さっき見たカエルは二度嗤う

ちょっと一言いいたい、言っておかねば、ということども。

○朝出会う人々のこと(1)

2008-05-11 23:09:40 | ○日々のさざめき
腰を痛めてから、駅まで30分歩くことにした。それまでは単車だったが、医者に1日1時間以上歩くようにいわれたことから、徒歩に変えた。往復で1時間だし、「以上」の部分については、駅構内や駅階段、着駅から勤務先までの徒歩で十分まかなえると判断したのだった。

朝を歩くと、(昼でも夜でもそうかもしれないが)様々なものと出会いが有る。日ごろ目もくれない道ばたの雑草や、街路樹の種類、住宅の軒から見える花など、文学的なものはもちろんそうだが、なによりも興味深い出会いは同じように朝を歩く人々である。

ほとんどはすれ違う人々、向かってくる人々のことだが、1名だけ、一緒に駅に向かう人で気にかかる人がいる。わたしは、彼の職業を刑事と睨んでいる。それは、その顔つき、歩き方、服装、革靴の底の減り方、鼻息の荒さで判断しているわけだが、本当のところはわからない、尾行していけば突き止められるかもしれないが、そんなに暇ではない。

刑事男は、私よりも後の時間に反対方向に向かう列車に乗るのだが、たいてい私よりも早い。私が家を出て歩き始めると、10メートルくらい先に彼の背中がある。ごくたまに、私が出るのが早かったらしく、彼の姿を後に発見することがあるが、このときは気が気でない。追い抜かせたくはないからだ。

前を行く刑事男の歩き方はせかせかせず、一歩一歩かみしめるような歩き方をするので、抜けそうな気もするが、案外抜けない。無理に抜くとそのあとが苦しくなりそうなので(だって、ほっとして速度をゆるめてもう一度抜き返されたりしたらお互いにばつが悪いだろう)、抜くのはあきらめる。

刑事男は、駅に着くと私とは反対側のホームのベンチに座る。たいてい同じ椅子にすわっている。もしそこに先客などいたりした場合、彼はきっとこういうだろう。
「悪いがそこは俺の席だ」
たとえ、先客にこのとんでもない非常識な主張に対する異論があったとしても、彼の顔つき、格好、所作をみれば、超論理的事情による緊急避難として自らを説得し、やむなく席を立つだろう。

刑事男はその席に座るとまっすぐに背筋をのばし、必ず右足を上にして足を組む。両手はダスターコートのポケットに突っ込んで、真正面を見るともなく見ている。そして、私は目の前に滑り込んできた電車に乗る。だから、彼のその後の行動は全く不明だ。

おそらくは次に来る反対方面の電車に乗り、次のターミナル駅でおり、まっすぐに支庁舎のならぶメイン通りに向かい、警察署の前で門に立つ警官から敬礼を受け、片手をちょっとだけ挙げてこたえつつ、中に消えていくのだろう。

彼は刑事男、たぶん。