黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

「平成デモクラシー」って何ですか?

2013-07-29 17:55:09 | 法曹人口問題・法曹養成制度総論
 もう何回批判しても足りないほど突っ込みどころ満載の検討会議『取りまとめ』ですが,これまでほとんど無視していた『はじめに』という部分に,次のような気になる一文がありました。

「わが国における法曹の役割は,それまでの行政優位の体制から市場重視へ,更には政治主導へという,統治構造全体の大きな変化の相の下に理解されなければならない。この大きな構造変化の背後には国民の意識の変化や社会情勢の変化に加え,グローバル化への不可避的な傾向があった。この統治構造の変化によって日本のデモクラシーは新しい,「平成デモクラシー」とでも呼ぶべき段階に入ったのである。この構造転換の中にあって大きな役割を期待されるようになったのが司法の機能であり,それを支える法曹人材の質・量の飛躍的な充実であった。(以下略)」

 何ですか,この「平成デモクラシー」というのは。司法審の意見書でもこんな言葉は使われていませんでしたし,これまでの司法改革に関する議論でも聞いたことないんですけど。
 試しに,「平成デモクラシー」でググってみたところ,まず『平成デモクラシー』という名前のライブイベント(詳しくは知りませんが,平成生まれのミュージシャンだけが参加できるイベントのようです。)が検索に引っかかり,その他『平成デモクラシー』というコンビ名のお笑い芸人もいるようですが,さすがにこれらは関係なさそうです。
 次に,現代ビジネスで『平成デモクラシーを問う』という記事が見つかりました。この記事の著者は,検討会議の座長を務めた佐々木毅・東京大学名誉教授で,記事の内容は最近出版した『平成デモクラシー 政治改革25年の歴史』という本の宣伝を兼ねているようです。これか・・・。
 つまり,政治学の教授である佐々木座長がごく最近になって自分で勝手に提唱した概念を,そのまま検討会議の取りまとめに使っているようですが,これが自著の宣伝を兼ねているのであれば,公私混同も甚だしいですね。
 しかも,この『はじめに』という文章は,中間的取りまとめの段階では存在しておらず,パブコメ後の第15回会議(平成25年6月19日開催)の前に書き加えられたものです。パブコメの対象となった『中間的取りまとめ』にこのような文章が入っていたら,おそらくこの点についてもパブコメで批判が殺到しただろうと思いますが,後出しすることでパブコメによる批判もかわしています。
 やることがいちいち卑劣極まりないです。

 この「平成デモクラシー」という用語に関しては,第15回会議で田島委員は次のような意見を述べています(議事録5頁参照)。

「「はじめに」の文章について感想を述べさせていただきます。大変高尚な文章でして,これそのものについて特別に異議はございません。読んで感じたことは,平成デモクラシーと書かれたものが一体何なのかということを,法曹志願者が理解できたかということです。すなわち,これは新自由主義的競争の社会であり,そしてその競争に勝てなかった者あるいはそのレベルに到達しなかった者は敗者になり得るということなのです。このことをどこまで法曹志願者が理解できたかが重要なのです。
 「質量ともに豊かなプロフェッションとしての法曹を確保する」,あるいは「国民の法的サービスに対する利便性向上」は法曹養成の結果であって,その法曹を目指した若者がどこまで平成デモクラシーを理解し,納得して競争に参加したのかということにあるように私は思うのであります。」


 言うまでもなく,今の法曹志願者が,今年の5月になって提唱されたばかりの「平成デモクラシー」という政治学的概念を通常知っているとは思えませんし,ましてやそれを理解し,納得した上で競争に参加しているなどとはとても言えません。
 現在の法曹養成制度については,田島委員も指摘しているような新自由主義的発想に基づくものと理解している人が比較的多いようですが,司法審の意見書に描かれた法曹養成制度は,簡単に言えば

① わが国における法曹需要は,今後質量ともにますます増大することが予想される。
② これらの需要に対応する為には,法曹人口の大幅な増加を図ることが喫緊の課題である。
③ そのため,法曹人口については計画的に,かつできるだけ早期に,年間3,000人ほどの新規法曹の確保を目指す必要がある。
④ 具体的には,法科大学院制度によって修了者の7,8割は新司法試験に合格できるような制度とした上で,新制度への完全な切り替えが行われる平成22年頃までには新司法試験の合格者数を年間3,000人とすることを目指すべきである。


