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だいすき

基本的に自分の好きなものについて綴っていきます。嫌いなものやどうでもいいこと、さらに小説なんかもたまに書きます。

悪が世界を良くしていく

2008年09月24日 23時04分11秒 | あなたへ
 自分の非を認めたがらない後輩がいる。

 なにかというと誰かのせいにしたり、他にも同じ失敗をしている人はいるのだから、自分だけ責められるのは不公平だという。

 僕に云わせれば、世の中は不公平に出来ているのだからそれは当然のことで、その非は間違うことなくあなたのものだ、と思うのだが、まぁ、それが通じる相手でないということも理解し、いまはまともに相手をしていない。

 それはそれで構わないのだが、ちょっと思ったことがある。

 後輩のように自身の非を認められない人間。自分が悪いということを認識できない人間は、この先良くなることがないのではないか?

 それは改善する努力を行わないから、ということではなく、悪くないのなら、現状がマイナスではないのなら、プラスに転化することはないのではないか?

 あれ? でも、いま書いていて気づいたけど、プラスの数値が増えていく可能性はあるわけか。そうすると良くなっていく?

 ……

 ……

 ……

 いや、それもないか。だってそのプラスは本人の思い込みで、実際にはマイナスなのだから。それに現状がプラスで満たされているなら、それを増やそうとする人はいないよね。足りないから(マイナスだから)増やそうとするんだ。

 後輩は自分に悪いところはないと思っているから改善することはないし、たまにしてしまう失敗は、誰もがしていることだからと大目に見て、やっぱり改善されることはない。

 これをプロの小説家になりたいと思っている僕に置き換えると、書いた作品が評価されないのは読んだ人間の感性が劣っている為で、作品が悪いわけではなくて世の中が僕の感性についてこれないだけ。
 ということは、世の中の感性が育たない限り、僕はプロの小説家になれない、というわけだ。

 でも、もし悪いのが読んだ人間のせいじゃなく、書いた僕自身にあるのだ、と思うことが出来たら、作品をどんどん変えていくことが出来る。読む人のことを考え、どんどん面白い作品を生み出すことが出来る。だって世の中を変えるよりは、自分を変える方がはるかに楽だからね。

 確かに起きたなにかの責任が自分にある、と認めるのは辛いかもしれない。色々責められるだろうし、悪く云う人もいるだろうからね。

 それでもその非を認め、それを改善していくことが出来るのならば、それは自身が良くなるだけではなく、世界をも良くしていくことになるかもしれない。

 誰にだってミスはあるだろう。欠点や短所だってあるはずだ。

 それらはすごく大事なことなんだ。

 そういうのがあるから、人は良くなることが可能なんだ。

 もちろん、どうすることも出来ない欠点もあるとは思う。
 でも、それをカバーしようとすることで、他の箇所が輝き、最終的には様々なことが良くなっていくんだ。

 そう思うから、僕は云い切ることが出来る。

 あなたの悪いところが世界を良くしていく。

 僕はあなたの悪いところもだいすきです。

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