父の脊索腫治療記~重粒子線治療、頚椎後方除圧固定術~転移

脊索腫で重粒子線治療を受けた父の記録です。
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55 28年前の論文から

2013年08月03日 14時11分35秒 | 脊索腫掲載のサイトから
小脳橋角部にも脊索腫があると知り、
調べていたら、
1985年の古い論文を見つけた。

頭蓋底脊索腫の細胞形態

脊索腫には3つの細胞学的特徴があり、
本症例は、悪性度の低い成熟傾向を示す脊索腫であったと考えられる。


患者は、昭和58年に入院し、
ステロイド療法などの治療を行い、
上咽頭より斜台にかけての腫瘍を摘出。
1年半後に呼吸困難で亡くなっている。
死亡後の剖検(病理解剖)による論文。


1857年にVircrowによって最初に報告され、
1858年にMullerにChordom(脊索腫)と命名された。
わが国では、
1923年に大田義一によって初めて報告されている。


この古い論文の内容が、今も支持されるとしたら、
細胞的特長によっては、
悪性度の低い脊索腫もあると考えられるのだが、

私の知る限り、
1例の陽子線のみの治療をした方を除いて、
近年、
頭蓋底、斜台、小脳橋角部の脊索腫においては、
外科的手術により、できる限りの腫瘍摘出と、
術後の陽子線治療・ガンマナイフが通例となっている。
(脳に関わらない骨部の脊索腫については、
外科的手術は行われていない。重粒子線治療のみ)

この論文は31年前のことだが、
本当に、悪性度の低い成熟傾向の脊索腫ならば、
手術をしない方が、患者は長生きできたのかも知れない。

と、つい考えたくなるが、

近年の治療を考えると、
細胞的特長による治療判断は行われていないと考えられる。




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