晴れときどき・・・

旧街道あるき、古戦場巡り、城攻め、図書館通いの4本立ての日々を綴ります。。

目指せ日本橋!!第26回東海道歩き~品川宿→品川駅~

2013-07-31 07:05:50 | 街道歩き
 電信柱ごとに「旧東海道」と書いてある品川宿を歩きます。
「海雲寺」さんです

そして「品川寺(ほんせんじ)」さん

まるで大仏様のようなお地蔵様です

宿場町っぽい休憩処もありました

レトロっぽい建物も見えます

この松の木は浜松市からの寄贈だそうです

品川橋を渡ります。

橋の上から・・

品川宿のお休み処

品川本陣跡


ここは、本当に見所がいっぱいで疲れを忘れました。


「品海公園」江戸まで2里とあります。。あと8キロ・・・。

問答河岸跡

京急の踏み切りは開いている時間の方が短いくらいでした。ダッシュで渡りました。。

さぁ踏み切りをわたったら、八ツ山口です

箱根駅伝でも有名な「八つ山橋」

橋を渡ると再び第一京浜に合流してあとは一本道ですっ!!

しかし、いきなり江戸情緒いっぱいの町並みからいきなり大都会へ出てきて、ちょい怯みます・・・


 暑さと疲労でボロボロな状態でこんな賑やかな場所に出てきて、なんだか急に恥ずかしくなってきました(続く)


目指せ日本橋!!第26回東海道歩き~京急蒲田駅→品川宿~

2013-07-30 07:07:01 | 街道歩き
 多摩川を渡ってとうとう東京都内に入りました。
前回ここを歩いたのは昨年の12月でした。
あの日は寒かったのになぁ。
半年ってあっという間だなぁと感慨に浸るまもなく
灼熱のアスファルトジャングルへ出発ですっ

 第一京浜の夫婦橋交差点から再出発です


 この道路は災害時は車両の通行を止め、帰宅難民と化すであろう大勢の都心通勤者が歩く為の道路に変わるそうです。

 その第一京浜を早くも汗だくになって歩くと「梅屋敷」に到着しました。

今は梅ノ木も少ししか残っていませんが、明治天皇をはじめ数々の著名人が来訪したそうです。

大森警察署前の交差点から国道を離れ三原商店街に入ります。旧東海道です。

街道脇に古刹が建つのも旧街道らしいですね


大森一里塚跡です。日本橋まであと3里!!

商店街には立て札方の説明版がいっぱい立てられていました。

手作り感いっぱいで好感がもてました。

歩いているときに「旧東海道」の門司を見ると安心します。


再び、第一京浜に合流して・・磐井神社です 

今は境内の外に出てしまった「磐井の井戸」水も枯れているようです。

大きな木の下でしばし休憩・・・


 さらに東へ歩いていくと道路の分岐点に見えてくるのが・・

有名な「鈴が森の刑場跡」です。天一坊、丸橋忠弥、八百屋お七などここで処刑された有名人は数多く・・。

さすがに汗が引くような独特の雰囲気でした。

磔や火あぶりの際に軸柱を立てた石が残っていました(恐)
 

 街道は真っ直ぐに品川方面へ向かって続いています。

浜川橋は別名「なみだ橋」というそうです。

我が家の近くにも「遠州鈴が森の刑場跡」が残っており、そこにも「なみだ橋」がありました。
処刑される人を見送った橋です。
街道沿いには古い商家も残っていました。

これからしばらくは旧東海道の品川宿に沿って商店街が続きます。

暑さは相変わらずですが、この商店街はなんだか嬉しいです。(続く・・・)


目指せ日本橋!!第26回東海道歩き~保土ヶ谷宿→鶴見駅

2013-07-29 07:52:56 | 街道歩き
  猛暑続く中ではありますが、京都でまさかの体温越えを経験したら
もう恐いものなしっ!ってことで勢いをそのままに出かけました。

 ありがたや「青春18切符」!!

 本日のスタート地点はJR保土ヶ谷駅です


 ここから旧街道の商店街を東へ向かいます。
広重の浮世絵に描かれた「帷子橋」は今は川の位置が変わってしまいましたが、
ちゃんと復元して公園になっています。

現代の「帷子橋」はこちらです。

 橋の先にある「松原商店街」はとても賑やかでした。
東海道沿いの「シャッター通り」を沢山見てきたので、この賑わいは嬉しいです。

八王子道との「追分」の道標

浅間下交差点で横浜道と東海道が分かれます

と、書いてあったのに、道を間違えて「横浜道」の方へ・・(涙)

ランドマークタワーに惹かれたんです(涙)

約40分近く時間と体力をロスして、国道15号へ復帰しました・・。
首都高の螺旋階段って本当にあるんですね(By 1Q84)

神奈川宿の一里塚跡でもある「金毘羅宮」

 実はこの写真を撮ろうとして道路の段差に躓き、転倒(馬鹿~)
左ひざをすりむいて穴まで開けてしまいました(泣)

半泣きになりながらも・・・アメリカ領事館がおかれた「本覚寺」

この先は国道15線 通称「第一京浜」をひたすら歩きます。
アップダウンはありませんが単調なアスファルトの道ですから、暑さがつらかったです。
旧街道沿いの古刹「良泉寺」


生麦駅近くにある、キリンビールの工場 見学も出来るので大賑わいでした

ここからしばらく国道を離れ旧街道を歩きます。なんだかほっとします。
道路工事のために場所を移動して建てられている「生麦事件の碑」


旧街道は海が近いこともあって魚屋さんが軒を並べていました。
暑さとの闘いに負けそうであんまり写真が撮れませんでした(涙)
生麦を過ぎると見えてくるのが、以前より気になっていたJR鶴見線「国道駅」

このレトロな感じが凄いガード下!

