「こんにちは」といい褒められて得意そう。

私の話を聞きながらジューの様子を見ている先生。
机の上にいろいろな玩具をだしていく。
興味がでたのかゆっくり机に近づいてきた。

リンはジューに話しかける先生の指示に目をキラキラさせて
くいつくように見ている。
自分がやりたくて仕方がないという感じだ。
先生の指示にどんどん答えてしまい、私をイライラさせた。

ジューはどんどん出してはしまわれる玩具のひとつを気に入り鞄にしまわれると「あ~」と言いながら取りにいった。

「こだわりが強いわね」
こだわりが強いなんて思ったことがなくって先生の言葉に驚いた。
いろいろなものに興味を持つリンを見ながら
「普通の子はこんな反応なんですよ。しかもこのこ全然目線が合わないわね」

それには私は反論した。
「私はこの子が目線があわないなんて感じたことはないんですけど」
先生はジューを見ながら
「お母さんこちら側に来てください。」
私は先生の後ろに立たされた。
「いいですか。よく見ておいてくださいね。ジュー君」

何度か呼ばれた後、嫌そうに顔をあげたジューの目はスーと横にそれていったのだ。

ショックだった。ただ本当にショックだった。

「児童相談所に連絡してきちんとみてもらうか、もう少し様子をみるかどうしますか。」

やっとの思いで私はこの子が一番いい道をえらんであげたいと伝えると
先生は満足気にこう言った。
「障害者を育てていくことを親のあなたが早く認めてくださいね。それがこの子にとって一番いい事なのですから。」

寝てしまったジューを抱きリンの手をひいて歩いた。

障害者という文字がいつまでも頭からはなれなかった。

私には耐え難い重い本当に重い言葉だった。



障害がわかるまで・・・3

2004年05月19日 07時14分42秒 | 障害がわかるまで
急いで家に帰り家庭の医学をひっぱりだして読んでみる。

「原因不明の脳の障害で一生治ることはない」
一瞬どういうことか理解できずにもう一度読みなおした。

な・お・ら・な・い


一瞬心臓をつかまれたような気がした。

だいじょうぶ。ジューは違う。
無表情じゃないし、目線もあう。
もう少ししたら話せるようになる。
きっと笑いばなしになる・・・


偶然二人を産んだ病院でしりあったMさんに再会した。
明るい人でよく話をしていたので2年たっていても覚えていた。

私が来年いれようか迷っていた保育園に勤めているという。
「今は自閉症の子についているの。私の弟も自閉症なの」

とても明るい表情だった。

ジューの事に気がついたのかと思いドキッとしたがそんな様子はなく2人を見てニコニコしていた。

とても迷ったが私は誰にもいえなかったジューのことを話してみた。

「大丈夫だと思うけど・・・なにかこだわりとか理由がわからないパニックとかあるの?」

私が道の事を話すと彼女は少し驚いたような顔をしてしばらく2人を見つめてこう言った。

「早めに専門の先生に診てもらったほうがいいよ」






障害がわかるまで・・・2

2004年05月18日 11時36分25秒 | 障害がわかるまで
2歳をすぎて気になる事がいくつがでてきた。

呼んでも振り向かないことが多い。
高いところばかり登っておりてこない。
どこででも寝転がる。

町の育児相談で相談してみる。
「ジューってよくわからないんですがかわってませんか?」
保健婦さんが「ジュー君」と呼ぶと、にっこり笑顔でこっちをむいた。
「大丈夫ですよ。こんなに愛想もいいしマイペースなだけですよ」
保健婦さんの言葉に少しはほっとしたけど心のそこからは安心できなかった。

家庭の医学とか、いろいろな本をみて「自閉症」というページも何度か目にはした。
目線などばっちりあうし母子関係はうまくいっていたので気にはしていなかったように思う。
その時は自閉症の事をよくわかってなかったから。

