【概 要】
作 者 : 宮下 奈都
初版年度 : 2015年
出 版 社 : 文藝春秋
【物語の始まり】
放課後の静かな体育館、中間試験期間中のため誰もいない。外村は先生に頼まれて体育館に置かれているグランドピアノのところまで調律師を案内した。その人はピアノの前に立つと四角い鞄を床に置き、僕に会釈をした。これでもういいです、ということだと思った。体育館からつながる廊下に出ようとした時、後ろでピアノの音がした。振り向くと、その人はピアノを弾いているのではなく、音を点検するみたいに鳴らしているのだった。
僕が戻ってもその人は気にしなかった。鍵盤の前から少しずれてグランドピアノの蓋を開けた。僕にはそれが黒い羽に見えた。森の匂いがした。秋の夜の森の匂いだ。
「ここのピアノは古くてね。とてもやさしい音がするんです。いいピアノです。」
「ちょっと見てみましょうか。こうして鍵盤を叩くと、ほら、この弦をハンマーが叩いているでしょ。このハンマーはフェルトでできているんです。」
トーン、トーンと音がした。
「さっきよりずいぶんはっきりしました。」
「何がはっきりしたんでしょう。」
「この音の景色が。」
「あなたはピアノを弾くんですね。」
「いいえ。」
「でも、ピアノが好きなんですね。」
答えられずにいると、「よかったら、ピアノを見に来てください。」と言って名刺を差し出した。調律師 板鳥 宗一郎と書いてあった。
【感 想】
物語を読んでみて、森の雰囲気、鬱蒼と茂る自然森ではなく、下草が苅られて整備された森、人が近くに住んでいて散歩できるような森、というような感じを受けたのですが、この物語を書き上げた時、作者は北海道のトムラウシに住んでいたそうですね。北海道に住んでいる人でも「トムラウシ? どこ?」っていう人が多いと思いと思いますが、仕事柄、山奥に行くことが多い私は”トムラウシ”という場所を知っています。この物語の背景は、あのような感じの森なんだと妙に納得しました。
主人公の外村は小学校と中学校しかないような田舎に生まれ、中学を卒業すると旭川という中堅都市の高校に行ったようです。調律師 板鳥に出会うまで、音楽にまったく関わってこなかったので気づくことはなかったが、素晴らしい演奏を嗅ぎ分けることができる優れた耳を持っていた。
一流の調律師である板鳥と出会い、本人も気づかなかった自分の能力を意識し、その能力を生かすことのできる道を開くことができた。そして、板鳥のいる会社に就職し、ピアノの調律を通して人間的に、そして調律師として成長していく。そんな姿が”淡々”と描かれていて、”純粋な努力”、が伝わってくる作品でした。
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