黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

日本型「サムライ業」の行方

2012-11-16 13:00:54 | 各種資格
 先日,公認会計士試験の合格発表があり,合格者数は1,347人となったようです。

<参考記事>
http://www.j-cast.com/2012/11/13153768.html

 公認会計士については,2006年に試験制度の見直しがあり,翌2007年には4,041人もの合格者を出したのですが,その後は合格者数が下がり続けています。ただし,制度の移行にあたり,旧制度下の公認会計士試験(第2次試験)合格者も,新制度下で一部の科目を再度受験しなければならない仕組みが採用されており,上記4,041人の中には旧試験の合格者も含まれていますので,それらを除くと2,695人という数字になります。
 旧制度では,公認会計士試験に合格すると「会計士補」を名乗ることができ,それから監査法人などで一定の実務経験と実務補習を経て公認会計士となる仕組みだったのですが,新制度では「会計士補」の資格が廃止され,公認会計士試験に合格しても実務経験を経なければ,何らの公的な資格も肩書きも得られない仕組みになりました。
 合格者数を大幅に増やそうとした当時は,監査業界も結構人手不足で,企業による公認会計士の採用も見込まれていたようですが,実際には企業からの求人は伸びず,公認会計士試験合格者の深刻な就職難が発生しました。監査法人等に就職できない合格者は,公認会計士となるのに必要な実務経験を経られず待機しているということで「待機合格者」と呼ばれています。
 他の公的資格(税理士,社会保険労務士,宅建など)では,登録には試験合格後一定の実務経験を経ることが義務づけられていても,実務経験に代わる講習を受けることで登録できるといった救済措置が設けられており,金融庁も一時はそうした救済措置を検討していたものの,業界の反対で実現しなかったという経緯があるようです。
 なお,金融庁は待機合格者解消策の一つとして,新たに「企業財務会計士」という中間資格を創設しようとしましたが,これを含んだ公認会計士法の改正案は昨年の通常国会に提出されたものの,野党の反対で廃案になっています。
 現状だと,公認会計士試験に合格しても,監査法人に就職する際には年齢で切られてしまうので,特別なアピール要素がない限り,25歳以上の人が公認会計士試験を受験するのは全くの無駄であると言うしかありません。黒猫も一時は公認会計士試験合格を目指していましたものの,これを知ってさすがに止めました。

 何やら,司法試験と似たような経過を辿っていますが,司法試験と決定的に違う点が2つあります。1つは,司法試験と異なり大学院卒業を受験資格とする考え方が採られなかったこと(会計大学院というものはありますが,修了しても択一試験の一部が免除になるだけで,公認会計士試験の受験にあたり会計大学院を修了する必要はありません)。そしてもう1つは,現実の需要に合わせて合格者数を調整するという発想が違和感なく受け入れられていることです。
 公認会計士の勉強をしていたときに聞いた話ですが,公認会計士試験では過去にも合格者数を大幅に増やしたことがあるそうです。商法の改正で,上場会社以外の大会社にも会計監査人による監査が義務づけられたとき,これで公認会計士の需要も大幅に増えると予想して合格者数を増やしたものの,実際の需要は思ったほど増えず,今回と同様に合格者の就職難が発生したとか。
 未だに気の狂ったような増員論者がいる法曹界と異なり,一度増員政策の失敗を経験している公認会計士業界は,まだしも柔軟な軌道修正が効く状態にあるようです。

