ゲームセンターの中はうるさかった。ゲーム機から明るい音楽が鳴り響き、それに負けじと店内のスピーカーからは流行の歌が流れている。
自動ドアを開け店内に入った零は、中を軽く見廻し、奥で脱衣マージャンをしている知った顔を見つけると、真っ直ぐに歩み寄った。
紺のブレザーを着たその男子学生は、零に気付かずゲームに熱中している。周りの三人は気付いたが、なにかするより零の方が早かった。
思い切り、座っていた椅子を払いのける。男子生はきれいに尻餅をついた。
「おい、さっきは随分と舐めた態度とってくれたじゃねぇか。まさか、あのままで済むと思ってたわけじゃないだろうな?」
自分を見上げる顔は忘れもしない、喫茶店で瞳をブス呼ばわりした男だ。
男はゆっくりと立ち上がると、零に触れるか触れないかまで近付いて、凄みを効かした眼で見下ろした。
「あの時のチビか。ブスはどうした? 置いてきたのか。わかるぜ、連れて歩くのは恥ずかしいもんな」
「また云ったな。彼女をブスと呼ぶことは許さん。馬鹿にすることもだ」
「ケッ。ブスをブスと呼んでなにが悪い。てめぇ、ここがどこかわかってんのか?」
いつのまにか零は囲まれていた。狭い店内にいたのはみな白桜学院の生徒で、その数十人。
「まさか、ポリとかは期待してないよな。いまいる定員もうちの生徒だ。てめぇの味方は一人もいないんだぞ」
零はチラッと一番奥にあるカウンターを覗いた。中にいる茶髪の若者は、店の制服を着ているが、確かにニヤついた笑みを浮かべて、警察に通報する気配は見えない。
店内をぐるりと見廻し、全員がやる気であることを知った零は、男達の背が凍りつきそうなほど凄みのある笑いを浮かべた。
「ちょうどいい。全員に刻み込んでやる。女を馬鹿にした奴がどんな目にあうかということをな」
「云ってろ、このチビ!」
頭突きがきた。それが喧嘩開始の合図となった。零はよろめきながらも前蹴りを繰り出し、相手に呻き声を上げさせた。
他の生徒が、一斉に殴りかかってきた。
喧嘩は数だ。
四方を取り囲まれ、零はいいように殴られ蹴られている。手近な椅子で攻撃してくる奴もいた。それらを可能な限り避け、防ぎ、必死に反撃を続けた。
驚くべきはそのタフネスぶりだ。この中にあって一番身体の小さな零が、誰よりも打たれ強かった。唇を切り、身体のあちこちに痣をつくり、それでも膝をついたりしない。それどころか、確実に相手を打ち倒し続け、気がつけば敵の数は残り四人にまで減っていた。
「化け物か、こいつは」
洩らした男は肩で呼吸している。零は見た目はボロボロだったが、瞳に灯る闘志は消えていない。握る拳の力も変わっていない。
四対一では相手に分が悪すぎた。瞬く間に、二人が沈む。
「あと、二人か」
息を大きく吐いて零が呟いた。
「おいおい、勝つ気か? そんなボロボロの身体でよ!」
威勢のいい声を出したのは、喫茶店にも来ていた男だ。どこから持ち出したのか、木刀を手にしている。
「俺は剣道の有段者だぜ。これさえありゃ、お前なんか目じゃないぜ!」
力強い素振りで威嚇してくる。
「マジかよ。まさか、マイ木刀じゃねぇだろうな。ゲーセンにそんなの置いとくなんて、どんだけビビリなんだよ」
零が呆れた声を出す。
「うるせぇ!!」
叫ぶと同時に突いてきた。狙いは顔。躱しながら掴もうとしたが、引く方が早かった。むなしく拳を握り締める。そこへ二撃目が来た。今度は躱せない。左肩に激痛が走る。
「木刀が掴めるかよ! 漫画じゃないんだぜ」
連撃が来た。頭こそは守ったが、腕、胴、脚としこたま打たれた。
「オラオラッ! どうしたどうした? もう終わりか。土下座すっか、土下座をよ!!」
再び打ち込んできたので、合わせて前に出た。距離を詰めればこっちのもの、と考えたのだが上手くいかない。振り下ろす柄でまたも左肩を強打された。さすがに零の顔色が変わる。そのまま蹴りで突き放された。
「よう、まだやんのかよ? いい加減観念したらどうだ。謝んなら許してやっててもいいぜ。ただし、これからは毎月金を納めてもらうけどな」
