カタチあるもの

宇宙、自然の写真をメインに撮っていますが、時々、読書、日常出来事について書きます。

【辻村 深月】 凍りのくじら

2018-05-26 07:14:19 | 読書_感想

 

【作品概要】

  作 者  辻村 深月
  発 表  2005年
  出版社  講談社

 

【ストーリー】

 高校2年生の理帆子はカメラマンの父親の影響もありドラえもんが大好きだった。藤子・F・不二雄を先生と呼ぶほどだ。その父親とも5年前に死別し、母親は末期癌で入院中、ひとりきりで大きな家に住んでいる。一人で本を読んでいるのは好きだが、いつも一人でいるのは好きではなかった。誰かと繋がっていたかった。小さい頃から利発な子だったが、頭が良すぎると孤立することを経験的に学び、自分の主張はほとんどせずに周りに合わせるようにしていた。見下しているわけではないが、周りにいる人の個性を「スコシ、○○」と呼んで遊んでいた。

 高校2年生の夏、図書館で「君の写真を撮らせてほしい」という青年、別所に出会う。突然の申し出に戸惑いながらも、話していくと不思議に波長が合う。理帆子は普段見せないような自分の内面を青年に見せていく。

 一方、理帆子には別れたボーイフレンド若尾がいた。若尾の”スコシ個性”は「スコシ、腐敗」、弁護士を目指している。若尾は高邁な理想を語る。しかし、弁護士になるための努力をほとんどしない。失敗はすべて他人のせいにして自分は正しいといつも主張していた。若尾から言い出して別れたのに、理帆子に電話してくる。心療内科にも通っているようだ。「スコシ、腐敗」がスコシではなくなってきていた。若尾は少しずつ壊れていった。

 

【感 想】

 ドラえもんの道具の中で真っ先に思い浮かぶのが「どこでもドア」、これは便利、どんなところに住んでいても通学・通勤できる、いつでもどんなところへも旅行ができちゃう。国境なんてほとんど関係なし、世界中が隣町、究極の道具だ。他にも「翻訳コンニャク」なんてのも、なぜ翻訳機とコンニャクがふっ付くのかという些細な疑問はおいておくことにして、もし持っていたとしたらとても便利。

 ドラえもんの世界の便利はカタチある道具だったけど、この物語の中のドラえもんの道具は人の性格の中に隠し持っているカタチのない道具、例えば「どこでもドア」だったら、どんなグループにも好きな時に自在に入っていける社交的な性格のようなもの、そんな考え方を主人公の理帆子はしていたんだけど、ちょっと”なるほどなぁ”と思うところがある。心というジャングルのような世界、十牛の教えのように理想とする心の状態を保つことは難しいけど、少し整理して歩きやすくできるような、そんな考え方のような・・・・、今度、ちょっと考えてみよう。

 そんな考え方をする頭のいい理帆子、これを周りの人達にも当てはめて、性格の特徴をドラえもんの道具で例えたり、「すこし、○○」というようなワンフレーズあだ名をつけて遊び、”自分を理解してくれる他人などいない”なんていうちょっと退廃的な心で他人を見ていたわけだが、郁也という本物の才能を持った子供に出会った時、心が動いたんだね。時間を潰していくだけの人生はもったいないということに。そして、最終的に父親と同じフォトグラファーとして真剣に写真に向き合っていったわけだ。

 こんな風に書くと人生を無駄にしないための教訓的な物語のように見えるけど、ドラえもんの道具や父親が不思議なカタチで導いたり、作者の工夫の中で深く味わうと違う面が見えてくるような、噛めば噛むほど的な物語でした。

 


【荻原 規子】 西の善き魔女

2018-05-21 06:55:34 | 読書_感想

 

【作品概要】
作 者:萩原 規子
発 表:2002年
出版社:中央公論社

【ストーリー】
 「第1巻 旅立ちの巻」「第2巻 戦いの巻」「第3巻 世界の扉の巻」「第4巻 星の詩の巻」の全4巻で構成される長編ファンタジー、第3巻に以降は外伝になるが、一連の物語として読むことができる。
 フィリエルは、グラール国の北の辺境のセラフィールドで生まれた。父親は天才的だが偏屈な天文学者、母親は女王家直系の王女だが駆け落ちをして王家から絶縁され、セラフィールドでフィリエルが幼い時に亡くなっていた。
 父親のディー博士は研究ばかりしていて子育てをほとんどしないため、フィリエルは近所のホーリー家で育てられた。フィリエルの家には、8歳の時に引き取られてきたルーンがいて、博士の助手として研究を手伝っていた。同じ歳であったため兄弟のように育ってきた。
 フィリエルが住んでいるルアルゴー伯爵領地では、15歳になると伯爵家主催の女王生誕祝祭日舞踏会に招待される。15歳のフィリエルは友人のマリエとともに舞踏会を楽しみにしていた。衣装はホーリーおばさんが水色の生地から作り、お母さんの形見という青い石のついた首飾りをしていった。舞踏会では、成り行きからルアルゴー伯爵の嫡男ユーシスと踊ることになった。ユーシスには血が繋がっていない妹アデイルがいた。アデイルは、女王の直系の孫で生まれてすぐに伯爵家に引き取られていた。アデイルはフィリエルの首飾りを見るとすぐに自室に呼び、フィリエルから採った少量の血を青い石の上に垂らした。青い石は徐々に赤く染まっていった。フィリエルは女王直系の孫だったのだ。

