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明鏡   

鏡のごとく

「雷の警告」2

2016-07-08 16:08:58 | 詩小説
今日は救急車の音が聞こえない。

暑いこの時期か、寒い時期に多くなるのが、近所の集合住宅のお年寄りの死の警告音である。

赤色をしたサイレンが近くに止まると、心臓が止まるような気になる。

それから、しばらくして、また死への往路をひた走る音が鳴り始め、死が遠ざかるまで、なんとはなしに耳を傾けるのだ。

死は生の少し前を走り、置き去りにされた音だけが、生の名残を赤く回し続け、最後にはいなくなるのだ。



以前、仕事場で友達と一緒にポスターを作っていた時に、救急車が近くの集合住宅の一角に止まった時のことだ。

窓の外に目をやり、救急車から降りてくる白服の救護員の人がせわしなく建物を駆け上がっていくのを見ながら、急に、

茅葺屋根の家に住みたい。

と友達が言った。

ここにはない、朽ち果てていくような茅葺きの下、警告音など気にも留めない、見えるもの見えないものすべての「存在」するものが、そこにあるような、そういうところがいいという。

私は、友達の空洞のツボに穴を開けた「うどぅ」を叩く音と友達の自然にもれいでてくる体の穴の音に耳を傾ける。

友達は、目に見えない存在と体全体で交わるように音を出す。

私は、一つの目に見える存在としてそこにいるだけである。

それも自然の一部であるということを、受け入れもせず、拒否もせず、そこにいるのだ。

世の中は腐っている。

というならば、腐りゆくこの世界の一つである我々は、漏れ出る音に包まれながら、腐って、何、朽ち果てていくのである。

あの雨漏りのする、白カビ臭のする、茅葺屋根のように。

坂道を上り詰めると、その茅葺の家はあった。

坂道の途中には、養豚場があった。

豚の鳴き声は聞こえないが、そこに養豚場と書いてあったので、そこに豚がいるに違いないと思われた。


「雷の警告」

2016-07-08 15:11:11 | 詩小説
午前四時頃。

目を閉じていたはずであった。

しかし、目玉は光を捉えていた。

強烈な閃光が辺りをピカッと瞬かせた。

見たことがないが、地下深くか、宇宙空間から自由自在に落とせるピカドンのように。

その後、爆音とともに、地と空と間が揺れた。

少しずれて、自動車の防犯防止の警告音がピーヨ、ピーヨ、ピーヨとまるで、目の前で母を亡くしてトチ狂ったヒヨコのようにけたたましく鳴り響いた。

それから、ずっと眠れなかった。

あまりに、近くに雷を感じたので、体が放電して、神経細胞の一つや二つと言わず、ショートしているようであった。

学生時代にも同じようなことがあった。

学校の部活が終わって、自転車置き場に行って、確か雲行きが怪しくなってもいたので、急いで帰ろうとしていた時であった。

傘もなく、目を開けたまま、雷の一瞬の電光とともに、焼却炉についていた煙突の腰を折るようにして直撃し、その折れた筒状のものが黒焦げになり、ぶすぶすと音を立てて己を焦がした電撃の名残のように煙を細くあげていた。トタンにも魂があるように、腰を折って腑抜けていくように、煙は空を漂っていたのだった。

車に雷が落ちることはないと聞いたことがあるが、実際はどうなのであろうか。
あれだけけたたましく鳴り響く防犯装置の音を聞いていると、車も恐怖を感じているように思えてきた。

このまま機械化が進んでいくと、いずれ、機械は意思のようなものを持ち、細胞を持つ生身でなくとも、機械はアラームを鳴り響かせ続けるであろう。

ここは危険です。
ここは危険です。
ここは危険です。

参議院選挙真っ只中のウグイス嬢かウグイス坊のように、繰り返し、同じことを言うだろう。

これはテロです。
これはテロです。
これはテロです。

というのと同じように、

これが平和です。
これが平和です。
これが平和です。

と念仏のように繰り返すのだ。

現実は自分が作るのならば、自分で作り続けるしかないのだというように。


どこかで、警笛が聞こえる。

昨日のこと。

帽子を拾うつもりが、線路に落ちてしまった人がいた。

悲しい警告。
一瞬で奪われる命の警告。
機械の中にいるものも、外にいるものも、それがぶつかる瞬間が帽子の落ちる瞬間と同じだということに、その場にいないとわからなかった警笛。
雷より遅く、壊れていく血肉と命の境界線上を、ノロノロと歩いている我々。
帽子が、線路に落ちるか、道に落ちるか、畳の上で落ちるかは、いくらでも命と血肉の駆け引きは変わっていく。
という警告。

我々に警告は続く。

しかし、徴はまだ現れていない。

雷の一撃の後、稲は、大きくなるという。

死ななかったものだけが、その後、繁殖し、巨大化するのかもしれない。

帽子をつかんだその後があればの話だが。