「……金か。おまえらにやる金はねぇな。それに、俺は別に金が欲しいわけじゃないからな。そんなんで許してもらえると思うなよ」
満身創痍。いまの零には、そんな言葉が良く似合う。だが彼はまだ立っているし、心も折れていない。
「謝んないならいいや。死んじまいな」
木刀を降りかぶり、前に出てきた。その瞬間、零の足が高く上がる。二人の距離は縮んでいない。それを埋めたのは、足に引っ掛け放り投げた椅子だった。男の足が止まる。
すかさず零が前に出た。右手にもう一つ椅子を持って。
容赦ない一撃に男の態勢が崩れた。畳み掛ける攻撃に、木刀を放しうずくまる。
「忘れんな。金は要らない。だが、二度と女の悪口は云うな。それと、俺の前に立つんじゃない」
椅子を片手に見下ろす姿は、悪鬼を踏みつける憤怒の闘神を想わせる。
「返事は?」
「は……はい」
力ない返事に、零は満足して椅子を放した。
「さて、と。お前で最後だな」
最初に前蹴りを入れた相手である。事の発端でもある。
「う、うるせぇ! 近付くんじゃねぇよ。これが見えないのか!」
手には安っぽいナイフが握られていた。震えている。零の強さを目の当たりにして、恐怖を押さえることが出来ないのだ。
「なんだ、そりゃあ。お前刺す勇気あんのかよ? あ、あるか。そうだよな。意気地のねぇ奴ほど、あっさり刺して、そんなつもりじゃなかったとか云うんだよな」
零はナイフを見ていない。大袈裟な身振りを見せて油断させ、隙を突いて間合いを詰める。男は驚く暇さえ与えられずに、ナイフを叩き落された。
「いいか、お前は今日から女の奴隷だ」
身体をぴったりとくっつけ、零が囁く。
「女性の言うことにはすべて『はい』と答えて実行しろ。口答えは許さん。刻んどけ、破るとどうなるかということを!」
両手で軽く相手を押す。間合いが少し離れた瞬間、零は跳び上がり、相手の顎に膝蹴りを叩き込んだ。
崩れ落ちる相手を冷やかな目で見下ろし、
「次に女に対して暴言を吐いた時には、顎を完璧に砕いてやる。忘れるな」
と云い捨てる。
店内に立っている者は、もう二人しかいなかった。
カウンターの中で呑気に観戦していた男は声を失い、警察に電話をするということさえ忘れているようだった。
「あ……あんた、一体何者だよ?」
ようやく口に出来た言葉はそれであった。
「誰でもいい。俺は今日ここに来なかった。わかるな?」
カウンターに詰め寄り、男を睨みつける。
「お前がこの後どう処理しようが勝手だが、俺は来なかった。いいか。人に聞かれて嘘をついたりしたら、どこへ逃げても見つけ出し、身体中の骨を一本ずつ砕いてやるからな」
「お前その制服、森宮だよな。森宮のくせに、うちにこんな真似してただで済むと思ってんのかよ?」
バチン!! と心地よい音が鳴る。余計なことを喋る男の頬を、おもっいっきりビンタしてやったのだ。
「聞こえたか? 聞こえたのなら返事だ」
「うぅ、わかったよ。あんたはここに来なかった」
男は涙目になっている。
「まったく、森宮にこんなおっかない奴がまだいただなんて。あそこはカルテットの四人だけじゃないのかよ」
男は噂でしか四人の話を聞いていないらしい。しかもいい加減な噂なのだろう。正確なものなら知っていたはずだ。森宮カルテットの一人に、背の低い一匹狼がいると。怒らしたら鬼より恐い、荒くれ狼がいると。
嘆く男を残して、零はゲームセンターを後にした。身体のあちこちが痛んだが、いつものこと、とあまり気にかけなかった。
翌朝、登校中にいつもの連中と会った。一人は身体の大きい老け顔の男。もう一人はどこにでもいそうな茶髪の男。二人とも、入学早々に零と派手な喧嘩をやらかして、以来よくつるんでいる仲だった。
「なんだレイ、喧嘩か? 相変わらずお前は喧嘩好きだな」
なにが嬉しいのか、笑顔で話しかけて来たのは大柄な坂間だ。
「で、勝ったの? って、お前が負けるはずいないか。あ、ひょっとしてあれか? 昨日、白桜の何人かが病院送りになったって、犯人お前か?」
