2012年10月13日(晴れ)
伊勢神宮へお参りするべく
伊勢街道歩きをはじめたのですが、歩くたびに東海道の魅力
に抗いきなくなり、
折角東海道の真ん中の宿場町に住んでいるのだから、
京へ上るばかりでなく、東下りもやってしまうおうと、
お江戸日本橋へ向かって街道歩きをスタート致しました
朝8時半に
を出発し、
3ヶ月前の旅の出発点だった、東海道28番目の宿場町「見附宿」の
木戸口にある「愛宕山一里塚」を目指しました。


今回はここから東へ歩きます
気温も、あの猛暑の中を歩いた頃に比べたら快適そのもの
なんか、今日は頑張れそう・・


一里塚からすぐの場所にある「なみだ橋」跡。
実は
から300Mほどの場所にあるのですが、
歩くまで存在すら知りませんでした。
そしてそのすぐ先にある「遠州鈴ヶ森刑場跡」


「見附宿」を後にして、27番目の宿である「袋井宿」まで
毎日通勤している道を歩きます。なんか変な感じです。。

途中、昨年探索した「三方原合戦」の前哨戦となった
「三ヶ野古戦場跡」



そして僅かに残る松並木


「木原畷の古戦場」跡を通り過ぎ、

木原一里塚跡復元されています

一時間ほどで東海道のどまん中の宿場町「袋井宿」に到着です。

「袋井」は秋祭りの真っ最中でした。
遠州地方のお祭りは荒っぽくてちょっと恐いです。。

袋井には「どまん中茶屋」という広重の浮世絵をそのまま再現した
小さな茶屋があって、おじさんが一人で切り盛りしていました。

東海道を歩いている人たちに、美味しい袋井茶を振舞ってくれ、
旅のよもやま話を聞いてくれる素敵な場所です。
おじさんに「気を付けていってらっしゃい」と見送られて最出発です。。

秋の田んぼと松林はまさに江戸時代にタイムスリップしたみたいでした。

国道一号線から一本奥へ入っただけなのに、
全く初めてみる光景に感動しました。

スバラシイ!!

久津部一里塚跡 ここは小学校の敷地内です。

所々に残る往時の松並木を歩いて更に2時間、
掛川城の城下町「掛川宿」に着きます。

城下町と言えば、お約束は「七曲り」です。

敵の侵入を防ぐため道路をやたらと曲げて作っているのです。
豊橋でも岡崎でも桑名でもぐるぐる歩きました。
持参のおにぎりをほおばりながら、なんとか「七曲り」クリアです。
岡崎では「歩きうつ」になるほど苦しかった事を思えば、
今回は割と簡単でした。
葛川一里塚跡

掛川を過ぎると道は少々寂しくなってきます。


郊外にある「大池一里塚跡」

伊達方一里塚跡

掛川の次の宿は「日坂宿」と言って、開発の波に取り残された
寂しい集落に残る小さな山あいの宿場町です。

宿の入口には「事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)」という、
あの「枕草子」にも出てくる由緒ある神社があります。

なんでも願い事が叶う神社ということで、最近大人気のパワースポット
でもあります。勿論かなり真剣にお願いしてきました。。

元旅籠だった民家の内部を公開しています。






古い町並みが奇跡的に残る「日坂」宿を過ぎると、

年たけてまた越ゆべしとおもひきや命なりけりさやの中山 (西行)

と、古くから歌に読まれた東海道の難所「小夜の中山峠」です。
ここは、掛川市郊外の「日坂宿」から「金谷宿」に至る、
お茶で有名な牧之原台地を見下ろす尾根伝いの峠道です。
東海道では「箱根峠」「鈴鹿峠」並ぶ、険しい山道と急な坂道が3キロ程度続きます。

いのちなりわづかの笠の下涼み (松尾芭蕉)

まぁ、あの「松尾さん」もへろへろになったってことですね(笑)
気持ちはわかります。
とにかく坂が急勾配なんです。
登りはまだしも下りは膝が大爆笑になります。
膝に負担を掛けぬよう、ゆっくり細心の注意をして降りましたが、
それでも、金谷に着いた時は駅の階段も降りられぬ程、
ダメージを負いました。

峠の頂上に徳川家康建立の「久延寺」という古刹があります。
そこにはかつてこの峠で山賊に殺された臨月の妊婦の霊魂が石に
のり移り夜毎に泣いたという「夜泣き石」が今も残っています。

そして彼女から産まれた赤ん坊に食べさせたという「子育て飴」も
江戸時代から営業している峠の茶屋で売っています。

佐夜鹿一里塚跡


そんなこんなで膝を笑わかせながら麓の菊川宿まで降りてくると、
なんと今度は一気に牧之原台地を登ります(涙)