 司法試験,公認会計士試験は,ともに「三大資格試験」の一つに数えられる難関資格試験であったことで共通しており(なお,三大資格試験の残り一つについては,不動産鑑定士試験のほか国家公務員一種試験,医師国家試験などを挙げる人がおり,見解の一致を見ていませんでした),基本的な考え方としては,「入り口段階では厳しく選抜するが,選んだ人については国がある程度責任を持ってしっかり育てる」という発想がありました。
 弁護士は法律分野の,公認会計士は会計分野の専門家であり,ともに高度な知識・技能を要求される職業ですが,こういう職種は単に自由競争に委ねていれば優秀な人材が育つというわけではありません。公認会計士の資格制限をなくして自由競争に委ねれば,監査される企業のいいなりでめくら判を押す監査人が増え,会計監査という制度そのものが社会から信頼されなくなりますし,弁護士の資格制限をなくして自由競争に委ねれば,十分な法律の知識もなく,依頼者を食い物にして金を巻き上げようとする弁護士が増えるだけです。
 とりわけ,弁護士は法を適用して他人の紛争を解決するのが主な仕事ですが,単にお金を儲けようとするのであれば,真面目に法律を勉強して依頼者のため誠実に働くよりは,紛争で困っている人の弱みにつけ込んでお金をだまし取る方がずっと儲かるのです。だからこそ,悪質な事件屋の類はいくら取り締まっても,完全には無くならないわけですが。
 ところが小泉政権の時代になると,どちらの資格にも「市場競争原理」という考え方が中途半端に入ってきて,とりわけ弁護士に対しては,とにかく数を増やして,質は市場競争原理によって維持すればよいという議論が盛んになされるようになりました。中途半端にというのは,完全に市場原理主義へと移行するのであれば,本来は法科大学院も司法試験も要らないはずであり,市場原理主義という考え方で現行制度の正当性を説明することもできないからです。
 弁護士にせよ公認会計士にせよ,旧来から続いている資格制度のあり方を大きく変えようとするのであれば,新制度の下ではこれらの専門家に対し具体的にどのような役割を期待し,そのためにはどのような試験制度や教育が必要であり,どの程度の合格者数が必要かということを,あらかじめ細部まで詰めて検討しなければならないはずですが,実際にはこれらの問題に対しまともな検討はなされていません。
 政府が考えたのは,学生数の減少で経営に苦しむ大学の救済策として,大学に予備校まがいの資格ビジネスをさせようという一事だけです。法曹養成制度検討会議の人達が考えているのは,いまや実社会で働く法曹の質を良くしようということではなく,法科大学院をどうやって生き残らせるかということでしかありませんし,公認会計士試験に関しても,何とか会計大学院出身者を有利にしようとする発想が露骨に感じられると言われています。

 法曹にせよ公認会計士にせよ,高度な専門家の育成を「大学」で行わなければならないという必然性はどこにもありません。日本の司法研修所は,学校教育法上の大学ではありませんが,アメリカの大学院に入学する際には大学法学部と同等以上の教育機関と認められており,日本の弁護士がアメリカのロースクールに入学する際には,出身大学ではなく司法研修所からの推薦状を提出することになっています。
 司法試験と公認会計士試験を食い潰してもまだ大学が生き残れないというのであれば,今度は司法書士や税理士,社会保険労務士の類に至るまで,大学院修了を義務づけようとする動きが出てくるかも知れません。もちろん,それらの「サムライ業」の質を高めようというのではなく,単に大学を生き残らせようというのが真の目的です。そして,誰かが政府のやり方を根本的に改めない限り,社会的には何の効用もない大学の生き残り策のため,税金が無駄に費やされ,大学に目を付けられたサムライ業が根本から破壊され,ひいては日本という国そのものがダメになってしまうのは目に見えています。

 ちょうど,野田総理が本日衆議院を解散し,来月には総選挙が行われるようですが,こうした「サムライ業」の在り方について,大学の生き残り策ではなく日本の将来のため真面目に考えられる政治家がどれだけ選ばれるかによって,日本の将来は大きく変わるでしょう。別に「サムライ業」の在り方が選挙の争点になるわけではありませんが,政治家がこうした細かい問題にまで目を向けて適切な判断ができるか,それとも難しくてよく分からない問題は官僚に丸投げして事態をどんどん悪化させてしまうかは,政治の質が改善するかどうかのよい試金石になると思います。
 黒猫としては,「第三極」と呼ばれる小政党に過大な期待を寄せる気にはとてもなれませんが,混沌とした政治情勢の中で多くの若い政治家が閣僚などの要職を経験し,その中から将来の日本を担う優れた政治家が一人でも多く育つことを願うほかありません。