心が満ちる山歩き

美しい自然と、健康な身体に感謝。2019年に日本百名山を完登しました。登山と、時にはクラシック音楽や旅行のことも。

尾瀬 平ヶ岳(1) 奥只見湖を船で尾瀬口まで

2018年08月27日 | 尾瀬・燧ヶ岳・会津駒


平ヶ岳(2,141m)

 去年皇海山に登った時に、山の標高を調べたことをきっかけに、標高が素数の百名山を調べてみたところ、全部で15座ありました。偶然か必然か、この「素数百名山」15座は、北アルプスの剱岳(2,999m)や北海道のトムラウシ(2,141m)など、簡単には人を寄せ付けない山々が多くを占めています。尾瀬の奥にそびえる平ヶ岳もその1つで、またまた偶然にもトムラウシと標高が同じです。両方の山とも、道のりの長さで取り上げられることが多いのも同じです。平ヶ岳の登山道は距離にして往復20kmを超えますが、道中には山小屋は一切なく、日帰り以外の選択肢はありません。陽の長い、しかし残雪はない季節に登るしか方法はないと思いました。

 「日本百名山」の中でも、平ヶ岳の最後の一節は全文中特に印象的なものの一つであり、何百年先にもわたって語り継がれるに値する美しい文章に違いありません。
 「 (前略)~ その道もだいぶ荒れていた。おそらく数年のうちに廃道となり、平ヶ岳はふたたび道のない山として、その美しい山頂が保存されるに違いない。 」(深田久弥『日本百名山』(新潮社版))

 前日は登山口近くの「清四郎小屋」で一泊することにしました。上越新幹線で浦佐まで行き、そこから路線バス・遊覧船・再び路線バスに乗って小屋まで行きます。尾瀬へは、福島県側・群馬県側・新潟県側からそれぞれ入ることが出来ますが、新潟から入るこのルートを使ったのは初めてです。


 新幹線の浦佐駅で降りるのも初めてです。改札口に向かうと、この壮大な彫刻が目の前に飛び込んできました。魚沼市の西福寺の天井を飾る大彫刻のレプリカとして、新潟県立小出高校絵画部によって制作されたということです。これは凄いレプリカですが、レプリカでも凄いのですから、本物はもっと凄いものに違いありません。西福寺の彫刻は、江戸末期の彫刻家・「越後のミケランジェロ」石川雲蝶の作品です。今度、上越線に乗って旅行するときにはぜひ途中下車して拝観したいと思いました。

 浦佐から奥只見ダムまで南越後観光バスで1時間20分かかります。このバスは、後半に「奥只見シルバーライン」を通ります。この道路は、貯水量日本第二位(建設当時は第一位)の奥只見ダムを建設するためのものとして、3年をかけてつくられたものです。ダム建設のための道路ということでは、トロリーバスの通る黒部ダムへのトンネルに似ていますが、奥只見の方は黒部以上に凄い、ただならぬ雰囲気の道路なのです。全長22.6kmのうち18.1kmを全部で19のトンネルが占め、特に後半はほとんどがトンネルです。トンネルとトンネルの間がスノーシェッドでつながれ、より長い1つのトンネルになっているところもあります。素掘りのままのところも多く、内部は当然真っ暗、トンネルの照明は内壁を貫通しそうなほどギラついて見えます。まさに息つく暇もないトンネルと言えるでしょう。最後の長い直線を出た時は、ほっとしたものです。路線バスですから、乗っていれば必ず目的地に運ばれるはずなのに、それでもそう思ったほどです。


 トンネルの出口から下って行ったところがバスの終点で、なぜこんな山奥に?と思うくらいお土産店が集結しています。終点まで乗ったのは自分達二人だけでした。とても広い駐車場には観光バスも何台か止まっていました。あたりは人工物だらけなのに、秘境感たっぷりでした。「山はいつでも旬です」という看板もありましたが、シルバーラインは冬の1月から3月までは閉鎖で、通ることはできません。



 2両編成の「スロープカー」(運賃100円)と徒歩で船着き場まで移動し、今度は尾瀬口まで。船着き場には船が2艘停泊しており、いかにも遊覧船という方の船は奥只見湖を周回して同じ場所に戻ってくる「ファンタジア号」で、もう1つの船が尾瀬口まで行く「おぜ号」でした。世界各国の国旗の飾り付けがされていましたが、これはロシアワールドカップの参加国のものでしょうか?「おぜ号」が出てしばらくすると、「ファンタジア号」が途中まで追いかけてきました。遊覧船以外の小さなボートも2回見かけました。「おぜ号」は奥へ分け入るように先へ進み、浮き桟橋とベンチ以外何もない尾瀬口に着きました。地図で見る奥只見湖はとても複雑な形状で、1回船に乗っただけで全貌を実感することはできませんでした。この湖を、福島県と新潟県の県境が通っています。


 (登頂:2018年7月中旬) (つづく)



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