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晴れときどき・・・

旧街道あるき、古戦場巡り、城攻め、図書館通いの4本立ての日々を綴ります。。

目指せ!日本橋!!~第7回 東海道歩き~ 見付宿~金谷宿編~

2013-03-11 20:02:37 | 街道歩き
2012年10月13日(晴れ)

 伊勢神宮へお参りするべく
伊勢街道歩きをはじめたのですが、歩くたびに東海道の魅力に抗いきなくなり、
折角東海道の真ん中の宿場町に住んでいるのだから、
上るばかりでなく、東下りもやってしまうおうと、
お江戸日本橋へ向かって街道歩きをスタート致しました

 朝8時半を出発し、
3ヶ月前の旅の出発点だった、東海道28番目の宿場町「見附宿」
木戸口にある「愛宕山一里塚」を目指しました。



 今回はここから東へ歩きます
気温も、あの猛暑の中を歩いた頃に比べたら快適そのもの
なんか、今日は頑張れそう・・

 一里塚からすぐの場所にある「なみだ橋」跡。
実はから300Mほどの場所にあるのですが、
歩くまで存在すら知りませんでした。

 そしてそのすぐ先にある「遠州鈴ヶ森刑場跡」



 「見附宿」を後にして、27番目の宿である「袋井宿」まで
毎日通勤している道を歩きます。なんか変な感じです。。


 途中、昨年探索した「三方原合戦」の前哨戦となった
「三ヶ野古戦場跡」




そして僅かに残る松並木


「木原畷の古戦場」跡を通り過ぎ、

木原一里塚跡復元されています

一時間ほどで東海道のどまん中の宿場町「袋井宿」に到着です。

「袋井」は秋祭りの真っ最中でした。
遠州地方のお祭りは荒っぽくてちょっと恐いです。。

 袋井には「どまん中茶屋」という広重の浮世絵をそのまま再現した
小さな茶屋があって、おじさんが一人で切り盛りしていました。

東海道を歩いている人たちに、美味しい袋井茶を振舞ってくれ、
旅のよもやま話を聞いてくれる素敵な場所です。
おじさんに「気を付けていってらっしゃい」と見送られて最出発です。。


秋の田んぼと松林はまさに江戸時代にタイムスリップしたみたいでした。 

 国道一号線から一本奥へ入っただけなのに、
全く初めてみる光景に感動しました。

スバラシイ!!

久津部一里塚跡 ここは小学校の敷地内です。

 所々に残る往時の松並木を歩いて更に2時間、
掛川城の城下町「掛川宿」に着きます。

城下町と言えば、お約束は「七曲り」です。

敵の侵入を防ぐため道路をやたらと曲げて作っているのです。
豊橋でも岡崎でも桑名でもぐるぐる歩きました。
持参のおにぎりをほおばりながら、なんとか「七曲り」クリアです。
岡崎では「歩きうつ」になるほど苦しかった事を思えば、
今回は割と簡単でした。

 葛川一里塚跡

 掛川を過ぎると道は少々寂しくなってきます。


郊外にある「大池一里塚跡」

伊達方一里塚跡


 掛川の次の宿は「日坂宿」と言って、開発の波に取り残された
寂しい集落に残る小さな山あいの宿場町です。

宿の入口には「事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)」という、
あの「枕草子」にも出てくる由緒ある神社があります。

なんでも願い事が叶う神社ということで、最近大人気のパワースポット
でもあります。勿論かなり真剣にお願いしてきました。。

元旅籠だった民家の内部を公開しています。







 古い町並みが奇跡的に残る「日坂」宿を過ぎると、

年たけてまた越ゆべしとおもひきや命なりけりさやの中山 (西行)

 と、古くから歌に読まれた東海道の難所「小夜の中山峠」です。
ここは、掛川市郊外の「日坂宿」から「金谷宿」に至る、
お茶で有名な牧之原台地を見下ろす尾根伝いの峠道です。
東海道では「箱根峠」「鈴鹿峠」並ぶ、険しい山道と急な坂道が3キロ程度続きます。

 いのちなりわづかの笠の下涼み  (松尾芭蕉)

 まぁ、あの「松尾さん」もへろへろになったってことですね(笑)
気持ちはわかります。
とにかく坂が急勾配なんです。
登りはまだしも下りは膝が大爆笑になります。
膝に負担を掛けぬよう、ゆっくり細心の注意をして降りましたが、
それでも、金谷に着いた時は駅の階段も降りられぬ程、
ダメージを負いました。