ここは平成13年に「平成の大普請」ということで全長2キロに渡り、
石畳を敷きました。


受験の神様「すべらず地蔵」

温かいお茶のおもてなし有り、
古い町並みの発見あり、
なんとも盛りだくさんの35キロでした。
金谷一里塚跡

やっぱり東海道は面白いです。
やめられません。。
伊勢神宮へお参りするべく
伊勢街道歩きをはじめたのですが、歩くたびに東海道の魅力

折角東海道の真ん中の宿場町に住んでいるのだから、
京へ上るばかりでなく、東下りもやってしまうおうと、
お江戸日本橋へ向かって街道歩きをスタート致しました

朝8時半に

3ヶ月前の旅の出発点だった、東海道28番目の宿場町「見附宿」の
木戸口にある「愛宕山一里塚」を目指しました。


今回はここから東へ歩きます

気温も、あの猛暑の中を歩いた頃に比べたら快適そのもの

なんか、今日は頑張れそう・・



一里塚からすぐの場所にある「なみだ橋」跡。
実は

歩くまで存在すら知りませんでした。
そしてそのすぐ先にある「遠州鈴ヶ森刑場跡」


「見附宿」を後にして、27番目の宿である「袋井宿」まで
毎日通勤している道を歩きます。なんか変な感じです。。

途中、昨年探索した「三方原合戦」の前哨戦となった
「三ヶ野古戦場跡」



そして僅かに残る松並木


「木原畷の古戦場」跡を通り過ぎ、

木原一里塚跡復元されています

一時間ほどで東海道のどまん中の宿場町「袋井宿」に到着です。

「袋井」は秋祭りの真っ最中でした。
遠州地方のお祭りは荒っぽくてちょっと恐いです。。

袋井には「どまん中茶屋」という広重の浮世絵をそのまま再現した
小さな茶屋があって、おじさんが一人で切り盛りしていました。

東海道を歩いている人たちに、美味しい袋井茶を振舞ってくれ、
旅のよもやま話を聞いてくれる素敵な場所です。
おじさんに「気を付けていってらっしゃい」と見送られて最出発です。。

秋の田んぼと松林はまさに江戸時代にタイムスリップしたみたいでした。

国道一号線から一本奥へ入っただけなのに、
全く初めてみる光景に感動しました。

スバラシイ!!

久津部一里塚跡 ここは小学校の敷地内です。

所々に残る往時の松並木を歩いて更に2時間、
掛川城の城下町「掛川宿」に着きます。

城下町と言えば、お約束は「七曲り」です。

敵の侵入を防ぐため道路をやたらと曲げて作っているのです。
豊橋でも岡崎でも桑名でもぐるぐる歩きました。
持参のおにぎりをほおばりながら、なんとか「七曲り」クリアです。
岡崎では「歩きうつ」になるほど苦しかった事を思えば、
今回は割と簡単でした。
葛川一里塚跡

掛川を過ぎると道は少々寂しくなってきます。


郊外にある「大池一里塚跡」

伊達方一里塚跡

掛川の次の宿は「日坂宿」と言って、開発の波に取り残された
寂しい集落に残る小さな山あいの宿場町です。

宿の入口には「事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)」という、
あの「枕草子」にも出てくる由緒ある神社があります。

なんでも願い事が叶う神社ということで、最近大人気のパワースポット
でもあります。勿論かなり真剣にお願いしてきました。。

元旅籠だった民家の内部を公開しています。






古い町並みが奇跡的に残る「日坂」宿を過ぎると、

年たけてまた越ゆべしとおもひきや命なりけりさやの中山 (西行)

と、古くから歌に読まれた東海道の難所「小夜の中山峠」です。
ここは、掛川市郊外の「日坂宿」から「金谷宿」に至る、
お茶で有名な牧之原台地を見下ろす尾根伝いの峠道です。
東海道では「箱根峠」「鈴鹿峠」並ぶ、険しい山道と急な坂道が3キロ程度続きます。

いのちなりわづかの笠の下涼み (松尾芭蕉)

まぁ、あの「松尾さん」もへろへろになったってことですね(笑)
気持ちはわかります。
とにかく坂が急勾配なんです。
登りはまだしも下りは膝が大爆笑になります。
膝に負担を掛けぬよう、ゆっくり細心の注意をして降りましたが、
それでも、金谷に着いた時は駅の階段も降りられぬ程、
ダメージを負いました。

峠の頂上に徳川家康建立の「久延寺」という古刹があります。
そこにはかつてこの峠で山賊に殺された臨月の妊婦の霊魂が石に
のり移り夜毎に泣いたという「夜泣き石」が今も残っています。

そして彼女から産まれた赤ん坊に食べさせたという「子育て飴」も
江戸時代から営業している峠の茶屋で売っています。

佐夜鹿一里塚跡


そんなこんなで膝を笑わかせながら麓の菊川宿まで降りてくると、
なんと今度は一気に牧之原台地を登ります(涙)

ここは平成13年に「平成の大普請」ということで全長2キロに渡り、
石畳を敷きました。


受験の神様「すべらず地蔵」

温かいお茶のおもてなし有り、
古い町並みの発見あり、
なんとも盛りだくさんの35キロでした。
金谷一里塚跡

やっぱり東海道は面白いです。
やめられません。。