【感 想】
 4巻を重ねてみると13.3cm、厚い、厚い、長い、長い・・・・、しかし、読んでみると面白い。一気に読み進めて12時間、ゴールデンウィーク期間中だったため2日間で読破しました。物語のスピード感が一気に読ませてくれた感じです。
 辺境の荒野で育った少女が実はその国の女王の孫だったというファンタジックな出だし、女王直系の身でありながら母親が王籍を剥奪されているため女王候補としての身分はなし、そこから冒険、恋、友情などなど・・・、楽しく読ませていただきました。出だしが少女漫画チックだったため、最後まで読めるだろうかと不安を感じましたが、途中からは冒険要素が伸び出し、ゴール近くではSFっぽくなっていて飽きさせてなるものか、という作者の意気込みが感じられます。
 女王候補は3人、主人公のフィリエルは自分の気持ちにまっすぐで困難にも飛び込んでいき既存のシステムを破壊、変革する型破りな少女、アデイルは外見はお嬢様のような出で立ちだが、ストーリー構築に卓越した才能があり、有能な協力者を集めて適材適所で動かしていくタイプの少女、レアンドラは女性としての一級の魅力を持ち有能な男性を虜にして動かしていくこともできるが、強力な指導力を発揮して指導者として動かしていくこともできるリーダータイプ、タイプの異なる3人が競争、時に協力しながら女王を中心とした世界の秘密に迫っていくところに物語の面白さを感じます。
 舞台設定にも面白さがありました。物語は遙か未来、そして地球以外のある惑星(?)、科学技術を発展させて地球を滅亡させてしまった人類は、新天地を目指して大型宇宙船で飛び立ち、ある惑星にたどり着く。その惑星では恐竜が繁栄していた。地球を滅亡させてしまったという苦い記憶から、惑星の環境維持には最新の注意を払いながら、恐竜と人類が交わらないようにフォースフィールドを構築し、限られた範囲内で人類の生存を図っていくこととなった。と・・・・、物語の中で詳しく語られていないのですが、妄想を豊かにするとこんな感じかと。
 今の世界は、どちらかというと男性優位の社会、男性の基本的な性格として競争して勝つことに憧れを感じる、権力拡大した己の姿を想像して優越感に浸れるというのがあります。女性の基本的な性格はよくわかりません。一般的には、女性は家あるいは家族を維持繁栄させたいという願望を持っているといわれますが。
 日本の戦国時代を考えると、男性中心の社会では戦いと征服を繰り返しながら国が大きくなっていき、最終的には一つにまとまるという進歩が速い傾向がありますが、しかし、犠牲も大きい。科学が発展していない段階であれば、戦いによって地球が滅びることもないのでしょうが、科学が一定以上に発達した段階では地球を滅亡させる恐れすらあります。物語の中では地球を滅亡させた記憶もあるようです。
 物語の中では、こんな過去の苦い記憶から国造りの基本を女王支配とし、初代女王からの女性直系の子孫のみが女王となる仕組みが作られています。女王候補は生まれてすぐに他家に預けられ、周りすべてが他人という状況の中で知力、女性としての魅力、行動力、統率力を磨き、権謀術数を弄しながら裏から支配する術を小さい頃から学び、女王となってからは男性を立てながらも裏から支配する表と裏の顔を持つ、「西の善き魔女」とは、こんな女性のことを言っています。
 科学技術は異端として厳しく取り締まり、一方で女王は科学技術を駆使した監視システムによって、国の状況や隣国の情勢をつぶさに知ることができると、こんな感じの背景設定でした。私は科学好きなので、異端として取り締まられたら困りますが、女性中心の社会というのは、どんな社会になるのか、ちょっと興味も。

 

 


【恩田 陸】 夜のピクニック

2018-05-18 06:36:47 | 読書_感想

 