 峠の頂上に徳川家康建立の「久延寺」という古刹があります。
そこにはかつてこの峠で山賊に殺された臨月の妊婦の霊魂が石に
のり移り夜毎に泣いたという「夜泣き石」が今も残っています。

そして彼女から産まれた赤ん坊に食べさせたという「子育て飴」も
江戸時代から営業している峠の茶屋で売っています。

佐夜鹿一里塚跡


 そんなこんなで膝を笑わかせながら麓の菊川宿まで降りてくると、
なんと今度は一気に牧之原台地を登ります(涙)

ここは平成13年に「平成の大普請」ということで全長2キロに渡り、
石畳を敷きました。


受験の神様「すべらず地蔵」

 温かいお茶のおもてなし有り、
古い町並みの発見あり、
なんとも盛りだくさんの35キロでした。
金谷一里塚跡

 やっぱり東海道は面白いです。
やめられません。。

目指せ!三条大橋!!~第17回 東海道歩き~ 日永追分~関宿編~

2013-03-10 09:38:10 | 街道歩き
2012年12月29日 

 目標であった「歩いて伊勢神宮参拝」を果たし、
ついでに、「伊勢別街道」も踏破致しましたが、
休んではいられません

 「青春18きっぷ」1月10日期限です
お正月箱根駅伝をテレビでぐうたらに観たいので、
年末のスパートに賭けます

 大体、磐田からだと東へ行くより西へ行くほうがJRの運賃が嵩みます。
よって一回2300円一日乗り放題のこの切符を有効に使用するには、
西行するのが得策だと考えた私は、東海道の京都側の終点、
「京都三条大橋」を目指すべく新たなスタートを切りました

 まず、伊勢街道東海道の分岐点であった、
三重県四日市市の「日永の追分」から、「関宿」まで
25キロを歩きます

 夜明け前でまだ西の空にが出ている午前5時半
磐田駅を始発電車で出発します。

さっ寒いっ・・・

近鉄南部線「追分駅」に到着したのは9時半。
4時間かかりますそう、遠いんです
これから先は、歩くより電車に乗っている時間の方が長いのです

 お天気は快晴。もなく、この時期に歩くには最高の日和です。

国道一号線に合流したり、離れたりを繰り返しながら、
日永から「石薬師」「庄野」「亀山」と宿場を通過していきます。

 日永の追分を出て最初の難関「杖衝坂(つえつきざか)」


 日本武尊の伝説が残る結構急な坂でした


素晴らしい佇まいの旧家がのこっています

あの松尾芭蕉もから落ちたみたいです


 「杖衝坂」から采女の街を経て旧街道は「石薬師宿」へ入ります


宿の入口にある地蔵堂

静かに旧家の佇まいを残す街道筋・・



宿の名前の由来となった「石薬師寺」

宿の外れに建つ「石薬師一里塚」
とても風情のある一里塚でした


 国道をしばらく歩くと現れる次の宿場「庄野宿」

ここも静かな宿場町でした



江戸から103里目「中富田一里塚跡」は神社の境内にありました。




伊勢街道でも渡った鈴鹿川、本当に綺麗な川でした

なんか、可愛い

 いよいよ亀山城下へ入っていきます

石垣には目がなくて・・つい・・

 
「和田一里塚跡」住宅地の中で綺麗に復元されていました。



亀山の城下町



枡形の跡がくっきり残ります



 江戸時代東海道を往来した殆どの庶民は、
ここまで来ると伊勢神宮の方へ向かいました
道すがら「お伊勢さん」へお参りして江戸へ向かいました。
 参勤交代大名行列は城下町に宿泊すると
その藩主への挨拶やらでメンドクサイ為、
城下町の亀山をスルーしました
よって、この付近の街道はえらく寂れていたそうです

 現代においても日本の大動脈
どんな政治的配慮があったのか知りませんが、
名古屋から急に東海道を離れ中山道から京都へ入ります
(おかげで冬は新幹線が止まります




亀山宿を後にしてしばらく歩くと現れる「野村一里塚跡」国の史跡です



 世間から忘れられたかのような街道を4キロおきに現れる
「一里塚」を頼りにてくてく歩いて6時間


またまた「関宿」に到着です




 ところが帰りのはあと5分で発車ですっ

目的地滞在わずか5分にして、トイレさえ行かずに、
関西本線に乗り込みました
何やってんだ、ワタシ・・・


目指せ伊勢神宮!!第4回伊勢街道歩き~伊勢別街道編~

2013-03-08 22:16:34 | 街道歩き
 2012年12月24日  のち

 めでたく伊勢街道制覇したワタクシですが、
私が歩いた伊勢街道「東海道中膝栗毛」弥次さん喜多さんが歩いた江戸から伊勢までの行程です。

 伊勢は全国的な観光地でしたから当然西の方、大阪京都方面からも
大勢の人がお伊勢参りにやってくるわけです。
その時には東海道を関宿まで歩いた後、「伊勢別街道」なる道をまで歩きました。

