青葉学習塾・書道教室へようこそ!

宮城県白石市で学習塾、習字教室を開いております。思いついた事をメモ書き程度につぶやいて、後に反省し、修正したりしてます。

県南書道展

2016年05月31日 | 書道


良い事がありました。

地元ホワイトキューブで、一昨日まで県南書道展がありました。他団体ですが。

地元おばちゃん先生(読売展・評議員)に、「何か出しませんか」と

お話をいただいていたので、私自身、3月に仕上げた細字作品を出品しました。

初出品、他団体ということもあり、ただ展示されるだけと思っていました。すると、


「特選 白石市長賞」となっていました。


遊び半分で展示会を観に行った所、このような賞をいただきまして、驚きました。

その後、おばちゃん先生がいたので挨拶をし、審査員の先生達からアドバイスをいただきました。


「初出品でこれは…」とか、「何十年してても取れない人もいる。」

「来年も楽しみ」…等、話をいただきました。


私自身、この状況に訳が分からなく、顔を青くしてしまいました。

賞をいただけてすごい嬉しいです。けど、おばちゃん先生、入賞の件を話をしてほしかったです!


なんだかんだ愚痴こぼしましたが、ありがとうございます。地元に貢献でき、嬉しかった。

「大沢雅休書話」を読んで その3

2016年05月27日 | 書道
「正しい書の学び方」を読んで

「正しい書の学び方とは、よい師を得、よい先輩を持ち、よい友人を持って、

よい環境の中でよい手本をよく習うことである。」

「弘法大師で始めて弘法大師で仕上げるというほど空海中心でやり」

「唐よりも六朝のものとか、木簡とか、寧ろ漢への復古の顔真卿ものに主力を注がしめている」

と書かれてありました。



私は明清時代の作品をあまり勉強してません(爆)

まずは基本を身につけたいと思っているので、避けています(言い訳)


ただ、自分が古典や作品などを鑑賞した際、良い物はやはり感動します。

手本にすべき古典の時代がどうこうではなく、良いと感じたもの、感動したものを学んでいきたいです。

例えば、明清時代の王鐸は素晴らしいので、その良い部分を消化したいと思います。

あ、ただ、まだ応用はできてませんので、米芾をまず勉強しないといけませんが。



ちなみに昭和平成の書で、個人的に好きなのは、殿村藍田先生と、榎倉香邨先生の作品です。

自由に感情表現できていて、鑑賞しているとマジ泣きますね!(イマイチな作品もありますが)