相変わらず情報通な所を見せる笹木。この男は交友関係がやたら広いため、あちこちからいろんな話を仕入れてくる。
「うるせ。人を狂犬みたいに云うな」
朝っぱらから零は不機嫌だ。
「なに云ってんだよ。お前狂犬じゃねぇか。あ、なんだ。狂狼とでも云ってもらいたいのか?」
「うるせぇってんだよ」
足を振り上げたが、残念。躱された。
「よお、みんな楽しそうだな」
そういって現れたのは武内だ。
「なんだ、今日は彼女いないのか?」
「日直だって、先行っちまった」
坂間の問いに肩をすくめて答える。
「俺も行くって云ったのに、寝坊したら置いてかれちゃったよ。ひどい話だろ?」
「武内、お前ラブラブか?」
ひどいと云いつつ、幸せそうな笑みを浮かべる友に零が訊ねる。
「もちろん。決まってんだろ」
「そうか」
つまらなそうに頷くと、思いっきり蹴り飛ばしてやった。
「イテッ。なにすんだよ!」
「別に。ちょっとむかついて」
それだけ云うと、三人を置いて歩き出す。
「なに、あいつ。なんかあったの?」
武内が声を潜めて二人に訊ねる。
「さぁ、便秘か?」
「うわ、坂間、その選択肢はねぇわ。顔だけじゃなく、発想もおっさんだな」
「なんだと、笹木!」
背にあたる声がうるさい。それを無視して先を急ごうとすると、前に見覚えのある黒髪が揺れていた。
ふいに既視感が零を襲った。寒い季節。同じように女性の後姿を見たような気がする。あの時も、彼女の背はピンと張られ、迷いも悔いもないように、明日に向けて進んでいるように見えた。
肩が叩かれる。振り向くと、武内の顔がそこにある。
「どうした。片思いの季節か? 相手あの女? 良い感じじゃん。よし、手伝ってやるよ」
一方的に話が進む。それを断ち切り、
「あのひと。良い女だと思うか?」
訊ねると、
「ああ。俺の女性を見る目は狂いがない。彼女は絶対に良い女だ」
と力強い返事が返ってきた。
「そうか。やはりお前もそう思うか」
零は嬉しそうに頷くと、もう一度武内のことを蹴飛ばした。
自動ドアを開け店内に入った零は、中を軽く見廻し、奥で脱衣マージャンをしている知った顔を見つけると、真っ直ぐに歩み寄った。
紺のブレザーを着たその男子学生は、零に気付かずゲームに熱中している。周りの三人は気付いたが、なにかするより零の方が早かった。
思い切り、座っていた椅子を払いのける。男子生はきれいに尻餅をついた。
「おい、さっきは随分と舐めた態度とってくれたじゃねぇか。まさか、あのままで済むと思ってたわけじゃないだろうな?」
自分を見上げる顔は忘れもしない、喫茶店で瞳をブス呼ばわりした男だ。
男はゆっくりと立ち上がると、零に触れるか触れないかまで近付いて、凄みを効かした眼で見下ろした。
「あの時のチビか。ブスはどうした? 置いてきたのか。わかるぜ、連れて歩くのは恥ずかしいもんな」
「また云ったな。彼女をブスと呼ぶことは許さん。馬鹿にすることもだ」
「ケッ。ブスをブスと呼んでなにが悪い。てめぇ、ここがどこかわかってんのか?」
いつのまにか零は囲まれていた。狭い店内にいたのはみな白桜学院の生徒で、その数十人。
「まさか、ポリとかは期待してないよな。いまいる定員もうちの生徒だ。てめぇの味方は一人もいないんだぞ」
零はチラッと一番奥にあるカウンターを覗いた。中にいる茶髪の若者は、店の制服を着ているが、確かにニヤついた笑みを浮かべて、警察に通報する気配は見えない。
店内をぐるりと見廻し、全員がやる気であることを知った零は、男達の背が凍りつきそうなほど凄みのある笑いを浮かべた。
「ちょうどいい。全員に刻み込んでやる。女を馬鹿にした奴がどんな目にあうかということをな」
「云ってろ、このチビ!」
頭突きがきた。それが喧嘩開始の合図となった。零はよろめきながらも前蹴りを繰り出し、相手に呻き声を上げさせた。
他の生徒が、一斉に殴りかかってきた。
喧嘩は数だ。
四方を取り囲まれ、零はいいように殴られ蹴られている。手近な椅子で攻撃してくる奴もいた。それらを可能な限り避け、防ぎ、必死に反撃を続けた。