 関宿は今年の春にも行きましたが、東海道の宿場町の保存状態が素晴らしくて一目ぼれした街です。

 そして、関宿東の追分に立つ鳥居は、式年遷宮の際に取り替えた伊勢神宮一の鳥居(宇治橋のすぐ奥)を運んで来るそうです。

 今回はこのお伊勢さんの鳥居に会いにから出発しました
約20キロの旅です。
目標は時速5キロで歩くこと



 クリスマス寒波の影響で、朝からとても寒かったです
近鉄名古屋線江戸橋駅に降りた時にはがチラついていました。

 デジカメを持つ手も凍えます
これからへ向かって歩くのですが、
鈴鹿山脈から吹き降ろされるは半端ないです
痛いんですっ
今日は全行程向かい風です。。ひェ~~

 殆どアップダウンのない道をてくてく歩くだけですが、
単調になりがちな中で、やはり癒されるのは
伊勢街道には古い街並みが非常によく残されていることです



で一番大きな常夜灯 マジでデカいです




美しい連子格子瓦屋根の見事さには惚れ惚れしました




 今回も沢山写真を取りました。

いくら撮っても飽きません。

各家ごと、集落ごとに個性があるのです。



 私は旧家って横溝正史の小説の世界でしか知らなくて
こんなふうに、今もしっかり日本の風景として残っていることを
とても新鮮に感じました。
 維持管理をするのは勿論のこと、
古いしきたりや、慣習を守り、親戚やご近所との付き合いなど、
きっと旧家のお嫁さんは私なんかの想像を絶する大変さだと思われます。
裕福でしょうが、好きな車を買うことも、庭を洋風に変えることも
きっと出来ないのではないでしょうか?


 そんな事を考えながら、誰一人出会わない不思議な町並み
一人歩きましたさっ寒い・・・

 予定通り、約4時間で東海道47番目の宿場街「関宿」へ到着です

ここは、江戸時代の宿場が約2キロ以上狭い道の両側に続きます。

それはそれは圧巻です
そして更に凄いのは、この街はテーマパークではなくて、
今も人々の生活の場であることです。


 もうこれ以上はないよという意味で、
「関の山」という言葉がありますのが、
それはこの関の街のお祭りで引き回される山車の豪華さが語源だそうです。

 
 関のお祭り、私のいつか見てみたいです


目指せ伊勢神宮!!第3回伊勢街道歩き~松阪宿→遂にGOOL!!~

2013-03-06 22:44:35 | 街道歩き
 2012年12月22日のち

 冬至の朝は、夜明け遅いです。

 朝の5時、しかもだと真っ暗です
結構本気で降っているの中、
「私は晴れ女
「同窓会の日だって豪雨一転晴れたも~ん」な、
自分を信じてガラガラの国道1号線を飛ばし、始発に乗るため一路浜松駅へ急ぎます

 東海道線を名古屋方面へ走るにつけ雨足はどんどん強くなりますが
「私は晴れ女
ひたすら自分を信じて車中、宮城谷昌光の「古城の風景」を読みました

 伊勢街道歩き、本日は松阪駅より、いよいよ終点
伊勢神宮まで約30キロを歩きます
なんと、松阪駅に降り立つと、止んだではありませんかっ

 駅から旧街道に至る道の目印は「日野町」の交差点です。

そう、松阪はあの「蒲生氏郷」築城した松阪城城下町です
そして「日野」はその蒲生氏郷の故郷なのです
なんだかスゴ~く感慨深いです

 
そこから、旧街道は一本道です。

迷いようがないのは、古い旧家が続く家並みが道の両側に残っているからです。
禁酒の神様・・・。

外宮までの距離を示す道標
4里・・16キロかぁまだまだ遠いなぁ


伊勢街道の良いところはこの「町並み」に尽きます。

連子格子の趣深い家々は至るところに残っています。

もう、何百枚写真を撮りましたが、全然飽きません

旅の疲れも吹き飛ぶ、素晴らしさです


 旧街道を歩いている人は殆ど見かけません

時々手押し車を押す地元の老人にすれ違うくらいです。
殆どの旧家は無理矢理エアコンの室外機を
取り付けてあったりもするので、
今でも普通に生活が営まれているようです。
東海道では、保存の為に行政が管理している区域もあるのですが、ここは違います。