なんとなく納得もいかず時間ばかりが過ぎていった。
私はなんどか保健婦さんに相談した。
「お母さんの気にしすぎですよ。何をそんなに心配してるんですか。双子さんの育児で疲れているんじゃないんですか。」

ある日車で家を出たときいつもおとなしいジューが泣き出した。
まさに火がついたという言葉がぴったりで泣き止まない。
なんで泣いているのかが全然わからない。

ふと頭によぎった。

いつか本で読んだ自閉症の子の道のこだわりの事。
いつもとちがう道を通るとパニックになる。
変化に弱い・・・おそるおそるいつもの道にもどってみる。

泣き止んだ。
何事もなかったように。

このこは自閉症なのかもしれない。







障害がわかるまで・・・1

2004年05月16日 07時50分39秒 | 障害がわかるまで
二人を出産して1週間で退院。桜が満開でとても綺麗だった。

想像以上に双子の育児は大変だったけど、私や夫の両親も近くに住んでいるため楽しく育児ができたと思う。

どちらの家も初孫で2人は皆からとても愛されていた。

寝返り、お座り、たっち、特にジューは人よりなんでもはやく、私たちを満足させてくれた。
何もかも順調だった。


ジューは時々声をかけても知らん顔するときがあった。
でも大好きなテレビのコマーシャルがかかると違う部屋からでもとんでくる。
大丈夫。耳はきこえているようだ。
マイペースなのは夫に似ている。

1歳半検診も無事終わり2度目の春がちかづいてきた。


リンは言葉が早くこの頃はもうふつうに話せていた。
ジューは1歳半検診の頃からあまりふえていない様に感じる。
いくつかの単語のみ。
大丈夫。男の子はみんな口は遅いものなのだから。
男はあんまりしゃべりすぎないほうがいい。

それにしてもよく動く。目が離せない。
高いところも恐がることがなくガンガン上っていく。
大丈夫。男の子はこれくらいのほうがたくましくていい。
運動神経が人よりいいみたい。


ジューには不思議な雰囲気があって他のひともそれを感じているようだった。
でも女の子みたいな外見とその雰囲気がとても似合っているのでみんな好意的だった。


今思えば私はジューのなにかを感じていたと思う。
茶色がかった大きな瞳は時々ちがう世界をみているようで私を少しだけ不安な気持ちにさせた。


私の不安が現実のものになるなんて思ってもいなかった。



子供の生まれた日

2004年05月14日 21時28分17秒 | 障害がわかるまで
6年前桜が咲き始めたとても暖かい日
不妊治療のすえ男の子と女の子の双子が産まれました。

双子は妊娠中毒症や早産などリスクが多いと聞いていましたが私はとても元気で予定日も過ぎてしまい強制的に入院。

2人はよほど居心地がいいのかでてくる気配もありません。

入院中は暇だったので早く出てくるようにと階段を上り下り。
看護婦さんにみつかっては「あなたが階段で倒れでもしたら運ぶのは大変だ」と叱られ、いまかいまかと待ちわびての出産でした。

やっと陣痛がはじまったとき嬉しくて嬉しくて笑えてきました。
想像を絶する痛さですぐ笑えなくなりましたが・・・

一人産んで、お腹の大きさが半分になり、もう一回の陣痛にもたえてうんだ後のお腹はデロ~ンと伸びえらいことになっていましたが3キロをこえたマルマルとした2人と対面した時はなんとも照れくさく、こんなものがよく入っていたと信じられない気持ちでした。

あまり例のないお産に興奮ぎみの看護婦さんが「すごいわ~胎盤がくっついてハートの形だしへその緒も人より長い。めずらしいから写真とっておいたら~」といっていたので胎盤をも記念撮影。
体重もいっきに11キロもへりあとの3キロは私のお肉になったようでした。

夫と、うちの母、夫の母までに見守られての出産。

皆があなたたちに会える時をを今か今かと待ち望んでいたんだよ。
五体満足な2人をくすぐったいような幸せな気分でいつまでも見つめていました。