連日の酒浸りで奈良漬けから
粕漬けに変わろうとしていましたが
昨日は流石に休肝日
肝臓に
付いた脂肪は
取れないが
シジミを食べて
ほっと一息
昨日は毎月第一土曜に行われる座禅に行きました。
天台宗のお寺の本堂で夜の7時半から行われます。
座禅を組むこと自体は30分程です。組んだ後に「般若心経」を唱えます。全部合わせて約一時間程です。
止観で重要なのは背骨を真直ぐに延ばし、余分な力を抜いて、正しい呼吸法で呼吸し、心を落ち着かせて自分を見つめ直すことです。
ところがどっこいこれが難しいのです。
邪念、妄想、悔恨が湧きに湧き上がります。煩悩の塊であることを再確認するようなものです。
お寺のお坊さんはこれがうまく処理ができるのでしょうね。
ところでお寺の住職はなぜ健康で長生きができるのか?
ある老人が「寿命を引き延ばすにはどうすればいいか?」と良寛さんに聞いたのでした。
ここぞとばかりに良寛さんはきっぱり言い切ります。「死なない工夫じゃ」
また良寛(七四歳)さんが知人に宛てた、当時起きた地震被害の見舞いの手紙があります。
「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。是はこれ、災難をのがるる妙法にて候。」
災難が起きたときは、事実としてありのままに受け止めればよい。死ぬときも、事実としてありのままに受け止めればよい。
災難に遭えばつらいが、そのつらさと一つになって生き抜く。死が迫ったとき、死と一つになって死ねばよい。
苦悩に惑わされないよう生き、死ねばよいというのです。
死なない工夫として長寿の高僧たちが実際に行った「長寿の工夫」
だそうです。