黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

『民法改正』に反論する(2)

2011-10-20 21:45:47 | 民法改正
 内田氏の著書『民法改正』への反論シリーズ第2弾です。サブタイトルを付けるなら「民法改正と国家戦略」となるでしょうか。

 上記著書の221頁には,次のように書かれています。
『民主党は,二〇一〇年に発表した新成長戦略の中で,「切れ目ないアジア市場の創出」をうたっています。この政策的方向は,もはや一つの党の政策を超えた普遍性を有しているというべきでしょう。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)が近い将来実を結ぶかどうかを問わず,アジア,ないし東アジアに,国境を越えた市場が形成される方向に進んでいくことは確実です。そして,市場が関税障壁,非関税障壁を除去して拡大していけば,これまでの歴史を見ても,必ず次の段階で,契約法の統一ないし内容的な共通化が求められます。』
 そして,内田氏は中国が一九九九年に新契約法を制定し,韓国でも二〇〇九年から4年計画で財産法全面改正の作業を行っていることを指摘して,日本が「解釈で回っているから改正の必要がない」という内向き指向では,今後のあるべき契約法についての国際的なフォーラムにおいて何らの役割も演じることができない,日本が改正をせず,あるいは最小限の改正にとどまるなら,いずれ,日本の外でのグローバル・スタンダードが形成されてしまい,あとはグローバル・スタンダードを受け入れるか否かの選択肢か残されていない,ちょうど国際会計基準(IFRS)をめぐる近年の状況と似たようなものになる,と主張しています。

 内田氏のこのような指摘に関しては,黒猫自身も半分くらいは似たような問題意識を持っています。会計基準については,既に欧米諸国で形成された国際的な会計基準がほぼ確立してしまい,日本もこれを全面的に受け入れるような形で会計基準の大幅改正が相次いで行われてきましたが,最近はそれでも間に合わず,2007年の「東京合意」に伴い,わが国においても(わが国の会計基準ではなく)国際財務報告基準に基づいた連結財務諸表の作成を容認するものとされました。IFRSに基づいた会計処理は,今のところわが国では任意適用とされているものの,これが強制適用とされるのは時間の問題であり,会計基準については,もはやわが国の主権は事実上失われつつあるということになります。
 そして,EU諸国においては,契約法制の統一化を視野に入れた民法典の改正が相次いで行われており,内田氏の考えでは,このような動きは近い将来日本や韓国,中国を含めた東アジアでも起こる,それに備えて日本の契約法制を21世紀型のものに整備しなければ,近い将来行われる東アジアでの契約法統一化の動きに日本は完全に呑み込まれてしまい,日本の外で形成された契約法のグローバル・スタンダードを受け入れるしかなくなる,という結論になるようです。
 たしかに,わが国が民法典を今後も数十年にわたって全く改正せず放置するというのであれば,あるいはそのような懸念も生じ得るかもしれません。しかし,企業が決算を作るときに考えればよい会計基準と異なり,契約法ないし民法というものは国家における最も基本的なルールであり,どのようなルールが望ましいかはその国の実情によって大きく異なります。

