
旧帝国海軍 連合艦隊旗艦 三笠
神奈川県横須賀市稲岡町 三笠公園
ぼくが歴史記事を書く際の行動は、対象の時代、人、場所にまず注目します。
そして可能な限り現地に赴き、史跡等を撮影し、周囲を歩いてみます。帰宅した後(或いは探索前)は関連書籍を読み漁り、その時代、出来事の西暦と共に元号に間違いは無いか【これを間違えると台無しです】…あとは稚拙ながら思うまま文章にして掲載という流れです。
Gooブログに引っ越し、記事を書く様になってきてから何年にもなりましたが、まだ何か足りないな…と感じるようになりました。
それが乗り物なんです。



ちなみに今日は、東京、新橋〜台場あたりを巡って日帰りで帰って来ました。
行きは始発のJR電車〜帰りは東京駅八重洲口から高速バスでした。
現代人にとっても乗り物は、通勤、通学、買い物等に至る上で生活する上でも欠かせないモノとなりました。
乗り物…
平安時代あたりだと、
高級貴族の乗る牛車(ぎっしゃ)
平安後期から鎌倉時代以降は
武士の時代の到来もあり、馬へ。
そして舟〜船も時代の推移から大型化し、
幕末には黒船の蒸気船〜
ペリーが幕府に献上した模型から知るところとなった蒸気機関車。
書き始めたら、キリがありませんが、乗り物にも歴史がたくさん詰まっています。
そこで、今までの人や時代を捉えた通常の歴史記事に加え、乗り物についても書いてみようと考えました。
第1回目は、
旧帝国海軍 連合艦隊旗艦【三笠】を取り上げます。
三笠は日本が大国ロシアに勝利した日露戦争当時の連合艦隊旗艦です。
連合艦隊とロシア、バルチック艦隊の戦力差は2倍以上あり、それも その戦力差を翻し、圧倒的な勝利に終わるという戦史に残るものとなりました。
勝因はまず、日本側の人の力にあると
ぼくは信じています。
海軍兵学校を首席で卒業、海外留学で戦略、戦術を学び、観戦武官として徹底的に研究した参謀、秋山真之。
古くは幕末、薩英、戊辰戦争を体験。明治には秋山真之に先んじて海外留学、日清、日露戦争において冷静沈着な指揮で海軍の勝利をもたらした司令長官の東郷平八郎。
帝国海軍の組織を徹底的に整備し、東郷の指揮能力を高く評価、東郷を信頼して連合艦隊を託した海軍大臣の山本権兵衛。
日本の劣る戦力差を柱となった3人でカバーし、勝利に結びつく結果をもたらしました。
2に続きます。