 旧家の窓ガラスに「ピカチュー」のシールが貼ってあったりもします
ヤンキーっぽいシャコタンのエスティマが止まっていたりします

でも、それでいいと思います
この古い家に不便を感じながらも、そこで暮らしていることが、飾り物の史跡保存よりいいと思うのです

 とにかく雨の後にも拘わらず底まで透明度抜群の川を幾つか渡るたびに、
「伊勢神宮」神域へ近づいているのを肌で感じます。



山のも、流れるも、
なんだか神話の世界を連想させます



 午後1時半。外宮へ到着です。


外宮は豊受大御神(とようけおおみかみ)をお祀りしています。
伊勢神宮ではまず最初に外宮へ参拝致します。
今回は先を急ぐ旅なので、街道から見える鳥居に向かって遥拝いたしました。

 そこから約一時間。4キロほど先に「内宮」はあります。
お正月前ということで、今日はそれ程人出はありませんでした。
(それでも駐車場は一時間待ちでした

宇治橋を渡り、最初の鳥居を見上げます。
遂に7月から歩き始めて半年あまり、
念願の伊勢街道踏破ですっ!!

 鳥居の向こうは今日はじめての青空がのぞきましたっ

今年は式年遷宮の年です。
新しいお宮完成間近でした・・

自宅より220キロに渡る旅を遂にゴールしましたっ

 頑張った私のご褒美は、赤福と伊勢うどんです。。
今回はケチケチせずに、しっかり食べました。。

目指せ伊勢神宮!!第2回伊勢街道歩き~津宿→松阪宿~

2013-03-05 20:44:31 | 街道歩き
 2012年11月23日 のち

 昔から「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ」と言われていましたが、
いよいよ佳境に入った伊勢神宮詣の旅、
約一ヶ月ぶりに伊勢路を辿ります

 今回は三重県の県庁所在地「津」市から再出発しました
「津」と言えば、「津城」


そう、「津藩」の初代藩主は
ワタクシのイチ押し戦国武将である「藤堂高虎」です。
私は彼が生涯に築城に関わった17のお城を全部制覇するのが夢ですので、
モチロン、行きましたっ小走りで・・。


 「津城」は街の中心部、市役所の隣にあります。
天守閣などは何も残っておりませんが
あの「高虎の石垣」「高虎の犬走り」はちゃんとあります。

あ~美しい直線っ

ここは家康命令されて作ったお城ではなくて、
自分が住むためのお城ですから、
石垣の高さは低いのですが、どこまでもまっすぐ伸びる直線
まさに「高虎っです。

紅葉がお堀の水に映えて綺麗でした

そして馬上の高虎像もかっこよすぎで「萌え~~っ!!」な瞬間

戦国武将の偉いところは、彼等は主君に領地を貰うと、
そこで凄く一生懸命まちづくりを始めるところだと思います。
ほぼ数年で国替えになることが少なくなかったにも拘わらず、です

 そして、この藤堂高虎本多忠勝など、「武闘派」と言われた人々が、
特にその傾向が強く、領地では善政を敷き領民に大変慕われています

 高虎像未練たらたらながらも先を急ぐ旅です
津から松阪までは約25キロ
JR紀勢本線国道23号線の間をするすると
旧伊勢街道は流れるように南に伸びています。

 これといった道しるべもなく、
なんども迷ったり全く食事をする場所が見つからなかったり
結構大変でしたが、驚くべきは街道沿いの旧家の保存状態ですっ

このあたりは空襲を逃れたのでしょうね。

本当に古い家が沢山残っていました。


 そしてどのお宅にも、生活の営みがありました。



 伊勢街道東海道と比べると整備されてなくて、
だからこそ、古き良き時代がそのまま現代に息づいている気がします

 写真にも映る歩道のオレンジ色
これが伊勢神宮まで続いているのかと思うと、
「オズの魔法使い」を探しに黄色いレンガの道をたどった
ドロシーの心境になります(すみません、言いすぎました・・・

 趣深い旧家がもうどれだけ写真を撮っても取りきれないくらい、
昔のままの佇まいでそこに建っています。

そして普通に生活しています。

恐ろしく狭い路をクルマが煩雑に行き交い、
連子格子の庭先にどうやって駐車したんだと思えるような神業で、
軽自動車が停っています。
石灯籠の横に、クラウンマジェスタっこれぞ日本の風景ですっ



 今回はこの素晴らしい日本の原風景を残す家並みを辿る旅で
疲れ知らずで歩くことが出来ました。。


 因みに、家を出たときは土砂降りでしたが、
歩き始めるとも上がり、時折青空がのぞきました
私って本当は「てるてる坊主」かもしんない