驚くべきはそのタフネスぶりだ。この中にあって一番身体の小さな零が、誰よりも打たれ強かった。唇を切り、身体のあちこちに痣をつくり、それでも膝をついたりしない。それどころか、確実に相手を打ち倒し続け、気がつけば敵の数は残り四人にまで減っていた。
「化け物か、こいつは」
洩らした男は肩で呼吸している。零は見た目はボロボロだったが、瞳に灯る闘志は消えていない。握る拳の力も変わっていない。
四対一では相手に分が悪すぎた。瞬く間に、二人が沈む。
「あと、二人か」
息を大きく吐いて零が呟いた。
「おいおい、勝つ気か? そんなボロボロの身体でよ!」
威勢のいい声を出したのは、喫茶店にも来ていた男だ。どこから持ち出したのか、木刀を手にしている。
「俺は剣道の有段者だぜ。これさえありゃ、お前なんか目じゃないぜ!」
力強い素振りで威嚇してくる。
「マジかよ。まさか、マイ木刀じゃねぇだろうな。ゲーセンにそんなの置いとくなんて、どんだけビビリなんだよ」
零が呆れた声を出す。
「うるせぇ!!」
叫ぶと同時に突いてきた。狙いは顔。躱しながら掴もうとしたが、引く方が早かった。むなしく拳を握り締める。そこへ二撃目が来た。今度は躱せない。左肩に激痛が走る。
「木刀が掴めるかよ! 漫画じゃないんだぜ」
連撃が来た。頭こそは守ったが、腕、胴、脚としこたま打たれた。
「オラオラッ! どうしたどうした? もう終わりか。土下座すっか、土下座をよ!!」
再び打ち込んできたので、合わせて前に出た。距離を詰めればこっちのもの、と考えたのだが上手くいかない。振り下ろす柄でまたも左肩を強打された。さすがに零の顔色が変わる。そのまま蹴りで突き放された。
「よう、まだやんのかよ? いい加減観念したらどうだ。謝んなら許してやっててもいいぜ。ただし、これからは毎月金を納めてもらうけどな」
「……金か。おまえらにやる金はねぇな。それに、俺は別に金が欲しいわけじゃないからな。そんなんで許してもらえると思うなよ」
満身創痍。いまの零には、そんな言葉が良く似合う。だが彼はまだ立っているし、心も折れていない。
「謝んないならいいや。死んじまいな」
木刀を降りかぶり、前に出てきた。その瞬間、零の足が高く上がる。二人の距離は縮んでいない。それを埋めたのは、足に引っ掛け放り投げた椅子だった。男の足が止まる。
すかさず零が前に出た。右手にもう一つ椅子を持って。
容赦ない一撃に男の態勢が崩れた。畳み掛ける攻撃に、木刀を放しうずくまる。
「忘れんな。金は要らない。だが、二度と女の悪口は云うな。それと、俺の前に立つんじゃない」
椅子を片手に見下ろす姿は、悪鬼を踏みつける憤怒の闘神を想わせる。
「返事は?」
「は……はい」
力ない返事に、零は満足して椅子を放した。
「さて、と。お前で最後だな」
最初に前蹴りを入れた相手である。事の発端でもある。
「う、うるせぇ! 近付くんじゃねぇよ。これが見えないのか!」
手には安っぽいナイフが握られていた。震えている。零の強さを目の当たりにして、恐怖を押さえることが出来ないのだ。
「なんだ、そりゃあ。お前刺す勇気あんのかよ? あ、あるか。そうだよな。意気地のねぇ奴ほど、あっさり刺して、そんなつもりじゃなかったとか云うんだよな」
零はナイフを見ていない。大袈裟な身振りを見せて油断させ、隙を突いて間合いを詰める。男は驚く暇さえ与えられずに、ナイフを叩き落された。
「いいか、お前は今日から女の奴隷だ」
身体をぴったりとくっつけ、零が囁く。
「女性の言うことにはすべて『はい』と答えて実行しろ。口答えは許さん。刻んどけ、破るとどうなるかということを!」
両手で軽く相手を押す。間合いが少し離れた瞬間、零は跳び上がり、相手の顎に膝蹴りを叩き込んだ。
崩れ落ちる相手を冷やかな目で見下ろし、
「次に女に対して暴言を吐いた時には、顎を完璧に砕いてやる。忘れるな」
と云い捨てる。
店内に立っている者は、もう二人しかいなかった。