まさに昭和な感じが漂っています。


 更に歩いて京急鶴見駅へ到着しました。
ここから京急蒲田駅までは昨年12月に歩きましたので、
今回は電車で移動します。
暑さの中しばし電車で休憩です。日本橋はまだ遥か・・・(続く)






目指せ三条大橋!!第25回東海道歩き~大津宿→三条大橋~

2013-07-25 07:42:06 | 街道歩き
 大津宿本陣跡を過ぎると道はどんどん上り坂になりました。

 これがあの百人一首でも有名な逢坂の関ですね。


 これやこの 行くも帰るも 別れては
    知るも知らぬも 逢坂(あふさか)の関
作者の蝉丸に因んだ「蝉丸神社」

赤い鳥居が見えました。

残念なのはこの道、とても交通量の多い通りなのですが、
歩道が左側にしかないのです。
でも「蝉丸神社」をはじめ史跡はすべて右側です・・。
坂を登りきったところにある「逢坂の関」の関所跡の碑


ここでちょっと休憩しました。
暑くて暑くて・・・

逢坂の関の反対側にも「蝉丸神社」がありました


 坂を下っていくといよいよ京都が近くなってきます。
すぐ上を走る名神高速のインター表示も京都になっています。


 旧街道沿いにある「車石」
轍が刻まれた石ですが、これから三条河原までの間に何度か見かけました。


 いよいよ京都市に入りました!!


 山科の町の中をひたすら西に向かって歩きます。

古いお寺や道標が沢山あります。やっぱ京都だなぁ・・。



 旧街道は三条通りに向かって右へカーブします。

 御陵(みささぎ) 天智天皇陵 とても大きく広いことに今更ながら驚きました。

入り口にある日時計

御陵一里塚のあと

ここで三条大橋までの最後の坂を控えてちょっと休憩しました。

九条山手前の坂でまさかの体温越えを経験・・・マジか・・・


 歩き出して6時間。炎天下の下、体力はほとんど残っていませんでしたが、
最後は気力だけで、歩きました。


 坂を登りきったら今度は蹴上交差点をみやこホテル方向に曲がります。
ここから三条大橋までは一本道ですが、なにしろ真夏の夕方に真西に向かって歩くので、
まぶしいやら、暑いやら・・・。日陰がないっ!

 それでも、京都っぽい町並みに癒されました

いきなりの鳥居にびっくり

白川です。三条大橋はもうすぐそこ・・・。


いよいよ見えましたっ!

橋の側まで到着です!!

凄い人出で賑わっていました

河原も人でいっぱいでした

木製の欄干はいいですね

弥次さん喜多さんの銅像にもご挨拶


 あ~、私とうとう京都まで来たんだぁ~~。

 昨年の今頃、ふと思い立ち自宅を後にしてから三条大橋に到達するまで一年以上かかりました。
夏空の下汗だくで歩いたことも、昨夜来降り積もった雪の中を歩いたことも、
にわか雨に降られてびしょぬれになったり、強風に吹き飛ばされそうになったり・・。

 でも、みんなみんな今では笑い話です^^

 さぁ、あとは保土ヶ谷から日本橋を目指すのみっ!!




目指せ三条大橋!!第25回東海道歩き~大津宿~

2013-07-24 07:21:01 | 街道歩き
 大津郊外「月輪一里塚跡です」

街道沿いには大きな旧家が建っていました。

「飛び出し坊や」って滋賀県が発祥の地らしいです。

もうあちこちで見られました

なんかかわいい^^


 そうんなこんなで、暑さでバテバテながらもどうにか「瀬田の唐橋」に到着しました

 武田信玄は死ぬ間際山県昌景に「瀬田に旗を立てよ」 と言い残しています。
どうしても上洛したかったのでしょうね。

水の流れが緩やかで本当に綺麗な橋でした

橋の下でちょっと休憩・・あぁ涼しい・・

欄干も綺麗です

橋を渡ると古い町並みが続きます


いいなぁこの感じ・・・

狭い路地をくねくねと辿りました(街道筋から離れて出鱈目に歩いています・・)

が、何故か路地の中で「膳所藩士」ゆかりのお寺「安昌寺」に遭遇


真っ直ぐ行くと旧街道沿いの「膳所神社」にたどり着きました

そして、その反対側が「膳所城址」です。

琵琶湖に面した水城だった膳所城は私の敬愛する戦国武将である「藤堂高虎」様が縄張りした
いわゆる「高虎の城」でもあります。

くたくたですが、「高虎の城」を見過ごすわけにはいきません。。

遺構は全く残っておりませんが、それでも「高虎の石垣」を求めて水際まで・・

琵琶湖です・・。暑いけど風が気持ちいです~。


 さて、旧街道に戻ります。


木曽義仲と彼を慕った松雄芭蕉の墓所がある「義仲寺(ぎちゅうじ)」です


更に進むと左手に見えてくるのが「滋賀県庁」です

ロシア皇太子狙撃事件があった「大津事件」の場所です

そして街道沿いの旧家・・これに癒されます

旧街道は大きく左にカーブします
京阪電鉄は路面電車にもなるんですね。

大津宿本陣跡



 さていよいよ京都へ向けて最後の難関「逢坂の関」を越えます。
しっかし暑いんです・・(汗・汗)(続く)