黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

法務博士を襲うLL.Mの罠?

2013-07-24 20:28:30 | 法曹養成制度と経済負担
 しばらく前のことになってしまいますが,とあるテレビ番組で弁護士の経済的苦境が報道されたとき,最後にコメンテーター(たしか八代弁護士だったと思います)が,「これからはLL.Mでも取らないと駄目じゃないか?」とつぶやいていたのを覚えています。
 平成23年度の国税庁統計によると,年間所得70万円以下の弁護士が全体の約2割を占めているという事実(ただし,実際にはもっと多いと思います)は今年の5月頃にマスコミでも報道され,弁護士資格を取っても弁護士業ではとても食べていけない,もはや廃業せざるを得ない,といった経済状態にある新人・若手弁護士が多くなっていることは一般にも広く知られるようになっています。
 上記の発言は,もはや日本の法曹資格は価値のないジャンク資格と化しており,これからの弁護士業界で生き残るためには日本の弁護士資格を取得するだけでは足りず,アメリカのロースクールに留学してLL.Mの学位を取得しアメリカの弁護士資格も取るなどして,一般の弁護士との差別化を図るしかないのではないか,という趣旨と思われます。

 このような指摘の当否について語る前に,まずはアメリカのロースクール制度について若干説明を加えておきます。
 アメリカのロースクールには,3年間のJ.D(法務博士)コースと1年間のLL.M(法学修士)コースがあります。アメリカでは司法試験が州ごとに行われており,司法試験の受験資格は各州の最高裁が決めています(日本のように法律で決めているわけではありません)が,司法試験を受験するには,原則としてロースクールのJ.Dコースを修了しなければなりません。ただし,外国人の留学生については,LL.Mコースの修了のみで司法試験の受験資格を認めている州もあります。
 『アメリカ・ロースクールの凋落』(花伝社)の89頁以下では,LL.Mコースの実態についても語られています。同書によると,LL.Mコースは約100年前からあるものの,最近までは取るに足らぬ存在だったそうです。LL.Mコースといっても,別にJ.Dコースと異なる授業が提供されているわけではなく,J.Dコースで提供されている授業の一部(人数に余裕のあるところ)を履修できるに過ぎないというのですから,これは当然のことです。

 ところが,最近のロースクールでは,LL.Mコースの受講者数が急速に増えているというのです。同書89~90頁の指摘によると,2010年のニューヨーク大学ロースクールでは552名のJ.Dコース学生がいたが,LL.Mコースを含めた修了者数は1,000人以上だったそうです。LL.Mコースの修了生がJ.Dコース修了生の3倍前後にのぼるロースクールもあるそうです。
 LL.Mコースの学生がここまで増えた背景としては,ロースクールの格付け競争が挙げられます。アメリカでは,USニュース&ワールドレポートの実施している格付けが絶対的な影響力を持っており,各ロースクールは格付けを上げるための競争に追われていますが,格付けを上げるためには教授の待遇を良くする必要があり,そのための収入源としてLL.Mコースに注目するようになったというのです。
 すなわち,J.Dコースの入学者は格付けの評価対象になっているため,質の悪い学生を入学させるとロースクールの格付けが下がってしまいますが,LL.Mコースの入学者は格付けの対象外なので,教室の空きを埋めるために大量入学させてもロースクールの格付けは下がらない,というわけです。
 では,どのような人がLL.Mコースに入学してくるのか。一つは外国人の留学生です。外国人留学生は,1年間勉強して学位を取って,ついでにアメリカの弁護士資格も取って母国に帰っていくだけなので,教育の質がどうであろうと,ロースクール側も学生側もあまり気にしません。
 もう一つは,J.Dコースの修了者です。本来,LL.Mコースで履修できる科目はJ.Dコースでも履修できるので,J.Dコースの修了者が改めてLL.Mコースに入学する意味はないのですが,格付けの低いロースクールのJ.Dコース修了者は,有名校のLL.Mコースで税法,知的財産法,銀行法,破産法,環境法などを履修して経歴に箔付けをすることがあるそうです。日本でいう「学歴粉飾」ですね。
 特に,不況で弁護士が解雇されたり就職できないJ.Dコースの修了生が増えたりすると,LL.Mコースへの入学者が急増する傾向にあるそうです。
 正確な統計は取られていませんが,弁護士や大学教授,企業の法務担当者などでLL.Mの学位を取得した日本人は相当数にのぼっており,学位の意味も分からない人に向かってLL.Mの肩書きを誇っているようですが,このような学位がアメリカ国内でどう評価されているかは言うまでもありません。
 たとえアメリカの司法試験に合格しても,LL.Mの学位を取得した日本人がアメリカのローファームに採用されることはまずありません。アメリカの弁護士として活動したいのであれば,日本人の法学部卒業者であってもJ.Dコースに入学する必要があります。
 実際,終戦直後における日本の弁護士資格は(現在と同様)ゴミのようなものになり果てていたので,東大法学部を卒業した人が日本の弁護士資格を取らず,ロースクールのJ.Dコースを卒業してアメリカのローファームに就職し,一定の成功を収めたという人も若干ながらいるようです。