鑑賞におススメという古典などもありますが、私自身は気に入ったものは、いつかは真似たい

身につけて自分の物にしたいというスタンスです。


「大沢雅休書話」を読んで その2

2016年05月26日 | 書道
三多による学習を読みました。

「文章を上手になる方法に昔から三多につとめるということがいわれております。

 それは多読、多作、多商量(多改)ということであります。」

「寧ろ私からいわしめるならば、『作る』という作業を中軸として良い文章を作るために

 多くを読みそして多く改作することです。」

「作るための必要感から読むのとそうでないのでは肉となり力となりかたがちがうのです。」

「これは書を習う場合にもあてはまる」・・・とありました。


書道を習う人は、大抵、師に倣えということで、ほとんどが、師にアドバイスを貰い、

良い作品を決めてもらいながら、勉強しています。

ただ、師に頼りすぎると、自身の作品に対して、批判的な見方ができなくなります。


師は大切だが、一人前になるには、自身でも見る目を養いつつ、

自身の手で、多作、多改ができるようになりたい。

「大沢雅休書話」を読んで その1

2016年05月14日 | 書道
「書の初学態度について」を読んで。

「実用だけの目的での美しいという事と、芸術としての美しいという事の内容には非常に開きがあって、

一方の美は成長発展が極めて少ないのに、一方の美は無限に成長発展する」

「芸術書に於いては、筆々、行々変化し、生動し、自由縦任で時には、縦横無尽狼藉である程あってもよろしい。

又その反対に稚拙であるのもよろしい。」

「一字一字の形も、一行一行の改字の大小も傾斜も直立も、旁斜も屈折もが、自然にできていればよい。

そこに飛動があり沈着があり、自由があり、規矩がありに変化があり、統一がありさえすればよろしい」

「なおかつ書者の胸懐が自然に率直に流露されていれば更に結構なのである。」


古本屋で3000円ちょいで売っていたので買いました。非常に読み応えのある本です。

最初の2ページで、さらっと書の美に対する見解を述べています。


このたった2ページを読んで思ったこと。書の美は分ってはいるつもりですが、書けません。

私自身、自由に書くと、めちゃめちゃになり目も当てられません。

そういうのは、自由とはいわない、下手という事です。


自然に自由に書くセンスは、私にはありません!!難しい事はやっぱ難しい。

終わり

風信帖(空海) その7

2016年05月13日 | 書道
書道の資格試験に合格しました。嬉しい反面、出費もかかります。

御礼をして、認定証をいただくのに数万円、

最近、錬成会・勉強会にもできるだけ出席、紙や墨を用意するので数万円、

展覧会への出品費用も数万円・・・。


5年くらい前まで、書道はお金のかけない、やめてもいい趣味と考えていました。

書道を続けているうち、周囲からの目線というか、良い意味では期待感、

悪くいえば蔑視されていた目線が、変わってきた気がしてます。自分が少し変わったのかな。


今は「いつでもやめていい趣味」という考えが「続ける趣味」に変わり、

人間関係を築くよう努めています。なんとなく、いつも楽しく接していただいている方々に

向け、期待に応えたい・恩返しをしたいという想いも出てきたような気がしています。


加えて、私を今まで中傷して蹴落とそうしてきた御方に向けては、

負けたくないという想いも出てきた気がしてます。


地元のある御方から「地元で書道を書かせない」と言われ、嫌がらせを高校卒業後から

受け続けていたので。

(その御方は、私の親と仲が悪くなり、親の悪口や嘘を平気で世間中に言うようになりました。

 親の羽振りが悪いとか、頭オカシイと、地元で広めまわっています・・・)


ああ、今回はかなり愚痴った!忘れてください。笑


こんなしがらみの中、作品を書いている事を実感しています。

ぼっちではないのは嬉しい事ですね。まあ、いつまでこの趣味が続くのやら~。

風信帖(空海) その6

2016年05月12日 | 書道
書というのは、一度付けた墨が途切れるまでの、時間の流れを表現することができます。

他の筆記用具、ペンとか鉛筆にはありません。

一字を書いている途中で墨を付けたりすると、そこで流れが途切れ、違和感がでます。

行書、草書、仮名などは特にその表現が大切で、何文字も書き連ねて、時間の流れをみせます。



今回のは、ちょっと実画が弱い部分があり、ちょっと硬い気がしています。

一字目や三字目がなんか小さい気がしてます。一字三筆で、潤渇をみせてもいいのかもしれません。



まあ、臨書だから、潤渇もそっくりそのまま書いていくのがいいかもしれませんし。

古典をよくみて、マネていきます。

風信帖(空海) その5

2016年05月11日 | 書道
最近は特に、臨書の大切さを理解して、勉強しているつもりです。

しかし、自分の作品を書きつつ、臨書をたくさんするのが大変になってきました。


今月や来月に向けてすることは、

雑誌の臨書、蘇孝慈墓誌、甲骨文、関戸本古今集、関中本千字文

資格試験への臨書、空海風信帖、

勉強会への臨書、趙之謙


あまりに多くの古典を一気に勉強しても、私自身のものにならなければ意味がないと

思っています。

・・・ということで、この中で自身のためになる臨書は、関戸本と空海風信帖でしょうか。


やる事が多い時は優先順位を決めて勉強するしかないですね。

基本から次の段階にはやく進みたいけど、まだまだ辛抱の時期らしいです。

辛抱と述べつつ、臨書は楽しいですね。

大字仮名 半切 その3

2016年05月10日 | 書道
しばらくぶりで日記を書きました。


最近は、いろはの基本勉強と、隷書(趙之謙)を臨書しています。

なんだか真逆な古典を書き殴っていているみたいで、違和感がありまくりです。


いつも超濃墨で作品を書いていますが、今回は濃墨を水で5倍くらい薄めて、

仮名用の半切用紙に大字仮名を書いてみました。

まだ、書きこんでいないので、素朴でつまらないかもしれません。


あしひきの やまとりのおの したりおの なかなかしよを ひとりかもねむ