歴史と自然への訪問記

福岡を中心に探索・活動しています。歴史と自然が好きです。日々感じるまま綴っていきたい。

田島神社と佐用姫神社に行ってきました

2010年09月17日 | 歴史

先日、佐賀県は呼子の加部島に行ってきました。そこには田島神社があり境内には佐用姫神社もありました。田島神社は三女神を祀っていて、商売、海上交通の神様だそうです。

祭神:
  多紀理毘賣尊(タギリヒメミコト)
  市杵島比賣尊(イチキシマヒメミコト)
  多岐津比賣尊(タキツヒメミコト)

唐津から呼子へ向かい呼子大橋を渡り、さらに海沿いにしばらく行くと田島神社があります。神社は加部島の魚港のすぐそばにありました。創建は不明ですが肥前国最古の神社といわれています。


■呼子大橋です。けっこう大きな橋です。この橋を渡って加部島に渡ります。橋の上は駐停車禁止ですので橋の上からは眺めることはできないようです。橋の両側に駐車場があります。


■加部島の観光案内図です。現在地は橋を渡った所にある駐車場です。これから田島神社に向かいます。


■しばらく海岸線を走った所で呼子大橋に振り向いてパチリ。海の色は透き通った薄いグリーン色していてきれいですね。


■田島神社の案内板です。


■田島神社の最初の鳥居をくぐり境内に入ってしばらく歩くと右手の上の方に門が見えます。大きな神社ですね。中央に見える石段を上ります。


■階段まできて門を仰ぎパチリ。暑い日だったので汗をふきふき昇りました。


■門をくぐってから、振り返って門の内側をパチリ。


■本殿です。参拝しました。


■石段を降りて左に行くと、大きな年代ものの鳥居があります。源頼光が寄進した鳥居の案内板です。


■源頼光が寄進した鳥居です。肥前国最古の鳥居だそうです。


■元寇の碇石の案内板です。


■元寇の碇石です。玄界灘の海中より引き上げられたものです。


■太閤石の案内板です。


■豊臣秀吉が名護屋城に布陣した時に使用したといわれる太閤石です。もう、これひとつしか残っていないとのことです。


■狛犬が2組あり、1組はちゃんとおすわりしていますが、これは変わった形をしていたので撮影しました。なんかかわいいです。


■もう1つ。さかだちしています。


■境内にある佐用姫神社(さよひめじんじゃ)の案内板です。


■佐用姫神社です。遠い昔のこと、松浦の藤原村の長者の娘の佐用姫と、朝鮮半島に渡る宣化天皇の命を受けて松浦にやってきた大伴狭手彦は恋に落ちてしまう。狭手彦は朝鮮半島に渡る身であり、2人の幸せは長くは続かなかった。やがて大伴狭手彦が朝鮮半島へ船出するとき佐用姫は鏡山から領巾がちぎれんばかりに振りつづけた。やがて、船を追って加部島にたどり着き、泣き伏したまま石になってしまったという伝説があります。


■田島神社の石段の上、門の所から港に向けて撮影。鳥居が海の間近にあり漁船が見えます。

実は、この呼子大橋の下に長めの海上通路を通って弁天様があるとのこと。ちょっと寄って帰ります。海上通路は呼子大橋の真下にあるので呼子大橋を仰ぎ見ることができます。


■海上通路から呼子大橋を仰ぎ見てパチリ。


■もう1枚パチリ。なかなかいい感じです。

今回行った場所は見所が結構ありました。海がきれいなところも気に入っています。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ 

ランキングに参加しております。よろしくお願いします。



最新の画像もっと見る