 さらに,LL.Mコースの実情に関しては,『アメリカ・ロースクールの凋落』で触れられていない,直近の事情についても触れておく必要があります。これは最近アメリカ留学を経験された先生から聞いた話なのですが,2011年以降アメリカではロースクールの詐欺的体質が各種メディアで暴露されるようになり,J.Dコース修了者の約半数が就職できないという実態が社会問題化するに伴い,司法試験の受験資格についても排外主義的な動きが広がっているそうです。
 すなわち,従来LL.Mコースの修了者に司法試験の受験資格を認めてきた州であっても,受験資格としてLL.Mコースでは通常取得できないような単位数の取得を要求したり,(従来は認められていた)ロースクールの海外分校で取得した単位が司法試験の受験資格に必要な単位として認められなかったり,といった措置が行われる傾向にあるというのです。
 しかも,アメリカでは,司法試験の受験資格は各州最高裁の決定だけで改正することができ,既にロースクールへ入学した人に配慮した経過措置なども行われないので,司法試験に出願したものの受験資格が認められるかどうか試験当日まで分からない,といった例すらあるようです。
 したがって,現状ではアメリカの弁護士資格が取れることを期待してLL.Mコースに入学しても,卒業後アメリカの司法試験を受験できる保障はない,ということになります。日本人留学生がLL.Mコースを修了するには,1年間の学費だけでも350万円~500万円くらい,これに現地での生活費と司法試験受験にかかる費用(予備校の受講料を含む)を加えると,予算としては700~800万円くらいを見積もっておいた方がよいのではないでしょうか(ただし,これで足りるという保障は出来ません)。
 なお,ロースクールの学費は2000年頃から10年間で約2倍と言われる勢いで急騰しているため,インターネットで得られる学費情報のうち,古いものはあまり役に立たないことを付言しておきます。

 新人弁護士の就職難に伴い,法務博士や就職先のない司法試験合格者・法曹有資格者がアメリカに自費留学しLL.Mの学位を取ってこようとする例も少なくないようであり,司法試験予備校がそのための留学準備講座を開設したりしていますが,これは自分から罠にはまりに行くようなものです。
 本来,アメリカに留学してLL.Mの学位を取ってくるというのは,大手の渉外事務所に就職した弁護士や企業の法務部で働いている人が,その能力を認められて事務所や会社のお金で留学させてもらえるから経歴の箔漬けとして価値があるのであって,日本で法務博士の学位や弁護士の資格を取っても仕事を得られないような人が,多額のお金をかけてアメリカに自費留学しLL.Mの学位を取ってきたとしても,おそらく結果は変わらないでしょう。