 【概 要】

作  者  : 恩田 陸
発表年度 : 2004年
出版社  : 新潮社
受  賞  : 2005年度 本屋大賞

【ストーリー】
 主人公は進学校に通う甲田 貴子と西脇 融。二人は同じ歳で、貴子は融の父親が貴子の母親と浮気してできた子供、融の家はそのことが原因でいつでもぎこちなく、心通わない雰囲気があった。そんな環境で育ったこともあり、甲田親子を認めたくない気持ちが強かった。
 二人の父親は中学生の時に亡くなり、貴子は母親とともに葬儀に出席した。母親は違っても兄妹、少し期待する気持ちを持って葬儀に出席したが、融の冷たい視線を受け、西脇親子に恨まれていることを自覚した。
 二人は偶然に同じ高校に進学し、3年生の時に同じクラスになる。融は貴子を徹底的に無視、貴子は冷たい視線に耐えていた。もちろん、学校の友人達にも二人の関係を話したことはないが、周りの友人達は二人がお互いに意識しあっていると感じていた。
 毎年秋に開催される大歩行祭、二人の友人達は、それぞれに歩行祭を通して二人の関係を進展させてあげたいと画策する。
 一方、貴子は歩行祭の時に融に話しかけて返事をもらうという賭けをしていた。

【感 想】
 父親の浮気相手の異母兄妹が同じクラスにいる。こんな状況はそうそうないと思うが、そんな設定がこの物語のベースになっている。
 融は家庭を壊した憎むべき親子と思い込もうとしている。一方、貴子は、世界で二人だけの兄妹だから、いがみ合うのではなく助け合ったり、励まし合ったり、協力し合える関係になりたいと願っている。
 貴子の親友である美和子と杏奈は、貴子の母親から融のことを聞いていたが、貴子はこのことを知らなかった。二人は貴子と融の関係を側から見ていて、ひそかに一歩進ませてあげたいと思っている。特に杏奈は融への想いもあり、アメリカから弟を起爆剤として差し向けていた。貴子の性格や心情を十分に理解した上で、”新たな段階へ登らせてあげたい”というちょっとだけレベルの高い思いやりで接していたところが好感が持てた。高校生という年代でここまで考えてあげられる。頭が良いというだけではなく、人間としてのレベルの高さがうらやましく思えるような関係だった。
 一方、融の親友の忍は、融と貴子がお互いに意識し合い、ふっ付きたいと思っているように感じ、密かに持っていた貴子への想いを断ち切って二人の願いを叶える手助けをしようと画策する。
 80kmをただ歩くだけという過酷な歩行祭、それを共に歩いたという一体感の中でこそ変えることのできる関係、それぞれの心情や積み重ねてきた想い、そして友人への思いやり、物語は歩くようなペースで進んでいく。
 女性に読んでほしい小説第○位なんて帯に書かれていて、レジに持って行くのにためらった部分もあったが、読後は80km 歩いた充実感? 一体感? のようなものがあり、読んでよかったと思える小説だった。

 

 


【村山 早紀】 桜風堂ものがたり

2018-05-15 06:09:50 | 読書_感想

 

【概 要】
 作  者 : 村山 早紀
 初版年度 : 2016年
 出 版 社 : PHP研究所

【ストーリー】
   主人公の月原 一整は、幼い頃に母親を病気で、7歳の時には父親と姉を交通事故で亡くして祖父母の家に引き取られた。祖父母は、将来を嘱望していた娘を駆け落ち同然で奪われたと感じていたこともあり、一整に対して冷たかった。その上、事故の原因を父親の飲酒運転にされてしまい、父親が飲酒などしていなかったということをどんなに主張しても祖父母でさえ信じてはくれなかった。
 心の傷が癒えないまま少年期を過ごした一整は、他人との積極的な交流を避けるようになっていった。そんな主人公の唯一の救いが本だった。
 大学生の頃から書店でバイトし、卒業後もその書店に就職した。店長や同僚が皆本好きという居心地の良い環境を得て、充実した毎日を過ごしていた。
 前々から注目していた団 重彦が小説を出版することを知り、一整はその本を多くの人に届けていきたいと願い活動を開始する。団 重彦は一整が少年期にずっと見ていたドラマのシナリオを書いた人物だったが、現在では活動していなかった。ブログでは大病を患って入院していることが記されていた。
 そんな中、書店で中学生の万引き事件があり、一整は犯人の少年を追いかけていたが、その最中に少年が車に撥ねられてしまう。この事故に対して書店に抗議や非難が殺到し、一整は書店を辞めることを決断する。