という論理を並べたものです。これ自体は自由競争により淘汰するという発想ではなく,むしろ司法試験による競争を排除する共産主義的な計画経済の発想です。
 しかし,周知のとおり④の年間3,000人という目標は達成されないまま放棄され,年間約2,000人となった司法試験の合格者も,大幅な供給過剰と質の低下に伴い,その多くは就職難や貧困に苦しんでおり,もはや法曹として社会に受け容れられているとは言い難い状態にあります。
 そして,後日になって司法審の議事録が検証された結果,そもそも③にある年間3,000人という数字は,中坊公平とかいう狂った弁護士委員が,他の委員の反対を押し切って強引に入れさせたものであり,その根拠となる①や②は,年間3,000人という数字を正当化するために何の根拠もなく「予想」されたものであることが現在では判明しています。
 スターリンの五カ年計画やポル・ポトの経済計画にも匹敵する杜撰な計画により,司法改革は当然ながら大失敗に終わっていますが,計画通りに行かないと今度は一転して新自由主義的発想を持ちだし,司法試験に合格しても競争に勝てなかった者や市場の要求する水準に達しなかった者が敗者になるのは当然だという論理で,制度設計失敗の責任を法曹志願者に転嫁しています。司法改革による現在の法曹養成制度は,まさに法曹志願者を食い物にする「国営詐欺」なのです。
 このようにでたらめな結果となった司法改革を,おそらくは佐々木座長によって書かれた前述の『はじめに』は,「正に必然であり,画期的なことであった」と絶賛しています。それだけでも十分いかがわしい文章ですが,司法改革の背景とされている「行政優位の体制から市場重視へ,さらには政治主導へ」という統治構造の変化なるものも,現状には明らかに適合していません。
 政治主導を目指した民主党政権の試みは明らかに挫折し,現在では政権に復帰した自民党・公明党の下で,統治構造はむしろ行政優位の体制に回帰しており,安倍総理はあまり大勢に影響のないところで自分のわがままを通して満足感に浸っているだけです。佐々木名誉教授のいう「平成デモクラシー」という概念は,そもそも前提自体が現実に成立していないのです。

 東大法学部出身の政治学者が,明らかに現実を無視した文章を書いて自己満足に浸っている間に,そのお膝元である東大法学部はとんでもないことになっています。
 進振りに関する第一次志望集計によると,文科一類の学生のうち法学部を志望する人の割合は83.2%と過去最低になり,東大法学部は二年連続で定員割れになることがほぼ確実になっています。
 この話は,既にSchulze先生一聴了解さんも記事にされていますが,東大法学部がここまで凋落した主要な原因の一つが司法改革の失敗であることはほぼ争いのない事実であり,他大学の法学部も人気低下に歯止めがかからないのは東大と同様です。
 このような法学部の人気低下は,長期的には弁護士のみならず,裁判官や検察官,そして官僚の質も低下させ,国民生活にも深刻な悪影響をもたらすことになるでしょう。これらもすべて,でたらめな司法制度改革を推進してきた大学と政府・自民党の責任です。

 平成25年7月20日付け産経新聞の社説(主張)では,「大学側が既存の法学部に学生を集めるため法科大学院を利用し、経営的利害などを優先させた結果だとすればその責任は大きい。法令にある基準を満たすだけで、開校を認めた文部科学省の姿勢も問われねばなるまい。若者らが安心して法曹の道を目指せるよう、一刻も早く養成制度のあり方について方向性を示すことは政府の重い責任である。」と述べられるなど,明らかな失敗に終わった司法改革について,大学や政府の責任を追及する声は次第に高まっています。
 なお,この社説では,年間3,000人という政府目標の撤回について批判的に書かれていますが,あれだけの鳴り物入りで始まった法科大学院制度が,実は大学側の経済的利害に振り回されたものに過ぎず,年間3,000人という数値の根拠も実はでたらめだったというのであれば,単に年間3,000人という数字を撤回して済む問題ではありません。既に,何千人もの法科大学院入学者が司法改革の犠牲になっていることを考えれば,安易な政府の姿勢が批判の対象にされるのは,ある意味当然のことでしょう。
 政府の御用学者が「平成デモクラシー」などという不可解な概念を振り回し,年間3,000人という目標を撤回しただけで,法曹養成制度に関する重要な問題の多くは2年後に先送りするなどという検討会議の取りまとめ,そしてこれを受け容れた閣僚会議決定は,到底法曹志願者や国民の納得を得られるようなものではありません。政府・自民党の無為無策などと叩かれたくないのであれば,政府はこれまでの司法改革そのものを見直す観点から,新しい検討体制を早急に築き上げる必要があるでしょう。

2 コメント

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Unknown (Unknown)
2013-07-30 03:15:12
自由主義と共産主義の悪いとこ取りな制度になってる気がします・・・
ついでにロースクールも、司法修習と大学の悪いとこ取りです。
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平成デモクラシー? (Unknown)
2013-07-30 09:40:16
平成デモクラシー?
現実逃避しちゃってますね。
もはや論理のすり替えさえできないので、論理と離れた世界に籠城するほかないのでは?

人口爆発の発展途上国でもあるまいし、成熟した法治国家の日本で、弁護士の需要が供給についてくるなんて荒唐無稽な話。まさにファンタジーです。

多くの有為な若者の人生がかかっている法曹養成制度が一部の学者の頭の体操の道具にされようとしている感があります。

そもそも法曹3000人目標は共産主義の計画経済。数千万人の餓死者を出した毛沢東の大躍進政策と同じ。ズバリ黒猫先生ご指摘の通りです。


需要を見誤ってどんどん歯科大の定員を増やし、歯科医師過剰から地位と収入の崩壊を招いた歯科医師と弁護士がどうしてもダブって見えます。

需要のもとに供給がなされていないからこそ、弁護士過剰とか法科大学院の定員割れが起こっているはずです。

歯科医師養成制度では、歯科大の定員削減や国家試験の合格ライン引き上げで対応しつつあるようですが、法科大学院は定員削減にまるで及び腰です。
ここは司法試験の合格ラインの引き上げ策のほうが、簡便で即効性があるかもしれません。









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