 ただし,これから法曹を目指す人にとって,LL.Mの学位など全く不要かと言われると,残念ながらそこまで断言することはできません。
 日本では,司法試験合格者数を年間3,000人にするという非現実的な目標こそ撤回されましたが,今後2年間新たな目標を定めることはせず,合格者数については現状維持を図ろうというのが政府の思惑のようですが,法科大学院は既に今年の入学者数が合計で2,698人,そのうち修了できるのが約6割と言われています。
 しかも,この数は今後もさらに減っていくことが予想されますから,現状を放置すれば,日本の司法試験はそのうち全員合格の試験になってしまい,司法試験に合格しても能力の証明にはならない,ということになりそうです。
 一方,日本の法律事務所や企業にとっても,事務所や会社のお金でアメリカ留学をさせるのは経済的に割に合わなくなってきていますから,日本の弁護士として活躍したければ自費でアメリカに留学してこい,という時代も来ないとは限りません。
 仮にそうだとすると,日本で弁護士になるには途方もないお金がかかることになります。法科大学院で約300~400万円,司法修習で約300万円の借金を抱え,大学の奨学金も含めると,弁護士資格を取得するまでに約1000万円の借金を背負ってしまう人も少なくないなかで,実際に弁護士として活躍するにはさらにアメリカへ留学してLL.Mの学位とアメリカの弁護士資格を取って来いというのであれば,さらに700~800万円くらいの費用がかかることになります。まさに地獄です。
 しかも,アメリカ留学で利用できる奨学金制度はあまり多くないので,留学費用は基本的に自分で用意しなければなりません。実際に留学できる人は,どうしても金持ちの子弟などに限られてくるのではないでしょうか。
 なお,実際にアメリカへ留学している人についても,昔は弁護士であれば日本の弁護士登録を維持したまま留学するのが普通だったのに,最近は費用節約のため弁護士登録を一旦抹消する人が多いとか,大手渉外事務所からの留学は退職金の代わりで,アメリカから戻ってくると自分の居場所はなくなっていたとか,情けなくなるような話も最近はいろいろと耳にします。

 日本の弁護士資格を敗戦前と同じようなガラクタにし,弁護士をやりたい人はアメリカの弁護士資格を取ってこいという状況になりかねない,それが自民党政権の続けている司法改革の実態であり,しかもそれで儲かるのは,日本の法科大学院ではなくアメリカのロースクールです(日本の法科大学院はどこも大赤字であり,改善される見込みはありません)。
 TPPも異次元の金融緩和とやらもそうですが,結局安倍政権のやっていることは,日本の国益をアメリカに売り飛ばそうとしているようにしか見えません。

 なお,アメリカ・ロースクールへの留学事情等について最新の情報をご存知の方は,9605-sak@mail.goo.ne.jpまでメールを頂ければ幸いです(日本の法科大学院に関する情報提供等も引き続き募集しています)。

2 コメント

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疑似体験がある学者? (Unknown)
2013-07-24 21:57:41
また始まりますね。きっと。。ご自分の留学体験をLLMに置き換えて、「海外へ出て視野を拡げることは必要だよ。私も留学して進歩した。」と先輩面して、まことしやかに「LL.Mのすすめ」を説きはじめるのですかねえ。
 何かいたちごっこみたいですね。
 今までも企業スポンサーではなく、司法試験に合格直後、自費で、渡米した人はいましたよ。
 なんだか、資力戦になってきましたね。
 国会議員や元有名芸人さんのご令嬢だと余裕でいけますね。 
Unknown (Unknown)
2013-07-24 23:17:09
twitterより

長島大野常松のパートナーの実に94%は、海外留学経験者。パートナーになるには留学経験が必要と言っていい。日本の資格だけでは仕事ができない?これが現実である。
政府や日弁連がいう弁護士の海外業務での活用促進は幻想である。司法試験など程々にし海外で再教育してもらえばいいのだろう。

https://twitter.com/jLawyers/status/356404241008566272

飯田 善 ‏@iidamasaru 7月14日
@jLawyers 原則全員留学させた結果、パートナーが留学経験者になっているだけであって、留学経験が必要だというのはナンセンスです。海外で再教育などというのは留学したことがない人の幻想にすぎません。このような大嘘で若い人たちを惑わすのはやめるべきです。
詳細
lawyerfuru ‏@lawyerfuru 7月14日
@jLawyers @kamatatylaw あまり深く突っ込みませんが、、ほぼ全員が旧司法試験在学中合格者の長島大野常松のパートナーと@jLawyers さんの「司法試験など程々に」というアプローチはある意味真逆な気がする…
詳細
太田洋 ‏@yota1967 7月15日
@jLawyers @HarrySan1 うーん。悪気はないのでしょうけど、事実から全く検討外れな結論を導いてしまっていますね、、、留学してない弁護士で極めて優秀な方はたくさんいらっしゃいます