昭和は遠くなりにけり この国を愛し、この国を憂う がんばれ日本

昭和21年生まれの頑固者が世相・趣味・想いを語る。日本の素晴らしさをもっと知り、この国に誇りを持って欲しい。

私が生まれ育った昭和という時代23

2012-01-13 14:21:42 | 昭和の思い出
食卓であるが「卓袱台(ちゃぶだい)」をまず思い浮かべる。
我が家は円形の物であったが、食事の時だけ脚を伸ばして食卓になり、終われば隙間に収容され邪魔にならない。


考えてみれば寝具も全く同様で、起きれば押入れにしまわれる。
だから寝室などと言う物がそもそもない。
人は寝ているときに相当な汗をかくらしい、日本の布団はだから日乾しされる。
私は布団派でベットは使わないが、この面からは布団の方が健康的と思っているがどうなのだろうか・・・・・・・

ま~日本の家屋は狭かった、これらの智恵がなければとても家族が暮らせなかったのであろう。

この秋田などでも特に郡部では箱膳が使われていたらしい。私はこれは使ったことはない。
食事の時に母親だけは土間で食べたなどと聞くこともあるが俄かに信じがたい。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 私が生まれ育った昭和という... | トップ | 私が生まれ育った昭和という... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

昭和の思い出」カテゴリの最新記事