 内田氏が別のところで例として挙げているカンボジアの民法典は,ポル・ポト政権下の知識層弾圧でカンボジアの法律専門家がほとんどいなくなってしまったことから,日本が民法・民事訴訟法といった基本法整備を積極的に支援し,その結果2007年には日本型の民法がカンボジアで制定・施行されることになりました。
 もっとも,カンボジアには日本型の民法を運用するための人材も御フラも整っていないため,直ちに新民法を適用することはできず,ようやく2011年12月から適用されることが決まったようですが,新しい民法がカンボジアの社会に広く受け入れられるかどうかは,今後の経緯に十分注意しなければなりません。
 また,カンボジアでは既存の知識層が壊滅してしまったため,日本型の民法をほぼそのまま輸入しても,既存の社会通念といった観点からこれに反発できる知識人がいないので,比較的円滑に法整備が進んだのかも知れませんが,他の東アジア諸国では,それぞれ異なる歴史や文化を持っているので,仮に契約法制のグローバル・スタンダードなるものが形成されたとしても,その受容は容易なことではないでしょう。
 お隣の韓国では,確かに2009年から財産法の抜本改正作業に着手していますが,そこでは日本のように,統一法モデルの発信といった論調は特に見られません。加藤雅信教授の著書からの再引用になりますが,韓国法務部民法改正委員会の徐敏委員長は,外国の法制度の受容について次のように述べているそうです。
「外国の法制度の受容については,慎重な考慮と比較検討が必須である。どのような法制度であれ,一定の歴史的な背景や社会経済的な条件を土台として築き上げられている。そこで,まず,外国の法制度の合理性を綿密に分析・評価し,そのうえでその法制度の基づいている社会経済的な条件と韓国社会のそれとを比較検討しなければならない。最後に,その外国の法制度が韓国国民の情緒に合うものか否かの検討もなされなければならない。外国の法制度に対するこのような比較・分析・評価・検討がなされた後,このような評価をもとにその法制度が韓国社会においてうまく機能しうるか否かを慎重に判断し,それを受け入れるか否かを決定すべきである。」
 これを読む限り,韓国では外国法の受容について相当慎重な態度を採っており,東アジア諸国における契約法制の共通化といった将来的な課題を重視したものとは評価し難いでしょう。
 そして,徐敏委員長の発言は,民法改正の一般論としても極めて正当な考え方であると思われますが,わが国で実際に議論されている民法改正では,このような熟慮が十分になされているとは到底言えません。
① 外国の法制度の合理性を綿密に分析・評価しているか?
 少なくとも黒猫の見る限り,法務省の検討資料ではフランス・ドイツ・オランダなどの民法典が参考資料としてあげられているものの,内田氏など学者出身の委員は,改正されたばかりの外国法の規定を,その合理性について十分な検討もしないまま「グローバル・スタンダード」であると主張し,それに対して実務家の委員が「そんな規定はわが国では不要だ,機能しない」などと反論する場面が多くなっています。
 特に,時効制度における当事者の交渉・協議による時効の進行停止といった新制度については,ドイツでの立法例があるということで法務省側は乗り気であるものの,東弁ではドイツの弁護士資格を持っている会員から事情を聴取したところ,この新制度は実務上かなりの混乱を引き起こしているということなので,以前から強く反対しています。
 さらに言えば,東アジアにおける契約法制の統一化をにらんだ法整備を行うというのであれば,まずは隣国である韓国や中国などの法整備状況を参考にするのが筋であると思われますが,実際に参考とされているのはフランスやドイツ,オランダなどEU諸国の法律ばかりです。日本とこうしたEU諸国との貿易額は大したものではなく,参照すべき外国法の選択自体にも改正の目的に適合しておらず,適切とはいえません。
② 外国法の基づいている社会経済的な条件と日本社会のそれとを比較検討が行われているか?
 ろくに行われていない,と言っても過言ではないでしょう。少なくとも内田氏など学者出身の委員は,もともとわが国の法曹としての実務経験などありませんから,外国法にヒントを得た「斬新な」立法提案を次々と出し,実務家委員がそれに反対すると「では,この制度が日本社会の実情に合わないという証拠でもあるのか?」などと開き直ってくる始末です。
③ 外国の法制度が日本国民の情緒に合うものか否かの検討がなされているか?
 これも,ろくに行われていません。わが国では,公訴時効に関する問題の影響もあって「時効は悪だ」という国民感情が強くなっていますが,それだけでなく実際にも時効の短期化は被害者救済の重大な障害になるおそれがあるとして,原則的な時効期間の短期化には一貫して反対していますが,内田氏や法務省側では「時効の短期化はグローバル・スタンダード」であると主張して,原則的な時効期間を3~5年程度に短縮する法改正を強行しようとしているのです。