【感 想】
   ひとつのことに真摯に向き合う姿は、周囲に大きな影響を与え、関わった人の人生を豊かにする原動力となる。
 一整がそこまで責任を負う必要はないのではないか。書店の仲間は誰もがそう感じた不運な事故。しかし、事情を知らない他人は、車に撥ねられるまで万引きした少年を追い詰める必要はなかったのではないかと非難する。抗議や非難が書店が入居しているデパートにまで及んできたことから、一整は自分の未来を描いていた書店を辞めることを決断をした。
   一整が売り出そうとしていた小説「四月の魚」の主人公リカコは40代で癌になり余命宣告を受ける。様々な宗教書を読みあさり、命のこと、夢見ること、誰かや何かを愛することについて考え、思い出を振り返る。叶わない思いを抱いたまま愛する家族と別れなければならない、その過去な運命を受け入れることの苦さ、聖書に記されている「苦い杯を受け入れて初めて永遠の命を得る」という一節、主人公の一整もその生い立ちを考えると、苦い杯を何回も受け入れている。そして、この不運な事故に対する無関係な他人からの抗議という苦い杯を受け入れた時、一整は田舎の書店という自分の居場所を与えられ、新たなステージに進んでいる。その間、一整の仕事に対する真摯な姿に共感したかつての同僚達が連携し、「四月の魚」を売り出すためのキャンペーンに奔走する姿が描かれていて、苦い杯を何回も飲まざるを得なかった、しかし、それに真摯に向き合ってきた人への応援ソングのような物語に感じた。
   物語の冒頭で描かれている廃校となった田舎の小学校とその図書室に住む子猫、読んでいる時は、なぜ物語とほとんど関係していないエピソードを冒頭に持ってきたのかと疑問を感じたが、読み終わってみると、これが作者が描いた物語の原風景なんだと納得した。物語全体を通してそんな原風景が見えてくる、そして、桜の季節の香りをかすかに感じる物語です。

 

 

 


【恩田 陸】蜜蜂と遠雷

2018-05-12 06:48:55 | 読書_感想

 

 

【作品概要】

  作 者   恩田 陸
  発 表   2016年
  出版社     幻冬舎

【ストーリー】
 3年毎に開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール、ここで優勝した人は、その後、著名ピアノコンクールで優勝するというパターンが続き、新たな才能の登竜門として世界的にも注目されるコンクールである。このコンクールに異なる才能を持つ3人の天才コンテスタントが挑戦する。
 栄伝 亜夜 20才 幼い頃からピアノに親しみ、天才ピアニストとして小学生の時から活動を開始したが、指導者兼マネージャーの母親の死からステージでピアノが弾けなくなり、その後は、自分自身の楽しみとして音楽に親しんでいた。母親と音楽大学で同級生だった浜崎学長の推薦もあり、音楽大学に進学する。そして、芳ヶ江国際ピアノコンクールに出場することとなった。
 風間 塵 16才 父親は大学の研究者だが、ほとんど塵を連れて養蜂で生計を立てている。小さい頃からピアノが好きで、養蜂で行く先々でピアノが弾ける場所を探してピアノを弾いてきた。生まれながらにピアノの才能を持ち、譜面は買えないので聞いて曲を覚えてしまう。また、ピアノは調律されていないことも多く、自然に調律の技術やピアノをより効果的に鳴らす技法もマスターしていた。そんな時に世界的なピアニストであるホフマン先生に出会い、芳ヶ江国際ピアノコンクールに推薦された。
 マサル・カルロス 19才 幼い頃に栄伝 亜夜と出会ってピアノを始める。パリに引っ越してから本格的にピアノを習い始め、コンセルヴァトワールを2年で卒業した天才である。その後、アメリカのジュリアード音楽院の学生である。著名なピアニストであるナサニエルに師事している。
 この他にも、努力の天才、高島 明石など、異なる才能が触発し合いながらコンクール予選、本選を通して更なる高みへと成長を重ねていく物語である。

【感 想】
 子供の頃にピアノを学ぶ人は多い。ある統計によると日本のピアノ人口は200万人程度、ピアノ演奏を生業としているコンサートピアニストは100人くらいという。実に2万人に1人という割合である。そう考えると、ピアニストが天才というのは当たり前にような気がしてくる。
 この物語には人の天才ピアニストが登場するが、それぞれがピアノ界を変革してしまうほどの特異な個性を持っている。ひとえに天才と言っても様々なタイプがあり、努力を積み重ねることで自分自身の音楽を向上させていく天才、テクニックの天才、音感やテクニック、暗譜などは幼い頃に習得してしまい、その上で聞いている人に感動を与える本物の天才等々、この物語に出てくる天才はいずれも後者の天才である。
 本書は、その天才の演奏を言葉で伝えようとしていることにまず驚き、しかも演奏の躍動感や感動が伝わってきたところに、また、驚いた。クラシック音楽の専門的な用語も随所にちりばめられていて、綿密な取材や勉強を十分に行った上で取り組んだ小説だということが窺える。
 特に栄伝 亜夜と高島 明石が、コンクールの予選を通過する毎に演奏がステップアップしていく様はワクワクして応援しながら読んでいた。深いテーマを設定して書かれている小説というものでもないが、共感と感動を十分に味わうことのできる良書だった。