カウンターの中で呑気に観戦していた男は声を失い、警察に電話をするということさえ忘れているようだった。
「あ……あんた、一体何者だよ?」
ようやく口に出来た言葉はそれであった。
「誰でもいい。俺は今日ここに来なかった。わかるな?」
カウンターに詰め寄り、男を睨みつける。
「お前がこの後どう処理しようが勝手だが、俺は来なかった。いいか。人に聞かれて嘘をついたりしたら、どこへ逃げても見つけ出し、身体中の骨を一本ずつ砕いてやるからな」
「お前その制服、森宮だよな。森宮のくせに、うちにこんな真似してただで済むと思ってんのかよ?」
バチン!! と心地よい音が鳴る。余計なことを喋る男の頬を、おもっいっきりビンタしてやったのだ。
「聞こえたか? 聞こえたのなら返事だ」
「うぅ、わかったよ。あんたはここに来なかった」
男は涙目になっている。
「まったく、森宮にこんなおっかない奴がまだいただなんて。あそこはカルテットの四人だけじゃないのかよ」
男は噂でしか四人の話を聞いていないらしい。しかもいい加減な噂なのだろう。正確なものなら知っていたはずだ。森宮カルテットの一人に、背の低い一匹狼がいると。怒らしたら鬼より恐い、荒くれ狼がいると。
嘆く男を残して、零はゲームセンターを後にした。身体のあちこちが痛んだが、いつものこと、とあまり気にかけなかった。
翌朝、登校中にいつもの連中と会った。一人は身体の大きい老け顔の男。もう一人はどこにでもいそうな茶髪の男。二人とも、入学早々に零と派手な喧嘩をやらかして、以来よくつるんでいる仲だった。
「なんだレイ、喧嘩か? 相変わらずお前は喧嘩好きだな」
なにが嬉しいのか、笑顔で話しかけて来たのは大柄な坂間だ。
「で、勝ったの? って、お前が負けるはずいないか。あ、ひょっとしてあれか? 昨日、白桜の何人かが病院送りになったって、犯人お前か?」
相変わらず情報通な所を見せる笹木。この男は交友関係がやたら広いため、あちこちからいろんな話を仕入れてくる。
「うるせ。人を狂犬みたいに云うな」
朝っぱらから零は不機嫌だ。
「なに云ってんだよ。お前狂犬じゃねぇか。あ、なんだ。狂狼とでも云ってもらいたいのか?」
「うるせぇってんだよ」
足を振り上げたが、残念。躱された。
「よお、みんな楽しそうだな」
そういって現れたのは武内だ。
「なんだ、今日は彼女いないのか?」
「日直だって、先行っちまった」
坂間の問いに肩をすくめて答える。
「俺も行くって云ったのに、寝坊したら置いてかれちゃったよ。ひどい話だろ?」
「武内、お前ラブラブか?」
ひどいと云いつつ、幸せそうな笑みを浮かべる友に零が訊ねる。
「もちろん。決まってんだろ」
「そうか」
つまらなそうに頷くと、思いっきり蹴り飛ばしてやった。
「イテッ。なにすんだよ!」
「別に。ちょっとむかついて」
それだけ云うと、三人を置いて歩き出す。
「なに、あいつ。なんかあったの?」
武内が声を潜めて二人に訊ねる。
「さぁ、便秘か?」
「うわ、坂間、その選択肢はねぇわ。顔だけじゃなく、発想もおっさんだな」
「なんだと、笹木!」
背にあたる声がうるさい。それを無視して先を急ごうとすると、前に見覚えのある黒髪が揺れていた。
ふいに既視感が零を襲った。寒い季節。同じように女性の後姿を見たような気がする。あの時も、彼女の背はピンと張られ、迷いも悔いもないように、明日に向けて進んでいるように見えた。
肩が叩かれる。振り向くと、武内の顔がそこにある。
「どうした。片思いの季節か? 相手あの女? 良い感じじゃん。よし、手伝ってやるよ」
一方的に話が進む。それを断ち切り、
「あのひと。良い女だと思うか?」
訊ねると、
「ああ。俺の女性を見る目は狂いがない。彼女は絶対に良い女だ」
と力強い返事が返ってきた。
「そうか。やはりお前もそう思うか」
零は嬉しそうに頷くと、もう一度武内のことを蹴飛ばした。
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