 若干法哲学的な話になりますが,そもそも市民社会のルールというものは,条文の形で一度作ってしまえばそれで終わりという代物ではなく,それが相当期間にわたって実際の社会で安定的に運用されることによって,初めて知的文化としての価値が認められるものです。古代ローマのユスティニアヌス法典作成が法制史上の偉業とされているのも,同法典が決して当時の法学者達による独創ではなく,共和制時代から何百年にもわたって運用されてきたローマ法の集大成だからです。
 日本では,他の東アジア諸国に先駆けて近代的な民法典を施行しており,近代法の運用歴が最も長いことは言うまでもありませんが,日本の民法典が知的文化としての価値を認められるためには,新しい民法典も従来の運用を踏まえのものである必要があります。日本における民法運用の実績をろくに考慮せず,諸外国で出来たばかりの立法例を無造作に取り入れて新しい民法典を作ってしまったのでは,旧法下の判例や実務運用は全くの無価値となり,新しい民法の解釈・運用をめぐって相当の期間にわたり混乱が生じることは避けられないでしょう。
 そして,外国人の目から見ても,日本国内での運用に混乱が生じ実務に支障を来しているような民法典が,将来契約法の統一といった議論がなされる段階になって,果たして重視されるでしょうか。むしろ,運用状況を見ても明らかに良くない法律だから無視しようという結論になってしまうのではないでしょうか。
 欧州とは地理的条件も文化的・政治的条件も全く違う東アジア諸国において,EUのような経済統合が仮に将来進むとしても,それはかなり先の話です。わが国の実情を踏まえた慎重なメンテナンスを行う時間は十分に残されています。
 内田氏は,ドイツやフランスなどの民法改正がわずか2~3年程度で実現したことを挙げ,日本の民法改正はスピードが遅すぎるなどとも主張していますが,EU諸国の民法改正は,欧州人権条約違反等を理由として民法典の規定が無効化される例が増えてきたため,これに対応する為様々な反対論を押し切って進められているものです。
 もちろん,日本では民法改正についてそこまで切迫した事情はありませんし,現在の民法も不平等条約改正との関係で極めて切迫した必要性があったにもかかわらず,約10年間にも及ぶ民法論争が展開され,その結果一度成立した旧民法典は廃止することになり,内容について何とか合意が出来ている部分だけを抽出し,余計なことは一切書かないという方針で起草され,ようやく施行できるようになったものです。
 時は明治時代,民法典の在り方について議論できる知識人など決して多くなかったであろう時代でさえ,10年間にわたる激論の末ようやく民法典を完成させることができたのです。現在では日本の人口も飛躍的に増加し,学者や弁護士などの専門家も大きく増加し,当然ながら民法典の在り方についても多様な意見がある状況で,法務省や内田氏の目論見どおり,実質的に一部の学者と官僚だけで原案が作成され,内容的にかなり問題のある民法改正があっさり実現するようでは,むしろ日本人全体の知的水準が明治時代より低下したと思われても仕方ないでしょう。

3 コメント

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Unknown (鳩山)
2011-10-21 15:12:18
「我妻になりたかった男」として、将来、民法史の話のタネになるかもしれませんね。
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修習生給与継続ですか。 (みうら)
2011-10-24 20:35:23
179国会に法務省が裁判所法改正を出すそうです。
内容は修習生給与継続ですか。
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Unknown (Unknown)
2011-11-19 17:00:45
大学院の授業で、家裁裁判官の先生が内田先生の親族法は誤りが多いが、何度指摘しても一向に直さないと言っていました。

憲法改正の議論もそうですが、私は学者というのは理想論を探求する職業なのだなと思います。
世の中の曖昧な部分に四角四面の法律の条文をフィットさせようというのがそもそも無理矢理な話ではないかという気がします。
四角四面の角を落とし、柔軟に円滑に実社会の中で権利利益の調整を行なっている実務家の存在は法の意図する目的達成のために必須でしょうし、学者も実務家も目指すところは同じのはずです。
ならば、その連携を助けるような改正でなくてはならないのではないかと思います。

私は将来、海外で法整備事業に参加するのが夢です。
その際には、その地域や風土、社会的背景、歴史を学びながら、その地域の人々があくまでその人々らしく暮らしていけるような法制度を作るお手伝いができればいいなと思っています。
その意味では、何でもかんでもグローバルスタンダードで片付けようとする論調に関しては懐疑的です。
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